391.下半期

これまでの半年をゆっくり振り返りながら、これからの自分にどんな余白を残しておくか考えてみませんか?
焦らず、比べず、下半期を自分らしく過ごすためのヒントになるかも知れません。

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、7月に入りました、配信。

吉村:はい。

三上:早いですね、もう半年過ぎて下半期ということですけど。どうですか?この半年振り返って。

吉村:いや、もう何かあっという間に過ぎてしまって、ちょっと本当にびっくりしてるっていう感じですよね。年が明けた時に何かきっとまた今年も氣がついたら半分過ぎてて、ワーっとかってなるんだろうなって思ってたんですけど、全くそのとおりになりましたね。

三上:いや私も同じく、まだ何か1ヶ月ぐらいの間隔なんですよ、年が明けて。って感じると、いやはや何だろう?目標じゃないけどまだまだやりたいし、やれることたくさんあるなと思いながらちょっと動いていきたいなって思うんですけど。

吉村:そうですね。とはいえね、じゃあその間にどんなことがあったかっていうのをちょっと振り返ると、それなりに何かすごい色んなことが起きてるんですよね。うちのケースで言えば、娘たちが高校卒業して就職先が決まって学生だった娘たちが社会人になってるんですよ。

三上:大きな変化だ。

吉村:すごい大きな変化。しかも一人は社宅に入ってそんなにめちゃめちゃ遠くでもないんですけど、うちからだと少し電車に乗ったりとか遠くに住むようになって、そんなにしょっちゅう顔を見れない状態になって、一人暮らしのための色々準備とかもあるわけですよね。かなりそれで色々と大きく変化がありましたよね。

僕も一度トライクに乗って高速道路を走って娘の住んでいる社宅まで行って様子を見に行ったりとかしていますし、僕も行ったことない場所に行くみたいなね、やったことないことを新しくやるみたいなことを結構この期間にやってるんですけど。色々あって目まぐるしく進んでるうちに時間がどんどん過ぎちゃって氣がついたら半分過ぎてたみたいな、そんなイメージですかね。

三上:充実してたということですかね。

吉村:そうですね、充実してたというのはほぼ間違いないと思いますね。

三上:でもそうですよね。きっと毎日が早く感じるっていうのは、本当にやることがたくさんあるっていうことだと思うので。そうですね、私も振り返ってみれば何してたっけと思ったんですけど、色々やっぱり変化、お仕事も色々変わったりとか色んな出会いがあったり、色んなお仕事を新たにしたりとか動いてるなって。思った以上に動いてるなって感じてます、今振り返ると。

吉村:そうですよね。時間の進み方をどう感じるかみたいなのって、結局1年の長さがその人の一生の中のどのぐらいの割合かみたいなので変わってくるっていう話を聞いたことがあるんですけど、それ聞いたときめちゃめちゃ納得感があって、

要は1歳の子供にとっての1年間って一生分なんですけど、2歳の子供にとっての1年間っていうのは1年の半分になるわけですよね。だからその感じでいくと、10歳の子供にとっての1年間は一生の10分の1なんですけど、

僕も今年56歳だから、僕にとっての1年って人生の56分の1だから子供時代の長さは単純に計算して50だとして、10歳のときの小学生のときの僕にとっての1年間の長さと比べてもう5分の1になっちゃってるってことですよね。だから、それは早く進むよなみたいなのはありますよね。

三上:そうですね。年々早くなるってそういうことですよね。ちょっと怖いなって思ったけど、楽しみだなという自分もいますね。

吉村:そうですね。子供の頃とかって人生のこの先って考えたときに果てしなさすぎて全然イメージが湧かなかったし、結構家庭環境が色々と乱れてたりっていうこともあって、苦しい状態、抑圧された状態でしんどいなって思いながら生きてる状態がこの先どれだけ続くんだろうか、果てしなさすぎて想像つかなくて嫌になってくるわみたいな感じのところがあったんですよ、子供時代とか。

それも結局色々とあってだんだん自分が力をつけていけば、自分の人生って自分が好きなように生きられるし人生を楽しくするかどうかって自分次第なんだなみたいなことがわかってくると、果てしなくて不安みたいなのってだんだんなくなってきたわけですけど、

その代わりに時間がどんどん短くなっていくっていうことで、そうすると、なるほどこの調子でいくとそれこそ100年生きたとしても半分過ぎてるんだよな、しかも時間の間隔がどんどん短くなっていくから、もう体感時間っていうところで言ったら多分4分の3ぐらい過ぎちゃってるような感じになるんじゃないかなって。

三上:そうですよね。

吉村:そうなってくると、自分が死ぬ間際にあー良い人生だったって思えるように仕上げていくっていう、仕上げの段階みたいなことを今やってるのかなとか思うとちゃんと日々を大事に生きていきたいなってことにもなりますしね。そういう意味では楽しく日々を過ごしていますね。

三上:前回の話にもありましたけど、やっぱり自分のストーリーは自分で作り上げていくものだから限られた時間でこれしよう、あれしようって考えながら楽しむことって大切ですね。

吉村:うん。

三上:でも7月1日、下半期っていうのは改めて私は個人的にすごいシャキッと感じる月ですね。そういうのないですか、吉村さんは?

吉村:何となく今の三上さんの感覚を自分なりに受け取って分析してみると、1年の前半が目まぐるしくバーって過ぎていってちょっと一息ついたところで、よしじゃあこの後半はそれを踏まえてこんなふうにやっていこうみたいな、

氣持ちの切り替えの時期みたいなところで、よし、じゃあ一旦ここまでで区切りをつけてまた仕切り直してやっていくぞみたいな氣持ちを、そういう感覚的な言葉で表現されたのかなっていう感じがしたんですけど、どうですかね?

三上:いやそうです。正しく前半の振り返りをしながら、それをどう活かして後半で生きていくかみたいな。

吉村:そういう発想はすごい良いんじゃないかなって思いますよね。ただダラダラって過ごしていったら、またダラダラと過ぎていっちゃう可能性もあるから、じゃあここまで今年は半分こんな感じできたから、よしこの残りの半分はこんなふうに過ごしていくぞみたいなね。

三上:改めて思うんですけど、年を重ねるとやっぱり早いから時間って限られてるじゃないですか。振り返りながらそれを活かしつつ、同じミスをしないとか学んだことを次にどう活かすかみたいな、改めて節目っていうか考える時期としてはすごい良いなって、今お話ししながら頭の片隅に思ってますね。

吉村:そうですね。それにね、7月だと一応これから夏本番みたいな感じで、その後秋になるわけじゃないですか。なんかそういう暦の考えから見ても春に始めたことがだんだん夏に本番になって、秋に実りが得られてみたいなね。

そこでその後来る冬に向けてこの蓄えをもとに冬を越していくみたいなそのサイクルがあるから、多分今まで最初に種まきをしてきたことがだんだん育ってきている段階っていうのが、今ぐらいの時期ってことだと思うんで、そこから勢いつけてどんどん育てていってその後実らせていくみたいな、

そういう時期だからそこの部分っていうところを意識してやっていくと、流れとか波に乗りやすいとかってあるんじゃないかなと思うんですね。

三上:そうですね。さあ、皆さんもいかがでしょうか。やっぱり下半期ということで、色々考えている方も多いと思いますので、ぜひ自分はこういう感じで生きてますとかね。皆さんの感想とかご意見もお待ちしております。

吉村:はい。

三上:ということで今日のテーマ「下半期」をお届けしました。吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

390.「まだ整ってない自分」にOKを出す感覚

「ちゃんとしなきゃ」「もっと成長しなきゃ」——そんなプレッシャーの中で、自分を責めていませんか?
整ってなくても、大丈夫。
吉村さんのお考えを伺いました。

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:よろしくお願いします。さあ、今日のテーマ「まだ整ってない自分にOKを出す感覚」。

吉村:はい。

三上:こちらでお届けしていきたいと思いますが、個人的には完璧なちょっと癖がある。ちゃんと準備して「よし、やるぞ!」みたいな感覚の自分から、このテーマを見るとOKなのかな?っていうハテナが今、飛んでます。

吉村:なるほどですね。目指す方向が完璧である状態っていうのは別に悪くはないんですけど、言ってみたら完璧な状態に到達することは人間としては無理だと思うんですよ。だからあくまでも、そっちの方向に向かって進んでいるっていう自覚で生きてる分には良いと思うんですね。

三上:はいはい。

吉村:そこに到達することはできなくても、一歩二歩でも近づくことはできるっていうことを日々続けていたらどんどんそこに向かって近づいていくけど、そこに完全に到達することはないっていうことが自分で納得できていれば今の完璧じゃない自分に対してジャッジは起きないんですけど、

完璧でなきゃダメだってなると、今の時点で完璧じゃないっていうことに対して、だから自分はダメなんだっていう評価になりやすいんですよね。なりやすいというかもうそうならざるを得ないっていう話になっちゃうんですけど。

だからそもそも人間として生きてる状態で完璧っていうのはあり得ないって思っておいたほうがいいんですよ。どんな人でも常に発展途上で、人生っていうものが一つの作品みたいなものだとしたらこの作品が完成するのは言ってみたら死ぬ時じゃないですか。

三上:はいはい。

吉村:死ぬ時に人生が完成するから、その時に良い人生だったなって思えるような作品になればいいっていう話なんですよね。

そのために常に前向きに向上し続けるみたいなことを本来やってるはずなんですけど、でも完璧でなきゃいけないとか完璧な人がいるはずだとかって思ってると、そうすると自分と他者を比べるようになってしまったりとかね。

三上:うん。

吉村:もうそれこそ不幸の始まりだし、あと氣をつけないといけないのが完璧な人がいるかもしれないって思っていたとしたら、私は完璧な存在であるっていう詐欺師みたいな人が出てきたときに騙されちゃう可能性があるんですよ。

三上:うんうん。

吉村:人間として生きていて完璧になるって、どう考えても論理的に考えて無理だと思うんですよね。どんな人でも一長一短あるし、しかも色んな物理法則に制限された状態で人間をやってるってことは、例えばもし完璧な存在がいたら日本と裏側のブラジルと同時に現れて話をすることとかできてもいいはずじゃないですか。

三上:確かに。

吉村:完璧な存在ならね。でもできないですよね。僕が日本にいる間はブラジルに行けないし、ブラジルにいたら日本からいなくなっちゃうしみたいな話だし。

しかも僕は生まれてこの方、ブラジルに行ったことないですからね。ブラジルのことってテレビやネットからの情報でしか知らないしというような状態なんで、完璧な人なんていないんですよ。そこでまず最初の認知がずれてるから人生が苦しくなっちゃうんですよね。

三上:そうなんですよ。外はよく見えちゃうんですよね。自分はダメだ、もっと頑張らなきゃとか思ってしまうんですよね。

吉村:そこはね、人と比べるっていうことがまさに不幸の始まりなんですよね。比べるっていうのって、何か比べる目的とか基準があってやってることなんですよ。

三上:おー、目的、基準。

吉村:そうそう。例えば受験勉強なんかで、テストに合格してこの学校に入れるか入れないかみたいな競争をするじゃないですか。

っていうのは結局その学校に入れる人数が決まっていて、そこに入れる人数以上の応募があるっていうことが一つと、あとこの学校で教えてる勉強があって、それについていける人でないと入っても無駄な時間を過ごすことになってしまうわけですよね。

だからここに入るためには一定以上の学力がある人っていうのでまず基準を設けて、しかも人数がこの人数しか入れないところにこれだけの応募があるから、ここのライン以下の人はまず切り捨ててこのライン以上の人達を成績の順番に並べていって、規定の人数に達したらそれよりも下の人は切り捨ててみたいなことをやってるけど、

それって結局その大学に入るための学力が十分かどうかみたいな基準で比べてるだけで、落とされた人たちが人間として劣っているのかって言ったら別にそんなことはないわけですよね。

三上:うん。

吉村:もしかしたらそこで落ちた人のほうがすごいおいしい料理作れる人だったりとか、すごい素敵な楽器の演奏ができる人だったりするかもしれないし、会社とかで良いムードメーカーになってくれて会社の業績上げてくれることに貢献してくれる人かもしれないし、

あるいは起業して社会に貢献する人もその中にいるかもしれないし。ただその学校に入れたかどうかみたいな、この学校の基準で比べたらこっちのほうが上か下っていうのが出てるだけで、別の基準で比べたらまた上か下とかって変わっちゃうわけですよね。

三上:確かに。

吉村:パッと見て今の自分が欲しいものとかこれがいいなと思ったことっていう基準で比べて、それが絶対的な上下だったり順位だったりっていうものと勘違いしちゃってるわけですね。

あるいは人が提示したこっちのほうが優れててこっちが劣ってるみたいな、世の中がこう言ってるとか、格付けのすごい人がこう言ってるからそれが正しいんだとか、それって別にその人がそう言ってるとか、

世の中の多数派がそう言ってるっていうことに過ぎなくて、

別にさっき言ったように人って色んな面があるし色んな特技があるから、その全てにおいて全てトップになる人なんているわけがないんですよ。だからもし自分はそうだっていう人が出てきたら嘘つきだと思ったほうがいいですよね。

三上:なるほど。

吉村:それで結局、年齢でそれぞれの強みみたいなのも変わっていくわけじゃないですか。若い頃はすごい好奇心旺盛だったりとか体力がすごくあったりとかっていうので、その時に力を発揮できる分野みたいなのがあるけど、

だんだん大人になってくると体力は落ちてくるけど、その分何か今まで培ってきた知識とかノウハウみたいなのが活かせるようになってきたりとか、

もっと年を取ってくるとさらに体は衰えていくけど本当に今までの人生経験がすごく色んなことに応用できたりとか、今度は後進の人たちを指導できるような立場になったりとかあるかもしれないし、

三上:うん。

吉村:もっと衰えていったらそれこそどんどん肉体も脳みそも衰えていってあとは死に向かっていくみたいな話ですけど、それぞれの段階でそれぞれの役割みたいなものがあるわけですよね。そこで一つの物差しでどっちが上か下かとかって測れないわけですよね。

ってことはどんな人でも発展途上で人生っていう作品を仕上げるために、この作品をより良くするために今できることをやっているっていうふうに考えると別に焦ったりとか周りと比べたりしないで、自分が死ぬ間際にすごく良い人生だったなって思える、そういう作品を作っているのであるっていう心持ちで生きていたら、今苦しい思いもしなくても済むんじゃないかなって思いますよね。

三上:そうですね。今のお話しを聞いて、確かにストーリーを完成するための今のこの時間でっていうのがある。だから楽しみに感じますね。

吉村:そうですね。そういうストーリーを作って紡いでいるんだって思えば、しんどい時期があったとしても、これってやっぱり物語って山あり谷ありで難しい課題を乗り越えた時にそこで生まれる大きな喜びとかそれを乗り越えなかったら見えなかった景色が見えるようになってとか、そういうところに面白みがあるわけじゃないですか。

三上:うん。

吉村:何も波風が一切なくて平坦なストーリーっていうのは、別にそれはそれでそういうのを選ぶっていうのも別に悪くはないと思うんですけど、そういうジャンルの作品もあれば山あり谷ありすごい逆風が吹いててそんな中でも頑張って生きていくっていう、そこが素晴らしいのであるっていう作品もあって、

だから自分の人生っていう作品のまず傾向みたいなのを読み取って、自分はこういう傾向があるならそれをうまく利用してこういう作品に仕上げていくと良いのじゃないかなみたいなのが見えてくると、自分の進む方向性だったりとか、どういう戦略を選んだほうが自分に合ってそうだなみたいなのもだんだん見えてくるんじゃないですかね。

三上:ありがとうございます。今日のテーマは「まだ整ってない自分にOKを出す感覚」ということで、本当に一人一人ストーリーが違いますので。

吉村:うんうん。

三上:この話を聞くとますます他人と比べるのは違うなっていうふうに感じました。

吉村:本当に全くそのとおりだと思いますね。

三上:今日も素敵なお話、そして皆さん素敵なストーリーを仕上げてください。本日も吉村さんありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

389.今の私にとっての「本当の豊かさ」とは?

「豊かさ」は、誰かと比べるものではなく、“今、ここにある幸せ”に気づけることかも知れません。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:前回、光のお話が出たと思うんですけど、今回もこれに繋がってくるのかなって感じています。今日のテーマ「今の私にとっての本当の豊かさとは?」こちらをテーマにお届けしていきたいと思います。本当の豊かさ?

吉村:そうですね。前回のお話からの流れというか関連した話にもなってくるんですけど、本当の豊かさって考えた時に、物質的な豊かさと心の豊かさみたいなのは結構やっぱりパッと浮かぶものだと思うんですよね。

やっぱり人が幸せに生きていく、豊かに暮らしていくにあたって物心ともに豊かであることが大事っていうこともよく言われてることだと思うんですよ。だから実は心理学の世界とかだと、マズローっていう心理学者が提唱した「欲求段階説」っていうのはあるんですけど。

三上:欲求段階説?

吉村:人の欲求には段階があって、マズローさんが最初にそれを提唱したときには欲求には5つの段階があるっていうふうに言ってたんですよ。ただ晩年になってから、実はそのさらに上にもう1個段階あるなっていうふうに気がついたというか、そういうふうに思うようになってそれで欲求には6段階あるよっていうふうな説を提唱したんですね。

結構有名な説ではあるんですけど、多分ご存知でない方もいらっしゃるかと思うのでちょっと軽く解説をするとですね、まず何となく下から上に積み上がっていくような感じのものとしてイメージしてもらいたいんですけど、

一番下の段にある欲求ですね、「生理的欲求」って言われていて、食欲、睡眠、排泄などの身体的な欲求。だから食べたり寝たりとかっていうのができないとしんどいよねみたいな。最低限、自分の身体が生きていくのに必要最低限のものが揃ってますみたいな感じの状態。

三上:はい。

吉村:それで次に第2の欲求は、「安全欲求」ですね。危険や不安から身を守りたいっていう欲求。食べ物にありつくことができて命をつなぎ止めることができたけど、いつ食べ物が無くなっちゃうかわかんないって思ったら不安じゃないですか。

だからいつもお腹が空いた時に食べ物があると安心だよねとか、雨が降ってもちゃんと屋根がある家に住んでたら安心だよねみたいな、そういう安全の欲求っていうのがあるわけですよ。

これは生理的欲求が満たされた状態でないと次に安全の欲求って出てこないわけですよね。今、食べ物がなくて苦しくてもう死にそうですみたいな状態だったら、とりあえず食べ物があればいいみたいな話じゃないですか。だから安全かどうかっていうことを考える余裕もないわけですよ。

三上:うん。

吉村:だからまずお腹を満たすことができてこれで今すぐ生きるか死ぬかみたいな状態じゃないっていうふうになったから、そうするとまた生きるか死ぬかの体験をするのが嫌だからもっと安全な状態を作りたいよねっていう欲求が次に出てくるってことなんですね。

その欲求がある程度満たされた状態だとさらに上の欲求が出てくるんですね。3番目の欲求っていうのは「愛と所属の欲求」と言われていて、家族や仲間との繋がりを求める欲求ってことですよね。

それが本当に生きるか死ぬかみたいな状態だったら、友達とか家族とかよりもまず自分がこのままじゃ死んじゃうかもしれないみたいな話になっていてそんな愛とか所属とかって考えてる余裕もありませんわっていう状態になっちゃうんですよね。

例えばすごく貧困層のスラム街みたいなところって治安がすごく悪かったりするじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:それって結局、危険とか不安にいつも隣り合わせの状態で生きてる人たちなわけですよね。そうすると、その中では知らない奴が来たときに困っている迷子の人だったら道を教えてあげるよりも、こいつからぶんどって自分が得をすることを考えた方がいいよねみたいな感じになっちゃうから、余計治安が悪化してくるわけですよね。

そういうような感じでそこの危険や不安から、危険や不安がひとまずあんまりないよねっていうところまで持ってこれたら、やっぱり仲間大事だよねとか、家族と一緒にいると幸せだよねっていうような、そっちの欲求が生まれてくるっていう言い方もできるかもしれないし、もともとそういう欲求があったってことに気づくっていう言い方もできるかもしれないですよね。

三上:うん。

吉村:そこが例えばある程度、友達もいるし家族もいるしってなったら次の欲求として「承認欲求」っていうのがあるわけですね、4番目。他者から認められたい、評価されたいっていうね。

だからただみんなと一緒にいて良かったねっていうだけじゃなくて、そのみんなからお前すごい奴だなとか、よくやったねとかそういうふうに承認されることを求めるようになるっていうことですよね。

三上:はい。

吉村:その承認される経験とかをして自分ってちゃんと価値がある人間なんだ、ここにいていいんだっていうふうに感じるようになってくると、今度その先に5段階、初期の頃マズローさんが一番上の欲求って言ってたものが「自己実現欲求」ですね。自分の可能性を最大限に発揮したいという欲求。

これは自分はもっとすごいことができるかもしれないとかね、こういう生き方がしたいんだ、こんな人間になりたいんだっていう、そういう欲求が出てきてそれに向かって進んでいくみたいなね。

ここまでが人間の欲求の頂点っていうのは自己実現だみたいなふうに思ってたんですけど、晩年になってから、でもそれだけじゃないんだなって。そこまでできた人がさらに先に持つ欲求ってところで、第6段階でね、「自己超越欲求」っていうふうに言われてるんですけど。

三上:自己超越欲求。

吉村:これは自己実現を超えて社会に貢献したい、世界をより良くしたいという欲求っていうふうになるわけですよ。だからもう自分だけじゃなくて他のみんなにとっても何か良いことがしたい。

だから自分をただ一つの個としてとらえてるんじゃなくて、全体っていうものの中に自分がいてそれで全体が良くなることがいいことだっていうふうに感じるようになるってね。

これは一説には、全人類の中で2%ぐらいしかここに到達してる人はいないみたいなことを言ってる人もいる感じなんですね。実際の統計を取ってるわけじゃないでしょうから、感覚的に言ってるんじゃないかと思うんですけど、とにかくそういうような感じで。

多くの人たちは、日本人とかだと今日食べるものもちょっとあるかどうかわかんないみたいな中で生きてる人っていうのはだいぶん少数派で、最低限住む場所はありますよみたいなね。ホームレスの人たちもいるけど、そうじゃなくて普通に暮らしてる人たちは最低限住む場所があって家族とか仲間もいますよみたいな人が結構大多数だとは思うんですよね。

三上:はい。

吉村:でもその中で他のみんなから認められたりとか賞賛されてるかみたいなね、承認を得られてるかみたいな部分で、そこで言ってみたらハマってる人たちっていうのは結構多いんじゃないかと思うんですよ。

承認欲求がすごくて常に人から自分はすごいってことをアピールしようとして承認を得ようとしてるけど、ちょっとそれで煙たがられてるみたいな人とかも結構いたりとかね。だから結構3番4番あたりのところの欲求にとらわれてるっていう人たちが案外多いのかなっていう感じがしますよね。

三上:うん。

吉村:そこでじゃあ自己実現の方に向かえるかどうか。そこまで行けたらさらに先に自己超越欲求のところまでいけるかみたいなところっていうのはあって、これってまさにある程度、まずは最初に物質的な豊かさっていうのがあるかどうかって話じゃないですか。

食べるものがあるかどうか、寝る場所があるかどうかみたいなね。安全かどうかみたいな。この辺って、まずは最低限、例えば収入があるとかある程度住む場所が確保されてるみたいな状態っていうのは、ここが所謂物質的な豊かさっていう話なわけですよ。

でもここが満たされてたらその先に愛と所属とか承認欲求って話が出てくるんで、だからそこの物質的な豊かさもちょっと危ういですって、今ないですってなるとその先の豊かさにまず意識が向かないわけですよね。

三上:今で精一杯だ。

吉村:そうそうそう。だから最低限このぐらいは必要だよねっていうラインみたいなところは、まず物質的な豊かさは超えられるところまで持っていかないとその先の豊かさにたどり着けないから、

まずそこに今、物質的な豊かさが本当に足りなくて日々の生活とか来月の支払いが大丈夫かとかっていうところに不安があるとかってなったら、本当に愛とか承認欲求どころの話ではないみたいな、とにかく何とかしなきゃみたいな、水道止められたらどうしようみたいな状態だったら豊かになりようがないんですよね。

だから最低限そこは大事なんですけど、そこの最低ラインでとりあえずは生きていけます、安心安全ありますってなったら、その先の部分っていうのは結局周りとのコミュニティとのつながり、人間関係みたいな話、

そこから今度自分が自分をちゃんと受け入れることができてるかみたいな自己承認ができてるかどうかみたいなところに行くから、ここはもう心の話になってくるんですよね。

三上:そうですね。

吉村:なのでここの物質的な豊かさだけを求めてる、ここが豊かさであると思っちゃうと、結局その安心安全が手に入ってるんだけど、それでもまだ何か足りない何か足りないからもっとお金稼がなきゃってなっちゃってる人っていうのが結構いると思うんですよ。

これっていくらお金稼いだところで、その人が結局家族とか仲間とかつながりが全くなくてただ通帳の残高がどんどん増えていくみたいなことになったとしても、その人って豊かではないんですよね。

三上:そうですね。

吉村:そうするとここからは自分が目指す豊かさの定義をちょっと変えていく必要があるんですよ。

今月の支払いもどうかっていうところでアワアワしてる人が自己実現とかって言ってても、それよりもとりあえず電気止められてるんだから電気代だけでも払えるように何とか日雇いのバイトでもした方がいいんじゃないみたいな感じになってきちゃうんで、ここはこの切り替えのラインっていうのがちゃんとわかってるかどうかっていうのが結構大事ですよね。

そこがよくわかってないと、それこそ変なカルト宗教とかにハマって家族がみんな苦しい思いしてるのに来世のためにお布施をバンバンするみたいなことをしてどんどん物質的な豊かさが足りない状態で、そこで一生懸命自己実現をするためにはもっとお金払わなきゃいけないんだみたいなことをやってても、ここはズレてるからうまくいくわけがないし、

三上:うん。

吉村:それにすごいお金があるんだけど結局心の豊かさの方に目がいかなくて、お金をこんなに稼いでるけどみんなが自分のことを本当に大事にしてくれてるのがわからないからもっと稼がなきゃみたいなことで、ひたすらお金は増えていくんだけど心は貧しいままみたいな状態でも、いつまで経ってもその人は本当の豊かさにたどり着けないんですよね。

ここのラインの見極めと、今の自分にとってがどこに集中してここの段階を上がっていくか、自分のどこの段階にいるかによって戦略が変わってくるわけじゃないですか。

だからどのルートでどの選択肢を選んでいくかっていうのは、自分がどの段階にいるかに合わせて選んでいく必要があるから、このどこの段階にいるかっていうのを意識しながら何を選ぶかっていうことをやっていくとこの階段を上がっていきやすいんじゃないかなと思いますね。

三上:ありがとうございます。普段前にもお話が出たと思うんですけど、当たり前すぎてそういうことにも気づかないまま日々を追われて生きている方も多いのかな?昔は特に私もそうで、朝が来て夜になって何をしてるんだって思いながら苦しかった時期もありますけど。

改めて皆さんが豊かさとはとか、自分にとってっていうので今日はちょっと問う時間になってほしいなって思います。

吉村:そうですね。特に日本だと今も結構物質的な豊かさも危うい人たちも結構出てきてるっていう話も聞くんですけど、その人たちはその人たちの段階としてやらなきゃいけないことっていうのがあるけど、

日本の場合そこの部分って例えば生活保護とかセーフティーネットがあるから、そこをちゃんと利用すれば最低限の物質的な豊かさの部分って保証してもらえる制度があるわけですよね。

だからそうするとやっぱりそこで大事なのって、今度この先に行くためには心の豊かさの部分っていうのが本当は必要なのであるっていうこと。

あとその承認欲求も他者からの承認だけじゃなくて、自分で自分を承認することでこの承認欲求って本当はすごく満たせるものなんですよね。

三上:はい。

吉村:だからそこがわかってないと他から貰おうとしてクレクレ状態がずっと続くけど、結局他者をコントロールするっていうことはできないから、自分を承認してもらいたいのに承認してもらえないっていうことが起きたらひたすら苦しい状態が続いちゃうわけですよ。

でもこれって自分で自分をちゃんと承認することができてこの欲求を満たすことができれば、その次の段階に行くことができるわけですよね。だからその辺のちゃんと本当はこういう段階が存在していて、その段階ごとにやることが違うんだということがわかってることで、ちゃんと適切な選択ができるようになると思いますよね。

三上:改めて私もメモとりながら自分も見直したいと思います。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

388.今の自分にとって“光”とは何かを問い直す

6月21日夏至を境に、日照時間は少しずつ短くなっていきます。
つまり、「光のピーク」=「これから陰に入っていく始まり」という側面も持っています。
お話しをきいて、あなたの“本当の光”に向き合うきっかけになって頂きたい内容です。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、さあ、配信日6月20日ということで、明日が21日が夏至ということでですね、それにかけて光、今日のテーマ「今の自分にとって光とは何か?」というので取り上げていきたいと思います。

吉村:はい、夏至っていうのは、一年間の中で一番日照時間が長い。日の長さみたいなところで言うと一番日が長い日で、夏至を超えるとまた日がだんだん短くなっていくっていうね。光の時間が一番長いっていう一年間での到達点みたいなところなわけですよね。

なのでそれにかけて僕たちにとってそれぞれにとっての、自分にとっての光とは何なのかっていうところをもう一回ちょっと見直していこうというような意味合いなわけですけど。

三上:わかりやすくありがとうございます。

吉村:どうですか、三上さん的には、これが私にとっての光だなって何かありますか?

三上:光ですか?自分の笑顔。

吉村:いいですね。

三上:今パッてイメージするのは笑顔。これは自分もですし、相手もですね。見たときのここからワーってなる。

吉村:うんうん、そうですね。だから何かワーっていうちょっと内側からじわっと湧き上がってくるような何か満たされるような感じみたいなのがきっとあるってことなんじゃないかと思うんですよね。それは一体どこから来るのかっていうとですね、

三上:はい、どこから来るんだ?

吉村:僕たち一人一人は言ってみたら、人間として生きてる間はこの肉体を通して世界と関わっているわけですよね。だけどこの僕たちの本質っていうのは魂の方なわけですよ。魂はその僕たち一人一人にとっての本質というか本体みたいなものというふうに僕は考えてるわけですね。

だからこのこっちの世界の肉体を持った人間という生き物っていうのは、この魂が使ってるアバターみたいなものですよね。ネットゲームをやるにあたって自分がそのネットゲームの世界に直接入ることができないから、アバターを通してこのネットゲームの世界に入ってるわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:それでゲームをプレイしてるわけですよね。でもプレイしてる人っていうのはそれぞれの端末、スマホなのかパソコンなのかの前にいて、画面を見ながら何かポチポチやってる人たちですよね。でもゲームの世界の中では何か冒険者であったりとかその世界で何かをやってる人たちですよね。

だから僕たちの本体、ゲームでいうとこのゲーム機の前で操作してる人たちっていうのが僕たち一人一人の魂なわけですよ。この魂が何のためにこのゲームをやってるのかっていうところなんですよね。

実際に僕たちが何かゲームをやるときに何のためにこのゲームをやってるかっていったら、ゲームで何かうまくいったとき、例えば冒険が成功したとか、自分が立ててた目標、このゲームの世界で億万長者になるぞみたいなのを立てた目標や実際にそれになれたとかってなったときに高揚感を感じるわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:爽快感だったり高揚感だったり普通の日常の生活の中で味わえないような、そういう感覚をこのゲームをプレイすることで味わいたいからやってるわけですよ。だからこのゲームをやってるときの爽快感とか高揚感みたいなものがなくなってくると、ゲームがちょっとつまんなくなってきたからやめようってなるわけですよね。

中には本当に作業みたいなゲームもあるわけですよ。でも世の中には作業みたいなことが好きな人たちもいるわけですよね。だからゲームも色々好みがあるじゃないですか。やたらアクションが激しいゲームが好きな人もいれば、アクションはあんまり苦手だからパズルみたいな頭を使うゲームが好きなんだけどって人もいるし、

時間制限があったりとか追い立てられる感じのゲームが嫌だから、のんびりできるゲームが好きだなって箱庭を作る感じのゲームをやってる人がいたりとか色々いますよね。あと謎を解きたいんだみたいなね。あとはちょっとハラハラドキドキしたいからホラーゲームがいいんだみたいな人たちとか。

三上:うん。

吉村:っていうのは結局その人たちの好みが違うから、その好みによって遊ぶゲームを選んでるわけですよね。僕たちの魂も言ってみたら好みがあるわけですよ。僕たちが住んでるこの現世っていう世界はめちゃめちゃ多様性がすごいわけですね。

この現世の中で自分がどういう目標を立ててゲームをやるかっていうのはプレイしてる僕たちが結構選べちゃうし、何なら僕たちは色々自分たちがイメージしたものを現実化する能力を持ってるんですよね。

だから言ってみたら僕たちは人間が空を飛ぶなんてありえないだろうっていう時代も昔はあったわけですよ。僕たちが生まれるもっと前。その時代は空を飛ぶ?何バカなこと言ってんのみたいな感じの時代から、空を飛びたいんだっていう人が色々と考えて試行錯誤してライト兄弟が空飛ぶ乗り物を作っちゃったわけじゃないですか。

そのぐらいに現実を大きく変えてしまうこともできるし、だから本当に自分たちがこの箱庭の世界でどういうゲームをやるかっていうこと自体を選べるような、そのぐらいのすごいゲームの中にいるわけですよね。

三上:ほお。

吉村:そうするとこのゲームの中で何をしたら自分の魂が喜ぶのかっていうところなわけですよ。ネットゲームとか市販のゲームの世界だったら自分の好みに合わせて遊ぶゲームを選ぶし、遊んでるうちに何か違うなって思ったら違うゲームに乗り換えるみたいなことをしてるわけですけど、

この現世ではそれができない代わりに、この現世のゲームの中で自分がやりたいサブゲームみたいなものを作れちゃうんですよね。だから自分はこれがやりたいから人生を選んだんだなみたいなところにたどり着ければ、いくらでもそれをやり続けられるわけですよ。

それこそ伝統的な伝統工芸を作ってる職人の人たちとかって、ストイックにそれをずっとやり続けてるわけじゃないですか。これってその人たちからしたらそれがものすごい喜びにつながってるからやってるんですよね。

三上:うん。

吉村:例えばそれこそプロの格闘家の人たちとかすごいなと思うけど、僕はあんな痛い思いして身を削ってやりたくないけど、でもその人たちからしたらすごい喜びがあるからその生き方を選んでるわけですよね。

だからそういう意味では何をしたら自分の魂が喜ぶのかっていうところが実はすごく大事で、それがだから言ってみたら光なわけですよ。つまり自分の魂が信号を送ってくれるんですよ。あっ、そっちだよみたいなね。

自分の魂が喜ぶことに近づけば、そっちそっちみたいな感じでピカピカピカってサインを送ってくれるし、そこから離れていくと光がなくなっていくからどんどんどんよりしていくわけですよ。

なのでそこの自分の魂が送ってくれる信号に氣づくっていうことが大事なんですけど、そこの信号がどういうものなのかっていうのが内から湧き上がってくる喜びみたいなものなんですよね。

三上:はい。

吉村:これも人によって感じ方が必ずしも同じじゃないから、ちょっと勘違いしてカタルシスで感じる高揚感みたいなものを喜びって勘違いしちゃう人が変な依存的な方向に行ってしまう場合があるんですね。

カタルシスと魂の喜びの違いっていうのはちょっと軽く説明しますと、これあくまでも例えなんですけど本当に空氣が綺麗な自然の豊かな高原とかに行って深呼吸して空氣おいしいって感じるときって何かそこでの高揚感みたいなのあるじゃないですか。

三上:あります。

吉村:今度、首絞められてすごい苦しい状態になっているところからパッと開放されたってなったら、ハッハッあ〜助かったみたいな感じになって高揚感を感じるじゃないですか。

あとすごい空氣悪いところにずっといて、すごい幹線道路で排ガスがすごくてとか近くでタバコをモクモク吸ってる人たちがいて、すごい苦しいところから空氣が綺麗なところにパッと抜け出したみたいな。

その酷い状態から抜け出したときの空氣の質がそんなに良くなくても、元がすごい酷かったからとにかく助かったって、息ができるみたいな状態ですよね。

溺れて息ができない状態から助かったとか溺れて息ができない状態から助かったって時に、その先の空氣が実はさっきの幹線道路のすごい汚い空氣だったとしても多分それでも助かった良かったってなるんですよ。

三上:そうですね、あまりにも苦しすぎてね。

吉村:これが僕たちの肉体って明暗とか差で、ものを感じるんですよ。温度とかも触って何度って分かる人も中にはすごい特殊な人もいるけど、基本的にはすごく暑いところからちょっと暑いところに行ったら涼しくなったって感じるんですよね。

だから差を感じてるだけで実際にどうなのかっていうのは、すごく感じ取ることが難しいわけですよね。音楽なんかも絶対音感っていうのを持ってる人は聞いただけでこれドの音だって分かるけど、でもそこが絶対音感ない人は、2つの音を聞き比べたときにこっちの方が高いなこっちの方が低いなっていうのが分かるわけですよ。

三上:うんうん。

吉村:だから、魂が喜んでるかどうかっていうのは実はそれに近い感じで、差を感じてるんじゃなくて本当に魂が喜ぶことに触れたら魂から信号が来るんですよね。

これが所謂、琴線に触れるみたいな感覚なわけなんですけど。でもここのすごい暗いところからちょっと暗いところに行ったら明るくなったって感じるみたいな、これが一種のカタルシスみたいな。カタルシスって僕は呼んでるんですけど、しんどい状態から解放されたっていうね。この高揚感って、言葉で表すとしたら一種の高揚感なんですけど、明らかに実は違うんですよね。

三上:うん、違いますね。

吉村:この違いが分かってくると、本当に自分の魂が何を求めてるのかっていうのが見えてくるんですよ。それは、結局いくらでもやってられるんですよ。苦しい状態から解放されたっていうと、それをずっと持続することって無理じゃないですか。

三上:はい。

吉村:またこの感覚を味わいたかったらまた苦しい状態になってそれで解放されるってやらなきゃいけないし、それをやってる間にだんだん耐性がついてきちゃうから苦しい状態がだんだんわからなくなってきちゃうんですよね。

だからそうするともっと大きな刺激がないといけないみたいな感じになっていっちゃうんですけど、でも魂が喜んでる琴線に触れてる状態っていうのは、言ってみたらずっと続けられるんですね。

なので、どこに魂が喜びを感じるのかってここが一人一人違うわけですよ。これは「バリューフォーミュラ」っていう概念でこころメンテナンスでは説明してるんですけど。魂が持ってる価値観ですよね。

この辺はまた他の配信でも色々説明しているので、よかったらホームページのほうとかでも解説してるところがあると思うのでそこを見ていただくといいんですけど、

魂が何を好むのかっていうそこが言ってみたら僕たち一人一人の光になるので、ここを僕の魂が喜んでるみたいなことを追いかけていくっていうのが光に向かって生きていくっていうことかなって思いますね。

三上:まだリスナーさんの中でも自分の光って何だろうって考えてる方にはすごい、さっきおっしゃった苦しい状態からパッと抜け出したところの違いを、ちょっと明確じゃないですけど感じてほしいですね。そこの自分が本来の光っていうところに進んでいただきたい。

吉村:そうですね。苦しい状態からパッとあー助かったっていうのはこれはカタルシスで本当の光じゃないんですよね。本当の光っていうのは本当にそこに触れてると内側からじんわりと喜びを感じるみたいなものなんで、それはだからきっと三上さんは笑顔に触れたときにその感覚があるから、これ自分の光なんだなって感じたんだと思うんですよ。

三上:はい。

吉村:なので何かすごく困ってることが何もなかったとして、それでも自分が喜びと感じるものは何かっていうところですよね。困ってる状態から解放されたときに良かったって思うのは誰でもそうなんですよ。

だけど何も困ってないときにそれでもやりたいことは何かっていうと、これはみんな一人一人違うんですよね。だからそこの何も困ってない自分がそれでも喜びと感じることは何であろうかっていうそこを見ていくと、自分の光ってどこにあるんだろうかっていうのが見えてくるんじゃないかなと思います。

三上:すごい、みなさんもヒントに自分の光とは何か、ちょっとこの時間考えてみてください。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

387.恥ずかしさ、恥について

ハンドルネーム たまねぎさんからのメッセージを取り上げて、吉村さんからお話伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:本日もお便りをご紹介していきたいと思います。ハンドルネームたまねぎさんです。「吉村先生、三上さん、こんにちは。私はこのポッドキャストがすごく好きです。」うわっ嬉しい。

「吉村先生の筋道だったり論理的な話し方が分かりやすくて大好きです。言葉の定義ももちろん、きちんと説明してくださるので本当に理解しやすいです。こんな学校の先生がいたら、数学や理科も大好きになっていたかもと思いながら聞いています。」

吉村:あー嬉しいですね。

三上:本当ですよね、先生になってほしい。

「三上さんの明るく親しみやすいお声や話し方も大好きです。私の中ではお二人は最強コンビです。いつもありがとうございます。」

吉村:ありがとうございます。

三上:ありがとうございます。

「さて本題の質問です。私は恥ずかしいとかなり頻繁に思っていることに少し前に氣づきました。ACTをフルセットで入れているので、どうオーダーしたらいいか自分なりに考えるのですが、恥ずかしいというのは色んな原因があるようで難しいです。

劣等感から来るかっこ悪いという思い、恥のように感じていますが、何をジャッジしているのかを突き止めれば良いのでしょうか?

例えば、私は職場や仕事絡みでよく感じます。理解が悪いんじゃないか、処理が遅すぎるんじゃないか、ミスが多いんじゃないかと思って、そんな自分に劣等感や恥ずかしさを感じやすいです。

また、お金をたくさん稼げないこと、体力がなく風邪をよくひくことにも強い劣等感を感じます。頭では別にそんなに引け目を感じなくても良いのにと思っているのですが、吉村先生に恥ずかしさ、恥についての解説をしていただきたいです。

きちんと理解してジャッジを手放していきたいです。また、流しっぱなし動画でも恥、劣等関係のブロックが外れるものをリクエストします。よろしくお願いいたします。」と来ています。

吉村:なるほどですね。流しっぱなし動画のリクエストをありがとうございます。ぜひ近いうちに取り組みたいと思います。

でもご自身で「何をジャッジしているのかを突き止めればいいのでしょうか?」と言われているこの部分に関しては、まさにそのとおりで何かしらのジャッジがあるからそういった感情的な反応が出てるっていうところは、ほぼほぼ間違いないわけですよ。

三上:うん。

吉村:この部分の何をジャッジしているのかっていうのが多分ちょっとよくわからなくて、うまくこれを手放すに至ってないっていうことなのかなというふうに文面を見させていただいて感じたところではあるんですけど、まず感情って結構多層的になってる場合が多いんですね。

実際には元々のジャッジがあって、そのジャッジに対して何かしらの反応が起きるわけですよね。だけどその反応に対してまた新たなジャッジが生まれるとその反応をしている自分という、この感情になっている自分が嫌だからそれをまた別の感情で上塗りしてごまかしていくみたいなことをしていくってことが多いんですよ。

それも結局その出てきた感情に対してまた新たなジャッジが生まれるから、そのジャッジによって別の感情が出てきてその感情に対してまたジャッジが生まれるんで、それがまた別の感情に上塗りされてっていうこの繰り返しが起きていっちゃうんですね。

三上:うん。

吉村:色んな事柄に対していつも同じような感情で反応してる人たち、例えば怒りっぽい人とかね。何かって言うとすぐに怒ってるみたいな人っていうのは、実は怒ってるっていうのを下を掘り進んでいくと、もっと色んな感情が隠れてるんだけどそれを全部怒りっていう一つの感情で上塗りしちゃって自分が色んなジャッジをしてるってことを分からなくさせてるっていうことが結構あるんですよ。

だからこの恥ずかしいっていうことに関しても実はジャッジしてることっていうのが一つ二つじゃなくてものすごいたくさんあって、それを何層も上塗りしていく間に恥っていう感情で全部ひとまとめにしちゃってるっていうことが起きてる可能性があるかなと思うんですね。

三上:うん。

吉村:そうなるとちょっと掘り返していく必要があると思うんですよね。そういう意味ではまず色々とお金を稼げないとか体力がなくて風邪をひくとかって、自分が劣ってるっていうふうに感じてるっていうね、だからその劣等感っていうところ。

ここが自分が劣ってるんじゃないかっていう感覚に対して劣等感とか恥ずかしいっていう感覚、感情が出てきてるっていうことだと思うんですよね。だからまず劣ってるって感じるってことは、何か比べて順位をつけてその中で自分が劣ってるからダメだっていうことに対してジャッジをしてるわけで、

だけどそもそもここで順位をつける必要があるのであろうかっていうね。例えば別に何かで順位をつけるとしても順位をつける事柄っていうのかな?色々あるはずじゃないですか。

例えばある人は足が速いからかけっこしたらこの人が一番になるけど、でもそこでビリになった人は勉強がすごくできるから学校のテストだったら一番になるかもしれないけど、かけっこの人はもしかしたら勉強では順位が低いかもしれないしみたいな話ですよね。

三上:うん。

吉村:だからそれっていうのが、体力知力の2種目とかでもなくて、何かで比べて順位をつけようと思ったらものすごい無数に色んなことがあるわけですよ。例えば別に勉強も運動もできないけど料理がめちゃめちゃうまいとかっていう人もいるかもしれないし、子供の世話をするのがめちゃめちゃうまいとか、動物にめちゃめちゃ好かれるとか実はいくらでもあるんですよ。

だけど多分特定の事柄での順位だけにこだわってるっていうことがあるんじゃないかなと思うんですね。だからそういう意味ではみんな本当はどこがその人の強みでどこが弱みかっていうこの部分が、強み弱みの偏りみたいなのが人それぞれすっごい違うわけですよね。

これを一つの基準で全部順位つけようってなったら、その基準にマッチしてる人が一番順位が上になってその基準の事柄に関して弱みがある人はビリの方になっていっちゃうっていう話になるわけですけど、でもその基準は一つである必要はなくてものすごいいっぱい色々あるわけですよね。

だからそういうところのこの基準でなきゃダメみたいな感じの、この基準が正しいとか、何の基準で順位をつけるかみたいな部分がブロックによって固定化されてる可能性があるかなっていう感じがしますよね。

三上:うん。

吉村:こういう基準を固定化するような思い込みって、実は結構親とか先祖から受け継いでるものも多いと思うんですよね。だから学校とかでの刷り込みとかで勉強できないとダメなんだと思っちゃってる人は勉強っていう基準にすごくこだわりを持ってるってこともあるかもしれないんですけど、

でも親から例えば文武両道でなきゃダメなんだみたいな教育を受けてたとしたら、文と武が両方ないとダメなんだってこれがこの人の基準になったりとかあるし、

あとは親がそういうふうに言ってなかったとしても親御さんがそう思ってるっていうのは、親御さんが持ってるブロックの影響を言葉のやり取りはなくてもエネルギー的には受け継いじゃうっていうこともあるんですよね。

三上:うん。

吉村:だから元々自分が何か経験してそういう一種の考え方の癖みたいなものができちゃったとしたら、そこに立ち返ってそれって本当かな?みたいに自分で自問自答して自分の中でそれを分解していくっていうこともできるわけですけど、親御さんとか先祖から受け継いでるものだとしたら、これって本当に自分の考えなんだろうかみたいなね。

ご両親とかをよく観察してどういう発言してるかなみたいなのを見てると、これってお父さんがいつも言ってたことだからそれが刷り込まれてるのかなとか、お母さんは口では言わないけど多分こういうふうに考えてるだろうなみたいなってことは、その影響を僕も受けててそこからきてるかもしれないなとか、そういうところが見えてくると思うんですよね。

そうするとACTを使ってるときのオーダーとしては、こういう考えを例えばお父さんのこういう考えに影響を受けてる自分がいるなとか、お母さんのこういう性質を受け継いでる自分がいるなとかそういうところから崩していくってことも可能だと思うんですよね。

三上:うん。

吉村:あとはこの基準だけが正しいと思ってる自分がいるなとかっていうところで崩していくとかね。ACTのオーダーの仕方としては、どういう基準で自分がジャッジをしてるかっていうこの基準の部分を見て、そこに対してのオーダーをしていくっていうのが結構いけるんじゃないかなと思うんですよね。

だから恥ずかしいっていうのはね、多分優劣みたいなね、優秀である劣ってるみたいなそこの観点でジャッジをしてるから自分が劣ってることがみっともないことだみたいな感じのジャッジから恥ずかしいっていう感情につながってると思うんですけど、ここがもしかしたら例えばこの特定の基準で上位になれないと自分には価値がなくなってしまうんではないかとかね。

三上:うん。

吉村:そういうような価値がなくなることに対する恐れっていうのがあっての、そこで頑張んなきゃって思ってるんだけど期待したような結果が出ないと自分はダメなんだみたいな、この辺のジャッジの階層構造みたいなところ。

だから最終的にはみんな違ってみんないいって話なんですよ、本当は。辿り着く結論はそこなんですけど、そこから逆算して自分がみんな違ってみんないいと思えてないっていうのはなぜだろうかみたいなね。

そうすると、ここの部分に対してこう思ってるから自分はみんな違ってみんないいと思えてないんだってなったらそこにブロックがあるってことなんですよ。

三上:うん、わかりやすい。ということで今日はたまねぎさんのお便りをご紹介して吉村さんに詳しくわかりやすくご説明していただきましたけど、たまねぎさんいかがでしたでしょうか?またお話聞いてご感想をお待ちしております。

吉村:そうですね。例えばお金を稼げるかどうかみたいな話も、みんな違ってみんないいっていう観点で自分の強みは何かみたいなところを見ていくと、案外自分はこの強み活かしたら無理せずお金稼げるわみたいなね。

別に大金持ちにならなくても、自分と自分の家族がある程度豊かな暮らしができてればそれでいいわけじゃないですか。別に大富豪になってても心が幸せじゃない人なんて多分いくらでもいると思うんですよね。

三上:そうです、そうです。

吉村:そういう意味では心が幸せであるってことの方が重要だと思うんで、そこの自分の強みを活かして自分が内面的に幸せな状態で生きていくことができるっていうそういうルートを模索してみると、案外世の中が提示するこの基準でどっちが上か下かみたいなのを手放してもいいなって自然に思えるかもしれないですよね。

三上:ありがとうございます。ということで、ぜひリスナーの皆さんからも私の話も吉村さんに聞いてっていうのがありましたらどしどしお待ちしております。

吉村:はい。

三上:吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

386.父の日

ハンドルネーム ひよこまんじゅうさんからのご感想と父の日について吉村さんからお話を伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、まずご感想のお便りが来ていますのでご紹介していきたいと思います。

吉村:はい。

三上:はい、ハンドルネームひよこまんじゅうさんからです。「以前、不安についての質問ですけど回答していただきありがとうございました。親に影響されない自分を確立する必要があるのですね。どこかに依存したい氣持ちや孤独感があるので、親の影響を受けやすいのかもしれません。」という感想ですね、来ております。

吉村:はい。感想をいただけるのは本当に嬉しいですね。

三上:嬉しいですね。それにかけてじゃないですけど今日お届けしていきたいのが、親の影響っていうふうにひよこまんじゅうさんもおっしゃってるんですけど、私たちは親を選べないと思うんですが6月15日父の日がやってくるということでちょっと「父の日」についてテーマを取り上げてお話しを進めていきたいと思います。

吉村:はい。

三上:ということで、個人的には母の日よりちょっと存在が薄いのかなって思うんですけど。

吉村:ああ、何かその感じはすごくありますよね。やっぱり先に母の日が来るからそっちの方でちょっとワッと盛り上がって、その後が父の日なので一回盛り上がった後で盛り下がっちゃってるみたいな感じが、何かそんな雰囲氣はありますよね。

三上:ありますよね。ちなみに父の日ってアメリカでもあるんですか?母の日はありますけど。

吉村:アメリカでも母の日、父の日ってあったと思いますよ。

三上:そうなんですね。

吉村:バレンタインデー、ホワイトデーみたいな感じではなくて、ちゃんと最初からあったんじゃないかな。元々母の日があってその後に父の日ができたって話だと思うんですけど、アメリカでも別に普通に父の日はありましたね。

三上:父の日はあるんですね。

吉村:はい。

三上:父の日っていうことですけど、どうですか?吉村さんのお話の中でもお父様の話もできたりするんですけど。

吉村:そうですね。僕は自分の父親とはあまり良い関係ではなかったので、あんまり父親との良い思い出とかあまり印象が残ってないっていうところはあるんですけど、

だからちょっと父親との関係性ってなると僕の個人的な話よりも一般論的な話になっちゃう部分とか、僕自身が父親として子どもたちとどう関係性を構築してきたかみたいな話になってくるかなって思うんですけど。

三上:うん。

吉村:僕は大体、自分がどういうお父さんであれば良いのかなっていうところを色々と考えたときに、自分の父親の取ってきた態度とか選んできた在り方みたいなものの大体逆をやっておけば大丈夫かなみたいな部分があったんで、そういう意味では反面教師としてはだいぶん参考にさせてもらったっていう部分はありますね。

三上:なるほどですね。選べないですからね、子どもはね。

吉村:でもちょっとそこの部分に関してもスピリチュアルな観点でいうと、子どもがどこの家で生まれてくるかって親を選んで生まれてきてるっていうね、魂のレベルでは選んできてるっていう説があって、僕はそれは証明の仕様は無いんですけど、まんざら完全にありえない話でもないかなって感じてるんですよ。

三上:うん。

吉村:っていうのが今の僕がどういう活動をしているかっていう部分というのは、僕が色々とその時々の色んな状況に対して対応とか適応をしてきた結果、今の僕がやってる仕事や活動にたどり着いたっていう側面があるんですけど、

いざこういうエネルギーワークとかを研究したり人の心っていうところを研究して、エネルギー的な癒しみたいなことを活動としてやってすごく僕自身は充実感を感じているっていうかね。まさにこれをやるために僕は生まれてきたんだなっていう実感を持ってこの生き方を選んでるわけですよ。

三上:うん。

吉村:でもそこから逆算して考えていった時に、結局僕の両親がこういう人たちだったっていうところの影響って実はすごく大きくて、色々と問題を抱えている両親のもとに生まれていなかったら僕はこういう活動はしていなかったと思うんですよね。

ということは僕の魂が天界みたいなところから下を見て、よし、次の人生はこんなことをやろうかなとか考えていた時に、そこにたどり着くのに一番効果的なルートを模索していくとしたら、

多分この家で生まれてきてこんな人生を送ったらこうなるんじゃないかって、ある程度分かってて選んでるんじゃないかなって、そう考えた方が理に適うなっていうふうに感じるんですね、今の僕としては。

三上:うん。

吉村:っていう意味で言うと、僕の顕在意識の記憶には全然そういうのないし、それにしんどかった時代の当事者だった僕としては、本当に自分は何でこんなにしんどい思いをしなければいけないんだみたいに思った時期もあったと思うんですよ。

ちょっとそこの記憶もだいぶんクリアリングしてきたせいで薄れちゃってはいるんですけど。でも結局自分が人生の中で成し遂げたいと思ったことをするにあたって、本当にちゃんとバッチリな家庭に生まれてきたなっていうふうに感じているんで、

そういう一般的な見方でいうところの父親としての良し悪しみたいなところで言うと、僕の父は決して良いお父さんではなかったっていうのは分かるんですけど、でも結局なりたかった自分になるっていうことにおいては、まさにものすごくお世話になった人だなっていうふうに感じてるんですよね。父だけじゃなくて母もですけど、もちろん。

三上:うん。

吉村:だから選んでるか選んでないかみたいなね、両親選べないしみたいな話っていうのも、結局選べなくてたまたまそうなってしまったって考えることももちろんできるんですけど、結局はそこからなりたい自分になるかどうかっていうそこに尽きるかなと思うんですよね。

本当になりたい自分になるっていうことができて、そこで自分がこういう生き方をしていきたいっていうルートに自分が乗ることができたら、それまでのしんどかった経験とか色んな人間関係も全部、ここにたどり着くための一種の試練だったりとかゲームでいうところのミッションみたいなものだったんだなっていうふうに思える時が来ると思うんで、

今そこにもし自分がいないなって感じるとしたらそこを目指してとにかく邁進していくことだし、多分断言はできないんですけど、自分が本当にそこのルートに今乗ってるなってやりたいことできてるなって感じたときには、すべてが本当にこのためにお膳立てをしてもらえてたありがたいルートだったんだなって感じるようになると思いますよ。

三上:いや、でもお話聞いて最初は私も親は選べないのにって言ってましたけど、後々吉村さんの話を聞いて確かにそうだな、それがないと今はないなって思いながら。苦しい時があったとしても、今たどり着くのはやっぱりそういうのがあったから知ったり氣づいたり学んだりですね、言ってみれば。

吉村:多分僕たちが魂としてこの世じゃなくて例えば何て呼ぶかよくわかんないですけど、霊界とか天界みたいなところにいる状態だとして肉体と結合してない魂の状態だったら、特に何も欠けてることはないっていうかね、何も困ってない、

自分が何かこれが欲しいなと思ったらすぐにそれが実現するみたいな、そういうレベルの世界に僕たちの意識って元々はいたと思うんですよ。だけどそれだと言ってみたらこっちの世界で暮らしてる僕たちが感じるような感動や面白みみたいなものってすごく少ないと思うんですよね。

三上:うん。

吉村:だって欲しかったら何でも手に入っちゃうってことは、全部当たり前の話になっちゃうわけじゃないですか。もうすべてを知ってる状態だったらそれ以上の新しい学びとかもないわけだし、

だから分からないとか知らないとか氣づいてないとかそういう状態に自分を一時的に追い込むことで、そこから学んで分からなかったことが分かるようになったとか、氣づいてなかったことが氣づいたっていうそこの感動みたいなね。

そういう脳科学の人なんかが言ってるようなアハ体験みたいなものとかも、分からない状態があるから分かった!みたいな楽しさがあるわけで、

そこって本当に元々は愛だけでできてる存在だった僕たちが、愛が何だか分からないとか愛がどこにあるのか分からないみたいな状態に一時的にそういう自分に加工することで、愛ってこういうことだったのかとか、自分の本質って愛だったんだって分かったときの感動の大きさみたいなのがね、すごいあるわけですよ。

だからそのことに氣づかせてもらえるっていうのは、氣づいてないとか知らないっていう状態に自分がなったからその氣づきの素晴らしさに氣づくことができるわけですよね。

三上:うんうんうん。

吉村:なので壮大なゲームをやってるって思ったら、人生のすべてが素晴らしいものっていうふうに自分で再定義することができると僕は思いますね。

三上:ありがとうございます。今日は父の日にっていうテーマでお届けしましたけど、お父さんのね、これから皆さんのお祝いとかするのかな?改めて感謝ですね。

吉村:そうですね。本当に当たり前のことに感謝するっていうことがすごく大事だと思うんですよ。それは僕たちは水とか空氣が無かったらあっという間に死滅してしまうような存在なんだけど、地球っていう環境の中で水や空氣っていうものが当たり前のようにあるから健やかに生きてられて、

空氣が無かったら死ぬかもしれない、すぐ死んじゃうってことは明らかなのにもかかわらず、普通に空氣がある中で生きてるから空氣のことを全然感謝の対象として見てないわけですよね。

影が薄い人のことを空氣みたいな人とかって言うけどこれって実はとんでもない話で、空氣みたいってことはすごいありがたい人ってことじゃないですか。

三上:あー、うん。

吉村:世界中の他の文化だとどうなのかわからないですけど、日本だと特にお父さんって朝早くから夜遅くまで家の外で働いていて家に一生懸命働いてお金を入れてくれてる人だけど、家にいる子供からしたらお父さんが頑張って働いてるところとかあまり見てないし顔合わせる時間も短いから、お父さんが何をしてる人なのかよくわかんないみたいなね。

お父さんが入れてくれてるお金で家族が生活しているんだけど、そのこともお母さんがちゃんと知らせてくれなかったら、子供にしてみたら僕こうやって普通に暮らしててたまによく知らないおじさんが家にやってくるけど、あれ何?みたいな感じになってしまってもおかしくない、全然そうなりかねないわけじゃないですか。

三上:うーん。

吉村:そこはちゃんとお父さんがこれだけやってくれてるから、この家はこういうふうにみんなが暮らしていけてるんだよっていうことをお母さんが伝えるみたいなことも結構大事なんじゃないかな。当たり前なことに感謝をするっていうね。

そういうことはちゃんと意識してやらないと、すぐに忘れて頭から抜けていっちゃうようなことだと思うんですよね。だから本当に空氣に感謝することと同じようにお父さんに感謝するっていうことも大事なんじゃないかなって。

僕の父も何だかんだいってひどい父親だなって思うところいっぱいあったんですけど、とはいえ仕事をして僕が飢えて死んだりとかしないレベルでは面倒見てくれてたわけだし、それだけでもすごくありがたいことだなって思いますよね。

三上:今日の話を聞いて、父の日、お父さんもそうだけど家族で話し合う日でもいいかもしれないですね。

吉村:そうですよね。

三上:はい。ということで今日も素敵な話がたっぷり聞けました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

385.自分に優しくしたときこそ、行動が加速する

頑張らなきゃ、と自分を追い込むよりも、まずは自分に優しくしてあげること。
不思議と、心が満たされると自然と動けるようになるのかも。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日は、これから行動したいのになかなか踏み出せない保険っていう方が多いと思います。やりたいことあるのにとかね。そんな方にぜひ聞いていただきたいテーマの一つです。「自分に優しくしたときこそ、行動が加速する」こちらのテーマでお届けしていきたいと思います。

吉村:はい。これはあれですよね、何かチャットGPTに出してもらったテーマですけど、すごいこころメンテナンスの考え方をこのチャットGPTがよく理解しているんだなっていう、ちょっと驚かされている感じなんですけど。

三上:そうですね、ちゃんと何か私たちより優秀というか、できてるわ。

吉村:どっちのが上、下とかっていう話じゃなくて、役割分担で考えたらいいと思うんですけどね。

三上:そうですね、確かに。

吉村:でも本当何ていうのかな?自分に優しくするっていうことはどういうことかっていうと、要するに自分をジャッジしてないっていうことだと僕は思うんですね。

三上:うーん、でも何かジャッジしちゃう癖がついてる。それがブロックなんですよね、きっとね。

吉村:そうですね。結局世の中のね、例えば教育システムとか昔ながらの子育ての仕方とかにこのジャッジがすごく含まれてるわけですよ。

それは別に僕たちの親たちが悪いとかっていう話ではなくて、その人たちもなんか世の中の色んなジャッジに晒されて生きてきたから、ジャッジが当然とかジャッジすることが正しいって思ってずっと生きてきたからちょっとそれはある意味仕方ないことではあるんですけど、

三上:うん。

吉村:でも結局自分のことに対しても他者に対してもジャッジをするっていうことは、要は何かの基準で良いか悪いか判断するっていうことになるんで、その時に悪いって判断したりされたりってなるとそれは要は批判とか攻撃の対象になってしまうし、

その時に良いって判断されたとしてもそれってまた何かの拍子に悪いって判断されるリスクが常につきまとってるわけですよね。だから決して安心できる状態ではないから、ジャッジがあるっていうことがすでにすごく厳しい状態になってるわけですね。

三上:うん。

吉村:自分のことをジャッジしてしまうと、ああじゃいけない、こうじゃいけない、こうするべきだとか、自分で自分に制限とか色々と自分自身に何かやることを強要してしまったりとかっていうことになってしまうんで、やっぱりしんどい状態ですよね。自分で自分の首を絞めてるようなことになっちゃうんで。

そうすると何か行動をするためには結局自分のパフォーマンスが発揮しやすい状態である必要があるし、それに重い状態と軽い状態だったらどっちが行動しやすいかっていったら、軽い状態なわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:でも自分をジャッジするっていうことは、ああではいけない、こうではいけないとか、今の自分に対しても自分のこういうとこが良くない、こういうとこがダメだとかって言ってるってことは氣が重くなっていっちゃうわけですよ。氣が重くなったら行動のパフォーマンスが下がるわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:このパフォーマンスが下がったら、また余計にジャッジする羽目になってしまうわけですよ。

三上:うーん、本当だ。

吉村:だからそういう悪循環にはまってしまうんですね。行動を加速させたいって思うんだったら、まず本当にその辺のジャッジをやめるってことが本当に大事なんですよね。

三上:ジャッジをやめる。受け入れる。

吉村:そうですね。それは別に受け入れるっていうことが、うまくいってないことをそのまま放置することっていう意味ではないんですよ。

ありのままの自分を受け入れた方がいいですよって話をすると、結構多くの人が「じゃあダメな自分をそのままにするってことなんですか。」みたいなことを言ってくる人っていうのも結構いるんですけど、それとは違うんですよね。ダメな自分っていうふうに言っちゃうから、ダメであることが固定化されちゃうんですよ。

三上:そこでもジャッジだ。

吉村:そうそう。だから何かうまくいってないことがあったとしたら、そこって改善できるポイントがあるっていうこと。だから言ってみたら伸びしろがあるっていうことじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だから別にその人がダメかどうかっていう話じゃなくて、その人にまだ改善の余地があるか伸びしろがあるかどうかみたいな話に過ぎないんですよ。

っていうところで言うと別にどのレベルになってもまだ伸びしろってあると思うんで、伸びしろがなくなるってことのほうがまずちょっと考えにくいですよね。それはたぶんその人が死ぬときですよ。

三上:うん。

吉村:だからそれまでは別にまだ改善できるところはあるし、今のレベルで尺度を持って測るとするじゃないですか。

三上:はい。

吉村:そうすると熟練度みたいなものとかで、今の段階でどっちのほうが上とかっていうことを評価することはできるんですけど、

例えばね、僕と誰かとは何かで競争をしたとして、それで僕がそのときに負けたとしても別にそれは僕は劣ってるとか人間として価値が低いとかってことじゃなくて、この競争では今回は僕のほうが負けましたっていう話に過ぎないんですよね。

それはもしかしたら自分を伸ばしていくことでその競争で勝てるようになるかもしれないし、あるいは僕はこれは向いてないかもしれないから何か違うことでもっと力を発揮できるかもしれないなってそっちで力を発揮できたら別にそれでいいわけですよね。

三上:うん。

吉村:だから、人を結構ジャッジするとか評価をすることで格付けみたいなことっていうのは世の中でよくされてるんですけど。

三上:マウントとかね。

吉村:格付けみたいなこともすごい雑な感じがするんですよ。じゃあテニスが上手い人と将棋が強い人とどっちのほうが上なのかって分かんないじゃないですか。じゃあテニス上手いやつと将棋が上手いやつ戦わせてどっちが勝つか見てみるって、何で戦うのみたいな話じゃないですか。

三上:確かに、戦えないよね。

吉村:だから人を評価したりとか人の特技であったり技術であったりとかを測る尺度っていうのも千差万別なわけですよね。

例えばスケートが上手い人って言ってもフィギュアスケートが上手い人とスピードスケートで速い人と、それからアイスホッケーで上手いプレイヤーとって同じスケートだけど全然違うじゃないですか。

三上:違いますね。

吉村:別にフィギュアスケートが上手い人が、アイスホッケーでバンバンゴール決められる人になるかっていったら分かんないし、大体アイスホッケーみたいな競技だったらゴール決められる人と相手のシュートをすごい防御するキーパーとどっちのほうが偉いのかって、いや別にどっちも必要だよねみたいな話ですよね。

三上:そうですね。

吉村:だから結構ジャッジするっていうのが、まずジャッジしてるって時点でかなり雑な評価をしてることが多いんですよ。

三上:うんうん。

吉村:細かく評価するってなった場合には、どちらかというと良い悪いっていうより現状こうだよねっていう見方をしたほうがそこの伸びしろの部分をどう成長させられるかっていうところに行きやすいし、
それにそもそも向いてるか向いてないかっていうこともあるから。

僕は別にスポーツ選手になろうっていう氣が全くないんですよ。多分僕は向いてないって分かってるからそこで勝負すること自体がバカバカしいっていうか。

でもスポーツやってる人のことは別にすごいなって思ってるし、スポーツやってる人が僕より上とも思ってないし下とも思ってないんですよ。というのは別にどっちが上とかって測りようがないじゃないですか。ただ単に僕スポーツ向いてないけど、スポーツやってる人はすごいなって思う。

三上:そうですね。

吉村:でも例えばどっかの研究機関ですごい研究してる人っていうのは、その人が別にあんまり運動得意じゃなかったとしてもその人がすごい研究で成果を上げてたらやっぱりすごいなって思うしって話で。だから別に良い悪いとかって話じゃないんですよね。

三上:分かります。素直にすごいなって氣持ちに思うだけであって、そこで自分のほうが弱いとかっていうふうにジャッジしてないってことですもんね。

吉村:自分のほうが上でもないし、自分のほうが下でもないしっていう話。だから結局人として上とか下とかみたいなことだったり、どっちが正しいか間違ってるかとかそういう良い悪いとかって全部ジャッジなんですよ。

ジャッジが世の中を複雑にしちゃってるし、自分のパフォーマンスを上げることを邪魔してパフォーマンスを下げてしまうわけですよね。ジャッジが自分の行動を妨げてる、邪魔するわけですよ。

だってジャッジがあるからちょっと失敗したら嫌だからどうしよう怖いなとか、ちょっとうまくいかないところをみんなに見られて恥かきたくないしなとかって。

三上:うん。

吉村:そういう別にジャッジがなければ行動してみてその行動してうまくいけば良かったねって話だし、うまくいかないなってなったらじゃあ何か改善点があるのかなとか、あるいはそもそも向いてるのか向いてないのかから見直した方がいいのかなっていうような話で、

別にそこでうまくいこうがいくまいが、その人の価値そのものが上がったり下がったりはしないんですよね。

三上:確かにそうですね、なるほど。なのでやっぱりジャッジではなくて素直に。ジャッジが減ると素直に色々受け入れてその感覚も変わってきそうですね。

吉村:そうですね。だからそういう自分と違うタイプの人とか考えを持った人を素直に受け入れてみるっていうことと同じように、ありのままの自分を受け入れてみるってことですよね。

それは別にありのままの自分は伸びしろがある自分だっていうふうに受け入れるわけだから、自分の足りてない部分をそのままにするっていうのとは違うんですよね。

じゃあまずありのままの自分はこうであると。じゃあ自分こうなりたいからここを伸ばしていこうっていうのは、別に今のままじゃダメだ、何とかしなきゃって思わなくてもできるんですよ。

三上:そうですねー。今回収録4回録ってるんですけど全部色々繋がっていくなっていう。お話がやっぱり、ジャッジしないとかありのまま受け入れる。本質はシンプルなんですよね、きっとね。

吉村:そうですね。本当にそうだと思います。

三上:改めて自分に優しく、たまにジャッジしてる自分がいるなって思いながら。皆さんはいかがでしょうか?

吉村:ジャッジしてる自分を見つけても、それもジャッジしないってことですね。

三上:そうですね。いやいやいや。

吉村:またジャッジしちゃったダメだとかっていう、これがジャッジなんでね。

三上:ありがとうございます。

吉村:ジャッジしてるんだねって、じゃあちょっとそれをやめたとしたらどうか。

三上:今日も氣づきがたくさんありました。ということで今日のテーマ「自分に優しくしたときこそ、行動が加速する」でお届けしました。本日も吉村さんありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

384.願いを叶えるために“やること”より“整えること”

行動より先に、整える。
心や環境を整えることで、願いが叶うスピードも、質も大きく変わっていくようです。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、前回の収録のテーマが「意外と大切、やめる勇氣と手放す感覚」をテーマで前回収録したんですけど、

その後の今日のテーマが「願いを叶えるために、やることより整えること」というテーマでお届けしたいんですが、その前に前回の収録ですごい氣持ちがすっきりして何か声のトーンもちょっと今上がってるなって思ってます。

吉村:ああ、よかったですね。

三上:単純だ。これから何かやりたいとか、その氣持ちが先走ってそこに向かっちゃう。私も整えること、ベースを作ることは大切って分かってるんですけど、猫みたいにあるおもちゃにこうやって向かう癖があるので、やっぱり整えることって大切ですよね。

吉村:そうですね。やっぱりこころメンテナンスの考え方としては、クリアリングっていうのが結構すごく大事で、何をやるにしてもその人がクリアであるほうがやってることがうまくいきやすいっていう考え方なんですよね。

三上:なるほど、うん。

吉村:だから同じやり方で同じことをやっても、人によって得られる成果が違ってたりするっていうのは一つにはその人の魂レベルでの向き不向きっていうのはあるんですけど、魂が持ってる価値観、バリューフォーミュラですよね。

バリューフォーミュラに合っていることをやってるほうが人のパフォーマンスは上がるんで。合ってる合ってないっていう観点がまず一つあるんですけど、でもそれよりも更にちょっと一歩手前の少し浅いレベルの部分で言うと要はブロックがあるのと同じだから、

例えばこれが2人の人がいて、AさんBさんでやってるとっていうのがあるとして、AさんとBさんどっちもバリューフォーミュラの観点で言えば合ってることだったとするじゃないですか。

そうすると2人ともそれぞれ高いパフォーマンスでそれができてていいはずなんですけど、そこで差が出てしまってるとしたら、それってうまくいってないほうの人は何かそれをうまくいかなくさせてる要因がその人の無意識レベルに存在してるっていうことなんですよね。それがブロックって話なんですけど。

ブロックっていうのは別にその人の生まれ育ってきた環境でできちゃったとか、何か大きなきっかけがあってトラウマみたいなものによってできちゃったとかっていうケースもあるし、親とか先祖から受け継いでいるものだったりとか、

あとは魂が輪廻転生していく中で、今回の人生じゃなくて以前の別の人生でできちゃったものが今回の人生でまだ足を引っ張ってるっていうようなこととか色々考えられるんですけど。結構そういったものがたくさんあるわけですよ、僕たちの魂が。

潜在意識って普段僕たちはものを認知したり考えたりっていうのを顕在意識の部分でやっていて、そこが自分の意識の中の分かってる部分ですけど、

でも潜在意識とか無意識って呼ばれてる領域では、自分では分かってないんだけど実はその潜在意識はこう思ってるみたいなものがあって、現実創造とか引き寄せっていうところで言うとその潜在意識の中でどう思ってるかの方が現実化の力が圧倒的に強いんですよ。

三上:うーん、潜在意識。

吉村:だからいくら表層の意識でポジティブシンキングとかって言ってても、潜在意識がネガティブだと現実はネガティブになっちゃう可能性が高いんですね。

なのでやっぱり先に潜在意識の中の余計なものを掃除して潜在意識の中をクリアにしていった方が、自分がやりたいこと進みたい方向に進んでいきやすいよねっていう考え方なんで、

何をやるかっていう部分とかやり方の部分よりも、実はちゃんとクリアにしとくっていうそれが大事だっていうことなんですよね。

三上:確かに、クリアにしなかったらやることも動きづらかったりとか、疑ったりとか色々出てきそうですもんね。

吉村:そうなんですよね。整えるっていう部分で言うと色々と行動面とか考え方の部分での準備っていうのもあるんですけど、

実は結構無意識レベルの自分の潜在意識の無意識の部分をちゃんときれいに整えておくっていうことが、すごく大事だっていうところに繋がりますよね、今回のテーマとしては。

三上:そういう感覚で皆さん多分どうなんだろう?私は今日のこのテーマを聞いて、動くことやることが大切って思ってたんですけど、まずはそれよりちゃんとこうやって整える、潜在意識をクリアにしていくっていうことが大切なんだって今改めて思ってます。

吉村:そうですね。もちろん行動は大事なんですよ。何か現実を創造するっていう、何かエネルギーを動かして現実を創造したり引き寄せたりするっていう時には行動は必要なんですけど、

でも案外行動が自分のやりたいことと直接繋がってなくても、自分の中のある程度クリアでこれがやりたいっていう思いだったりとかそのことを想像した時に魂が喜んでそれによって前向きな感情が出てくるみたいな状態になったら、

その時ってそれに向けての何かをするっていうことだけじゃなくて、その心持ちで散歩するとかだけでも結構実は現実がだんだん動き出すんですよ。

三上:幸せとか感じる感覚も違いますもんね。

吉村:そうなんですよね。だから行動の部分でちょっとブロックがあってどうも踏み出せないなっていうようなことがあった場合、その状態でもできそうな行動、それが散歩かもしれないし部屋の掃除かもしれないし何でもいいと思うんですよ。

とにかく体を動かして何かやる行動とそれに自分の持ってる思いと感情が乗っかった状態でまずちょっと行動してみるとエネルギーが動くっていうか、現実世界に対して自分はこういうことをしたいんだとか、自分はこういうことを望んでるんだっていう信号を送ることになるんですね。

三上:うんうんうん。

吉村:それによって現実がちょっとずつ動き出すんで、こっちからの働きかけをしなくても外側から現実が変化しだすっていうことがあるんですよ。そのときにやっぱり大事なのは、その時の自分の感情がどこから出ているかっていうことなんですね。

ここも結局ブロックがあるとやっぱり難しいことではあるんで、クリアリングしたほうが早いよねっていう結論にはどうしてもなってしまうんですけど、そこはちょっと一旦置いといたとして、

感情って前向きないわゆるポジティブって言われるような感情と、それからちょっと後ろ向きだったりとか攻撃的だったりっていうネガティブって言われるような感情とっていうのは、実は出どころが違ってて、ポジティブ寄りの感情っていうのは一般的には自分の魂から出てきてるものなんですね。これは愛なんですよ、根底は愛で。

三上:うん。

吉村:ネガティブ寄りの感情っていうのは恐れから来てるんですね。これは僕たちの肉体がいってみたら死んじゃったり怪我しちゃったりする可能性があるから身を守らなければいけないっていうことで、危険から身を守るためには危険に対して嫌だなとか怖いなとかっていう感情が湧くからそれを避けるわけじゃないですか。

そうやって安全を保つことができるわけですよね。そっちの恐れから来る感情と愛から来る感情っていうのは、どんどん掘り進んでいくと根底では別のとこから出てるわけですよ。

三上:ああ。

吉村:どっちもあるからそれがちょっと複雑に絡み合って混ざって何割恐れ何割愛みたいな感じのものが普段僕たちが感じてる感情だったりするんですけど、でもその中でも愛の割合が多いのか恐れの割合が多いのかっていうところで風向きが変わるわけですね。

三上:うん。

吉村:何か願いを叶えたいって思ったときにやっぱりちょっと氣をつけてみてほしいのが、自分の持ってる願いっていうのは愛から来てる願いなのか恐れから来てる願いなのかっていうところをまず見極めてほしいんですよ。

そこが最初の準備というか整えるべきところかなと僕は思ってて。自分が一切何も困ってることがなくて何をしてもいいとしたらそれでもやりたいことなのかどうか。

三上:うん。

吉村:それって要は楽しそうとかワクワクするとか、そういう感覚がなかったら別にやりたいと思わないわけじゃないですか。だって何も困ってなかったとしたら。

三上:そうですね。

吉村:人は何か困りごとがあるからそこを何とかしなきゃみたいなモチベで動いてることが多いわけですよ。そうするとそのときに何かこうなったら嫌だなとか、こうなったら困るからそのためにこれをやってるんだみたいなモチベーションでやってることっていうのは結構多いと思うんですけど。

三上:多いですね。

吉村:それは要はマイナスに対して何か対処するためのことだから、実はそれって恐れに基づいたモチベーションなんですよ。

三上:そうですね。

吉村:だから本当に単純に楽しそうとかワクワクするとかっていうのでやりたいと思ってることっていうのは大体魂がやりたいと思ってることなわけですね。こうなるといかんからこれをやっとくかっていうのは、別に困りごとがなかったら別にやる必要ないことかもしれないんですよね。

リスクヘッジのための何か行動を取るとかっていうのを全部否定するわけではないんですけど、ただそれってそのリスクがなくなったときにはそんなにやる氣が起きなくなっちゃうっていうか、そのモチベーションって長く続かないわけですよ。

そのモチベーションで何かやり続けるとしたら、困りごとが続かなきゃいけないっていう話になっちゃうんですよね。

三上:やだやだやだ。

吉村:だからまずは何か始めるってときに本当に自分の魂がワクワクしてるであろうかと、一切自分自身が何も困ってないとしてもそれでもやりたいと思うかっていうような話ですよね。

三上:今日も学びが。私は不安でやってることが多いな。そうじゃないのもあるけどって思いながら氣づかされました。今日の時間と。

吉村:それもだからゼロ百の話じゃないんで、ちょっとずつ割合を少しずつシフトさせていけばいいと思うんですよ。

三上:そうですね。

吉村:この肉体と一緒に暮らしてる以上、一切の恐れとか一切の不安が完全になくなるってことはないんですよね。今この瞬間隕石が落ちてきて死ぬかもしれないっていうこのリスクはゼロじゃないじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だからそこは結局割合の話なんで、グレーの中にいるんだけどじゃあグレーの中でより白寄りの方に行くにはみたいなことを考えてやってるわけですよね。

三上:これからちょっと、色々向き合いたいなと思いました。

吉村:良かったです。

三上:はい。ということで今日のテーマ「願いを叶えるために、やることより整えること」をお届けしました。吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。