078.犯罪者

説明文:犯罪者ときいて、人間ではないかのように見てしまう方もいるかも知れません。
しかしそれに至るまでの裏側を知る事で違うイメージを持つかも。

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三上:はい、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、よろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、今日はですね、ここ最近、ニュースなどでも、いろいろな事件が増えてきているなっていうふうにも感じたりするんですけど、そんななか、今日は、犯罪者というテーマでおとどけしていくんですが、犯罪といっても、小さなことから、大きなことまで、いろいろと差があると思うんですけど、さあ、吉村さん、今日はなぜこの犯罪者をテーマにとりあげたんでしょうか。

吉村:前回の正義感についてとりあげたというのがあったんで、その流れで、正義とか悪とか、そもそもそういうジャッジって、なくてもいいんじゃないっていう話に一応なったと思うんです、前回の話というのは。

三上:そうですね。

吉村:そんな単純な話でもないっちゃ・・・、まあ

三上:そう、深かったですよね。

吉村:まあ、それをざっくり言うと、そもそもそういうジャッジって、要らないんじゃないというような側面があったと思うんですけど、それに対して、凶悪な犯罪者とかを、そういうひどいことをする奴らを許していいのかと、犯罪被害にあったひとたちの気持ちはどうなんだ、みたいな言い分、議論も出てくると思うんですけど、そのへんで、犯罪とか犯罪者ということに対して、僕がどうとらえているのかなというところをお伝えできたらいいかなと思って、今回のテーマを選ばさせていただきました。

三上:はい。実際に、犯罪者って、一般のひとからみたら、こわいひとだなとか、近寄りがたいなというイメージをもたれる方、多いと思うんですけど、吉村さん的な考えとしては、どう思われるんですか。

吉村:はい、まず、これもいろんな側面があるんですけど、ひとつ、紐解いていくのに、そのとっかかりとなる部分としては、犯罪者という人種がいるわけではないということですよね。

三上:イメージはみんなそうですよね、きっと。外、外国とか、自分たちとは違うひとというイメージが、ね、ありますよね。

吉村:そうですね、はい。だから、そういう種族とか、別の生き物という感じで、犯罪者という、何者か猛獣みたいなやつが、社会の中に潜んでいて、みたいな感じのイメージを、意識的に顕在化している場合もあれば、無意識でそういうふうに思っているから、自覚はないけど、そういうとらえかたをしているという、そういうのが両方あると思うんですけど、実際、犯罪者というのは、言ってみたら、ひとというところでは、すべてのひとと同じ種族なわけですよね。

三上:そうですよね。かわらないですよね。

吉村:犯罪というカテゴリーのレッテルがはられている、その行為をしてしまったひととか、それをその、日常的にしているひとたちのことを犯罪者というふうに呼んでいるという話なんですよね。

三上:そうですね。ルールを破ったこと、破ったひと

吉村:ルールというのは、要は国が定めている、これはやっちゃだめですよと言っていることをやってしまったとか、それを日常的にやっているということで、いつも犯罪をしているじゃないか、犯罪者というレッテルがはられているという話なんですね。犯罪という行為はどういうふうに定義されるのか、というふうになると、それは、言ってみたら、国が、って今言っているけれども、それを定めているのは人なので、どこかの誰かがこれは犯罪ですって決めた、これやっちゃいけませんって決めたことをやっちゃうことが犯罪って、なるわけですね。それは、国ごとに法律とか違うから、だから、ある国でこれをやったら犯罪だけど、こっちの国でやったら別に犯罪ではありませんということは、もう数え切れないくらいにあるわけですよ。

三上:それは大きいですよね。

吉村:そうなんですよね、ものすごい数の国があって、たとえば、イスラム圏の国だったら、豚肉を食べることはかなりの重罪なわけなんですよ、ね。

三上:(笑)

吉村:(笑)不浄なものとなっているわけですよ、豚肉って。そうすると、誰かに対して、だまして、むりやり、知らないうちに食べ物に豚肉を混入させて食べさせたってなったら、多分、すごい重罪な扱いになって、下手したら、ものすごい罰をうけることになっちゃうわけで、死刑とかうける可能性もあるんじゃないかなと思うんです。

三上:えーっ。

吉村:僕もそんなに詳しくはないけど。たとえば、アルコールを飲むこととか、イスラム圏では、禁止だし、イスラム教の国もいっぱいあるんでね、戒律にそってしっかりやろうとしている国もあれば、少しゆるい国もあるんで、そこらへんの刑罰の重さとかも、多少国によっても違うわけなんですけど、たとえば、違法薬物って、日本でひとくくりになっているものでも、国によっては、大麻は別に合法ですよって言っている国もあるわけですよね。日本だと犯罪になっちゃうから、そういう刑務所に入れられちゃうみたいな刑罰があるわけですよね。かたや、イスラム教の国とかね、アジアの他の国とかだと、シンガポールとかもそうかな、大麻とか持ってたら、死刑ですよ。

三上:えーっ。そう!?

吉村:(笑)だから、同じことをやっていても、おとがめなしの国あり、法律違反だから、刑務所入れられたりとか、罰金とられたりとかしますよという国もあり、死刑になっちゃう国もあるという、ね。そこって、同じことをやっていても、全然、違う内容になっちゃうんです。それが犯罪であるか、どうなのか、犯罪として重いのか、軽いのかみたいなのって、それって、絶対的な神が定めた真実の基準みたいなのがあるんじゃなくて、人が考えて運用しているシステムの中で行われていることなんですね。

三上:うーん。

吉村:たとえば、ひとを殺しちゃうとか、なにか事故で死なせちゃうとなると、それによってなくなっちゃったひとのことを大切にしてたひとに対する、なんていうのかな、そういう人たちにとって、傷つく、ショックな出来事だから、人を殺すのは良くないよねというのは、大体みなさん、合意ができていることだとは思うんですけど、これだって、結局、たとえば、そのひとから金品を奪いたいから、殺しちゃいましたということと、性的欲求を満たすために、相手が言うことをきかないから殺しちゃいましたということと、たとえば、大麻みたいなよくないものをやったから死刑です、殺しちゃいました、いま戦争中の敵の国の兵士を戦場で殺しちゃいました、人を殺したということに関しては、全部やっていることは同じなんです。

三上:一緒ですけど。うーん。

吉村:でも、取り扱い方って、そこで変わってくるじゃないですか。

三上:うん、全然違いますね。

吉村:違いますね。そうすると、人を殺すということひとつとっても、それがその、そのことに対する絶対的な、善悪とか、罪とかっていうのは、ひとことで、「はい、これは罪です」といえるものではなくなっちゃうんですよね。たとえば、僕、戦争は全然よくないものだと思うんで、世の中から、はやくなくなってほしいと思ってますけど、実際、現状、世界中のあちこちでは、戦争とか紛争というものが起きていて、言ってみたら、戦闘行為で、敵兵と戦って相手を殺さなきゃいけないみたいなときに、死ぬのは嫌だから、こわいから、逃げちゃいましたってなったら、むしろ、それが敵前逃亡といって、そっちが罪に問われたりする可能性が出てくるわけですよね。だから、犯罪ということも、結局、僕らが定めたルールを守って生きていくという選択をするのか、それを守らないという選択をするのかという選択の話になってくるわけですよね。じゃあ、なんでルールを僕らはつくるのかといったら、お互いに迷惑かけないで、傷つけ合ったりしないで、仲良くしたいよね、だから、このルールは守っていこうよ、そしたら、きっと仲良くできるよというのが、ほんとは、一番根底にあるルールとか法律の存在意義だと僕は思うんですよね。

三上:うーん。

吉村:そこも、そのね、犯罪者とかっていう人種、種族がいるってわけじゃなくて、なんらかの、そのひとなりに思う正しいってことをした結果が、犯罪であったりとか、それから、ちょっと1回、これ止められますか?

三上:大丈夫ですよ。

吉村:ちょっとごめん、今収録中だから、声小さめでお願い。

三上:大丈夫でした。そのまま途中で切ってもらいましょうね。

吉村:どこまで話したんだっけね。

三上:犯罪者の理由がいろいろあるっていう話をされています。

吉村:その人なりに正しいと思ったことをやった結果、それが犯罪になってしまう場合であったりとか、なにかやむを得ないと思ってやってしまったとか、そのひとが思うよくないことを避けようと思った結果、ルールを破るということとつながって、犯罪者となっちゃうとかって、いろいろなケースがあるわけですよ。たとえば、世の中的にすごいその、許されないというカテゴリーに入りやすいものといえば、自分の快楽のために、人を傷つけたり、殺してしまうみたいな、快楽殺人者みたいなひととか、性的な犯罪を犯す人たち、これは、許せないですよねという話にはなると思うんですけどね、気持ちは、すごい迷惑かかりますという、傷ついた方たちというのは、たぶん僕の想像の範囲、範疇を超えたようなおそろしいめに遭われていると思うんで、ただ、僕は、そのひとたちが、ただ邪悪なのかといったら、そういうことじゃなくて、そのひとたちは、なにかしら、他のことで喜びを得ることができなくなっているために、その人のなかの、言ってみたら、喜びの回路とかが、故障しちゃって、他のひとからしたら、気持ち悪くなるような事柄で、このひとは、喜びとか快楽とか得られているという錯覚を起こしちゃってる場合というのもあるわけですよね。薬物依存で、薬物の利用を何度も繰り返しちゃって、何度も刑務所に行ってる人たちとかもかなり社会的にはすごい軽蔑されるひとたちだとは思うんですけど、このひとたちだって、言ってみたら、薬物に依存しちゃってるというのは、正常な状態ではないんですよね。一種の病気の状態とあんまり変わらないと思うんですよ。、

三上:うん、うん、うん。

吉村:たとえば、僕ら、風邪を繰り返し引くひとっているじゃないですか、風邪ひきやすいみたいな、ね。風邪をひくというのは、正常な状態ではないし、他のひとにその風邪うつしちゃうかもしれないから、いいことでは決してないですけど、でも、「お前、また風邪引いたのか、許せん」みたいな話になるのかというと、そんなことないじゃないですか。それって、病気だから仕方ないよね、それよりは、まずは、治すことを優先しようという話になると思うんですよ。だから、言ってみたら、異常な状態になっているということが、言ってみたら、犯罪者というカテゴライズされる状態というところとも、つながっているわけですよね。だから、その異常な状態になっているひとたちというのをただ、死刑にしましょうと切り捨てていくのか、でも、このひとたちがちゃんと立ち直っていけるようにしていくのか、あるいは、そもそも、そういう異常な状態にひとがならないように予防していくのか、というのは、なんか、病気になってから治療するのか、予防するのがいいのかというような議論とすごい近い話だと僕は考えていますよね。

三上:うーん。なんか、今日は思っていた以上な話がきけたんですけど、やっぱり、犯罪者ってひとくくりで外からみるのと、よくおっしゃる裏側の部分を知ることによって、今聴いている方、わたしも含めてなんですけど、きっと犯罪者に対するイメージというのは、この時間で少し変わってくる、だからこそ、自分たちも今後どうしないといけないって思ってもらえて、動いて、みんながね、いけたらいいなというふうに、この時間、感じました。

吉村:そうですね、だから、やっぱり病気と同じように、予防をすることをまず第一に考えて、もし症状が出ちゃった場合は、いかにしてそれを治していくかということを、考えたほうが、それでね、この病気のことの研究が進めば、より予防がしやすくなっていくと思うんですよね。だから、簡単に、ただ、犯罪者って、バスッとレッテルはって、悪いやつだからどこか閉じ込めとけとか、社会的に排除して殺してしまえというよりは、なんでそうなっちゃっているんだろうというのをもっときちんと研究が進むといいなと思いますよね。

三上:今日のお話でね、共感してる方がたくさんいるといいなというふうに思いました。すごいとてもいい内容だったなというふうに感じます。はい。

吉村:ありがとうございます。

三上:本日は、吉村さん、ありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

077.正義感

あなたの周りにもいませんか正義感をもった方、自分が正しいと思った事を突き通す、でもそもそも正義とは?

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三上:はい、みなさん、こんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、よろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、今日は、お便りコーナーでもお話でとりあげたみたいですけど、正義感について、とりあげていこうかなと思うんですが、

吉村:はい。

三上:まあ、正義感ってきくと、いいイメージがぱっと思い浮かぶんですが、実際、ちょっと奥も深いかなという感じを思うんですけど、

吉村:はいはい、そうですね。実際に正義というのはいいもので、正しいものっていう取り扱われ方が今の社会ではされているし、いろんな、たとえば、漫画とか小説とか物語の中でも、すごいこれは大事なことであるというような描かれ方をしているんですけれども、

三上:漢字でもそうですよね、「正しい」、ね、

吉村:それがほうんとうにいい悪いというカテゴライズのしかたが適切かどうかはわからないんですけど、言ってみたら、僕たち人間が幸せに生きていく、お互いに調和して生きていくということに関して、効果的なものなのかどうかというと、そこは疑問の余地があるなと僕は考えていますね。

三上:うーん、なるほどですね。

吉村:はい。

三上:はい。正義感というと、自分が正しいって思っていて、それを、正しいと思っているから、ちょっと押し付けるというのもあるのかなって、イメージであるんですけども

吉村:そういうことですよね。だから、要は、物事を正しいか正しくないか、正しいか間違っているかというふうに分けて、正しくないことを否定してるってことにつながっちゃうわけですよ。正義感というのは、物事を正しいか間違っているかでジャッジしているわけですね。それによって、ジャッジして、間違っているものを是正しなければいけないみたいな発想ですよね。直さなければいけない、変えなければいけない。もしそれが不可能だったら、排除しなければいけないみたいな話につながっていくんで、そこはその、法律の仕組みとかっていうのはだいたいそれでできているんで、現状僕らはそういう社会のインフラに頼って生きているという部分はあるんで、その仕組まで全部変えていくというのは、一筋縄ではいかないわけですけども、僕たちが、こころもち、気の持ちようの部分では、正義か悪か、とか、正しいか間違っているかというところで、物事をジャッジして考えるのではなくて、ひとつの事柄って、いろんな側面があってできていることだから、それを片側からみて、正しいか間違っているかというので、二分しちゃうんじゃなくて、なぜ、そうなっているんだろうとかね、理想的な状態に近づけるにはここからどうしたらいいのだろうかということを、考えていったほうが、物事はうまくいきやすいと思うんですよね。

三上:うーん。そうですよね。

吉村:なので、正義感というのは、結局、言ってみたら、ジャッジから起きているということが言えるわけですよ。さんざん、この配信とかでもみなさんにお伝えしているように、僕たちを苦しめているものというのは、結局ジャッジですよという話なんで。

三上:うんうん。わたしも毎回、ジャッジという話をきくたびに、最近は、確かにひとの話とか、ある意味、正義感って感じるのは、ちょっと、おせっかいなひとなのかなというふうに(笑)感じたりもするんですけども、ある意味ですね。そのひとが、そこに至るまでをみるのは、いろんな経緯があったからこそ、今に。ジャッジするんじゃなくて、今のこのひとが正義感としてやっていることも、いろんな経緯があったから、今に至るんだろうな、みたいな感じで。、

吉村:はいはい、はいはい。いいですね。だから、ジャッジしてるひとをまたジャッジしちゃったら、上塗りになっちゃうんでね、ジャッジしてるひとに対してもジャッジせずにみることができているというのは、すごい素晴らしいことですよね。

三上:側面とか、今に至る、きっと裏側に何かあっての今となったときに、でも、このひとをみたときに、逆に私たちは受け入れることはできたとしても、このひとを気づかせてあげるというのは、どうしたら?今、ふと思ったんですけど、どうしたらいいんでしょうかね?

吉村:そこに関しては、ほんとうにその、既存の方法となると、説得するとか、そのひとの気付きのきっかけになるような情報を頑張って与え続けるという話になっちゃうとは思うんですけど、ただそれに関しても、そのひとがジャッジを手放せないでいることをなぜなのかというところまで考えていくと、いろんな、そのひとの今までの経験とかから、ものの見方や考え方が凝り固まってしまったということも考えられますし、何か無意識の思い込みがあるためにそうなっているということもあるわけですよね。そこをどう取り扱っていくかということに関しては、僕はそれをどうするかということをとことんつきつめて、研究した結果が、クリアリングをしていくという、僕がこの心メンテナンスという手法のなかでやっていることにたどり着いたわけですよ。これが唯一の正解とは思っていないんですけども、僕が今までいろいろ、みてきた、研究してきたなかでは、これが一番効果的だなと思ったんで、実践しているという話なんですよね。

三上:うーん。なるほどですね。

吉村:昔のひとたちは、そこを時間かけて、瞑想したりとか、座禅組んだりとかということで、自分と向き合う時間をとって、自分の中にある凝り固まったものとか、固定概念に気がついて、手放していくということをじっくり時間をかけてやってこられたひとたちが、悟りを開くひとたちになっていったという経緯はあると思うんですけど、現代人って、けっこう忙しいじゃないですか。

三上:うん、うん、うん。

吉村:山に何年かこもる時間とかあんまりないと思う、みなさん。僕もあんまりないと思うし。

三上:(笑)なるほど。

吉村:5年間山にこもるんだったら、その時間、うちの子供達の成長をちゃんと見守りたいって、僕は思ったんで、そうすると、山にこもって修行みたいなやり方は、ちょっと現実的じゃないかなと思うんで、エネルギーワークをつかって、クリアリングするというのが、現代人に合ったやり方なんじゃないかなと思いますね。

三上:うーん。わたしも、最近ね、お友達と話をしていたんですよ、ひとりの時間を自分と向き合って、考える時間というのは、ほんとうに大切というか、いい時間だなというふうに盛り上がっていたんですね。お友達も、結局、自分がハッピーじゃないと、相手をハッピーにすることなんて、絶対にできない、その方はそういう考え方なんですけど、わたしもまさしく、そのとき、そうだよな、自分が満たされていなかったら、相手を満たすことなんて無理だよなというふうに共感したんですけど、

吉村:はいはい、そうですね。

三上:やっぱり、この正義感というのも、自分が正しいって思っているからしちゃうと思うんですけど、いったん、ちょっと、振り返って、自分自身そうなのかなという時間があったりすると、また変わったりとかして、結局自分次第ですよね。

吉村:そうですね。結局、その正義感にとらわれている人たちは今どうやっているかといったら、多分、これが正しくないとか、もっとこうあるべきだとか、今ある状況の、そのひとからみたよくない部分にフォーカスしてるから、それをなんとか直さないといけない、悪いところ全部なくせば、いい状態になるだろうと多分思っていると思うんですけど、意識が、そのひとのわるいところにいって、よくないところ、直さなくてはいけないところに向いてると、結局そっちにフォーカスしてエネルギーを与えちゃうから、そのひとの不満のほうが、増えていっちゃうんですね、結果的には。悪いと思われている出来事とかをどんどん引き寄せちゃうみたいな、そちらに票を入れていくということを無意識にやっているんで、それよりも、どうしたら、自分は幸せになるだろうかとか、どうしたら、この自分の幸せを周りの人たちと分かち合うことができるだろうかという、こっちのほうを考えたほうが、うまくいきやすいという話なわけですよね。

三上:そうですよね。受け入れて、そうですよね、人間って、悪いところがあったっていいんじゃないって、最近わたしも思ったりします。人間らしいというか。(笑)

吉村:そうですよね、完璧な人間なんてそもそもいるわけないし。

三上:そうそう、そうそう。

吉村:そうですね。悪いところっていうのだって、どの立場でどの角度からみたら、悪いってことになっているのかって、自分は悪いと思っていても、他の人は、なんか、この人はこういうとこかわいいなと思ってるかもしれないですよ。そうなると、単純にいいか悪いかではジャッジできないですよね。

三上:うーん。はい。ということで、今日は、正義感でとりあげましたけど、正義感、ただひとつの言葉でも、その内容はすごい深い時間でしたね。

吉村:わははは。そうですね。

三上:(笑)みなさん、色々感じる、自分にあてはまる、もしくは、まわりにいらっしゃるかもしれません。はい、今日は、すごいいろんなお話がきけて、今日もすごい楽しかったです。

吉村:ありがとうございます。

三上:本日もありがとうございました。

076.寝ている間の潜在意識はどこへ

寝ている間肉体は休んでいるけど潜在意識はどこへ?
寝ている間が本来の魂?
気になるお話し伺いました。

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、よろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日はですね、実は私の息子がコロナにかかってしまって。

吉村:大変でしたね。

三上:はい。自宅待機だったんですけども、その間いつも以上に寝る機会が増えまして。

吉村:はい。

三上:そんな中、ポッと思いついたテーマなんですけども、「寝ている間の潜在意識はどこへ」ということで、ふと思ったんですよね。寝ている間の、肉体は休んでますけど、潜在意識はどこにいってたんだろうとちょっと思ったので、「あ、これ今日吉村さんに聞いてみよう」ということで、テーマに取り上げてみましたけれども。寝ている間の潜在意識っていうのは、どこに行ってるんですかね。

吉村:うーん、はい。これね、僕が明確な答えを知っているっていうわけでもないし、僕自身、結構日頃見ている日々の夢の内容とか覚えてないほうなので、なんとなく僕が今まで見聞きした内容とか本で読んだ内容とかを総合すると多分こういう話なんじゃないかなっていうような、考察程度の話になっちゃうとは思うんですけど。

三上:はい。

吉村:結構そういう潜在意識とかスピリチュアル系の本とかを見ていると、眠っている時って、意識が肉体からちょっと離れて本来の魂の意識の状態みたいなところに行ってるっていうふうなことを言っているものが多いなと思うんですよ。

三上:はい。本来の魂。

吉村:だから、魂の意識っていうのがそもそもあって、これが肉体と結合することで、言ってみれば肉体の五感を通してしか情報が入ってこない状態っていうのを疑似的に作りだしているわけですよね。これがいわゆる顕在意識っていう、僕らが目が覚めている時の普通に生活している時の意識になるわけですけど。でも、元々は肉体と結合してなければ、肉体の五感を通して入ってくる情報以外の情報もすごくいっぱいあるわけじゃないですか。おそらくは、波動的な情報っていうのをそのまま魂は受け取っていると思うんですよ、いろんなところから。だから、潜在意識同士は普通に交信し合っているみたいなね。いわゆるテレパシーみたいなので情報交換しているのと同じ状態なんだと思うんですけど、顕在意識の部分というのは肉体の五感に閉じ込められちゃっているから、それらの情報に触れることができないので、言ってみれば目や耳から入ってくる情報っていうのをもとに顕在意識の持っている思考であったりとか記憶であったりっていうのを構築していっているわけですよ。これが、眠ると肉体からの情報、見たり聞いたりっていうのが眠っている間はないから、そこの情報を、肉体の五感というところからある程度切り離された状態になるので、そうすると本来の魂が持っている情報の中に意識がフワフワとそっちに出ていくということが起きるんじゃないかなと思うんですよ。

三上:うーん。中には知り合いで「宇宙に行った」とか言う人たちもいるんですけど、それも潜在意識と関係したりするんですか。

吉村:多分、だから結局宇宙っていうのも、その方の寝ている間にどういうものを見ているのかとか、経験・体験とかって分からないからはっきりしたことは分からないですでど、おそらくは肉体の五感の中に閉じ込められている状態ではないところ、情報がいっぱいあるところに行くわけなので、そうするとその人の魂が宇宙の情報とかを持っていれば、あるいは宇宙にアクセスできるような、他の宇宙へのアクセス、情報を持っていれば、そこの情報がその人の寝ている間の意識に流れ込んでくるってことはあるんじゃないかと思うんですよね。

三上:ああ、へえー。

吉村:それが予知夢だったりとかっていうようなことも、そういうふうに考えるとある程度つじつまが合うんじゃないかなっていうような考えですよね。

三上:うーん。夢はどうですか。寝ている間の夢なんですけど。

吉村:だから、夢っていうのも、一説には脳の中の情報を潜在意識が整理していて、それが夢として現れているって話もあるし、でも夢で見たことが結局その後に起きることを暗示していたことが後になって気が付いたみたいなこととかもあったりするわけじゃないですか。そうすると、自分の肉体の五感だけで得られる情報ソースとは違うところの情報もそこから得ているっていうことじゃないかと思うんですよ。これから起こることが夢でわかったとか、あるいは今悩んでいることの解決方法が夢の中で出てきて、それに気付けたとかっていうのは、寝ている間にいろいろとそういう情報の整理が行われているっていうのはあるとは思うんですけど、整理されている情報って、肉体の五感で得られただけの情報のデータベースの中にある情報が整理されているっていうことだけじゃなくて、肉体の五感の外側の潜在意識同士が外の世界と交信して得ている情報なんかも含めたいろんな情報が寝ている間に整理されていって、それをその人が次目覚めた時に何かしら使える形として提示される、みたいなことが起きているんじゃないかなっていうふうには思っているんですけど。ただ、これがじゃあ夢の情報をどれだけ活用できるかって、結構人によって個人差があるわけじゃないですか。

三上:そうですよね。吉村さん覚えていないってことをおっしゃってましたものね。

吉村:そうなんですよね。たまにすごい覚えている夢とががあったりすると、結構そういう時っていうのは、自分が今抱えている課題に関しての、「あ、こういうふうな方向でいったら、これって解決できるな」みたいな突破口が開けるみたいなことにつながってたりとか、自分が抱えているブロックを気付かせてくれているみたいな経験をすることが多いんですよね。だからそういう時には結構覚えていて、自分が現実世界で前に進むために役に立つ情報が夢から得られているんですけど、でもそれってそんなにしょっちゅう起きている感じでもないから、もしかしたら日々僕が見ている夢っていうのは、それらと比べると重要度が低いから、ほとんど忘れていっちゃってるだけなのかもしれないし、ちょっとどういう仕組みなのか分からないですよね。人によっては、明晰夢とかいって、完全に寝ているんだけど夢の世界の中で意識が覚醒していて、「今自分は夢の中にいる」って自覚があるから、その夢を自由に作り変えることができるみたいな人もいるらしいんですよ。

三上:へーえ。

吉村:「あ、今夢の中にいるんだな。じゃあちょっとこっちに行ってみよう。よし、空を飛ぶか」っていうのができる人がいるらしいんですよね。

三上:えー、分かっているんだ、ご自分で。へえ。

吉村:そう。明晰夢に関して書かれている文献とかいっぱいあるから、そういう意味では、これはただの迷信とかじゃなくて本当にそういう人がいるんだなっていうのは、多分ただの与太話ではないと思うんですよね。

三上:はあ。

吉村:そういう研究してトレーニングすることで明晰夢が見られるようになる方法がある、みたいなことを書いている本とかもあるので、実際僕自分でその本を見ていろいろトレーニングとかやってみたけど、できるようにはなってないので。

三上:(笑)

吉村:どうなんだろう。誰でもできるってことはないのかなとか、僕のやり方が悪いのかちょっと分からないですけど、とりあえず僕はあんまり夢に関しては、たまに今自分が抱えている課題に対するヒントとかが夢でもらえるってことは実際に何度も起きているんですけど、でもそんなにしょっちゅうではないんですよね。意図的にそれができる人もいるって話も聞くし、全然それもどういう基準でそうなっているのかってあんまり分からないですよね。うち、双子の娘がいるんですけど、片方はめちゃめちゃ寝言を言うんですよ(笑)。

三上:(笑)

吉村:寝ている間にいろいろとドラマが展開しているんだろうなみたいな感じに思うんですけど。

三上:ご本人は覚えているんですか。

吉村:覚えてないですね。

三上:覚えてないんですね。もう一方の双子ちゃんはまったく?

吉村:そうですね。歯ぎしりとかはしてるけど、寝言は特に言ってないですね(笑)。

三上:双子でも違うんですね。

吉村:違いますね(笑)。

三上:いやあ、まだまだ本当人間って深いですね。潜在意識は本来の魂で、逆にその時間はリラックスしていいのかもしれないですね。

吉村:そうですね。多分魂と肉体が結合するためには、魂は肉体に合わせてだいぶ周波数を下げてきてつながっていると思うので、そうするとおそらくは、それって魂にとっては結構負荷が高いことをやってるんじゃないかなって思う部分もあるので、もしかしたら寝ている間に離れて。

三上:「エーイ」って(笑)。

吉村:やってるのかもしれないですよね(笑)。「いやあ、肉体とつながっていると疲れるよね」みたいな感じで。

 

三上:「どこいこう」って。

吉村:他の人の魂と会話したりして、「じゃあ、ちょっとまた目が覚めそうだから戻るわ」みたいな。

三上:「戻りまーす」って。

吉村:やってるのかもしれないし、ちょっと分からないですよね。そうだったら面白いなって感じですよね。

三上:ですね。ちょっとそう捉えてみると何だか面白いな。寝るのも楽しみになってきましたね(笑)。

吉村:そうですね(笑)。

三上:はい。今日は「寝ている間の潜在意識はどこへ」ということで、吉村さんからお話を伺いました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

075.ジャッジしたがる人

気がつけば自分へのジャッジ、他者へのジャッジしていませんか?
癖になっていませんか?

吉村さんからジャッジに関するお話、いろいろ伺いました。

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマは「ジャッジしたがる人」。よく吉村さんの会話の中でもジャッジっていう言葉も出てくると思うんですけども、これは個人的な私の意見なんですけど、女性同士が集まるとよくジャッジの話が(笑)。

吉村:おお、そうなんですね。

三上:出てくることも多い気がするんですけど、最近は私その場から離れるようにしてはいるんですけど、結構多い気がするんですけども。これ、やっぱりジャッジしたがる人っていうのは、他人の評価とかも含めそうなんですけど、元々こういった癖がついてるんですかね。どうなんですかね。

吉村:ああ。なるほど。

三上:本来であれば、きっと初めはみんなそういう感情というか、ジャッジせずに最初の赤ちゃんの頃とかっていうのはきっと。いつの間にかジャッジをしだしてきてると思うんですけど。なぜジャッジをしたがるんでしょうか。

吉村:なるほどですね。これは、まず一つには人は全てのジャッジを手放すっていうことはできないんですよ。

三上:うんうん。

吉村:というのが、僕たちの肉体っていうのがものすごい条件を持っているからなんですよね。例えば、健康に生きていくにあたって「健康に生きていきたい」って思っている時に毒を飲んだら死んじゃったりとか、死なないまでも健康に害が及んだりするわけじゃないですか。ということは、肉体にとって毒っていうものが存在しているっていうことですよね。そうすると肉体は、体に取り入れるものが体にとって有益なものなのか有害なものなのかっていうのをジャッジせざるを得ないんですよ。

三上:うーん。

吉村:だから、その有害なものを避けて有益なものを取り入れるみたいなことをやり続けないと、幸せに健康に生きていくことができないんですね。なので、例えば、赤ちゃんとか、何でも口に入れようとしちゃうじゃないですか。

三上:はい、何でもね。おもちゃとかね、何でもね。

吉村:それって、おもちゃとか、その辺に落ちてるものに対して特にジャッジがないから、何でも「興味がある。口に入れよう」みたいなことをするわけですよね。

三上:しますね(笑)。

吉村:(笑)親としては、それを良しとするわけにはいかないわけですよ。なぜかというと、喉に詰まらせて死んじゃうかもしれないし、後でおなかが痛くなるようなものを食べちゃったりすることもあるわけじゃないですか。だから、そういうものを口に入れそうになったら「こら、やめなさい」って言わないといけないわけですよ。だから、そこはジャッジっていうものがどうしてもゼロにはできないということがあるので、そこをいかに最低限の状態にしていくかっていうところで、魂としての、その人が幸せに生きていけるかってところにつながってくるわけですよね。だから、肉体として健康に生きていくっていうことと、魂が幸せに生きていくっていうこと。この2つの条件が人間として生きていく、健全に生きていくことに関わってくるわけですよね。

三上:うーん。

吉村:これが「肉体はとりあえず安全に健康に生きていますよ。だけど魂が全然ワクワクしていませんよ」ってなったら、それでも結局エネルギーがどんどん下がっていって病気になっちゃうわけですよ。だから、肉体だけを健康にしておけばいいって話でもないし、魂がワクワクすることだけに集中して、一切体を休ませたりしないで、ずっと何かをやり続けるとかってやったら、そのうち体が具合悪くなって早死にしちゃったりすることもあり得るわけですよね。

三上:(笑)そうですね。

吉村:(笑)。だから、その辺のバランス感覚が大事なんですけど、でも結局そこの「バランス感覚が大事だよね」とか「肉体と魂って、そもそも別のシステムで、別の目的っていうのかな、条件を持って共存してるんだよね」とかって話って、別に学校で習ったりしないわけじゃないですか。

三上:しないですね。

吉村:そうすると、大体世の中の風潮っていうのかな、一般常識的な話っていうのは、基本的にはジャッジに基づいたものに今のところなっちゃってるんですよ。「魂ワクワクさせましょう」とかって言ってる、学校でそんなこと先生に言われないじゃないですか。

三上:言われたことない(笑)。

吉村:(笑)ないですよね。だから、「人に迷惑かけないようにしなさい」みたいなこととかですね、親から言われたこととかになると。だから、大体何か良くないことを想定して、それを避けるっていうような文脈で教育とかずっと受けているわけですよ、刷り込みとかを。そうすると、ジャッジすることが当然のことっていうふうに思って育ってくるっていう環境がもうできちゃってるんですね。

三上:うーん。

吉村:学校でだって成績つけられるけど、テストで100点満点からどれだけ間違えて減っていくかみたいなことで「はい、あなたは今回のテストでは30点。赤点ですね。追試を受けてください」とかっていうような話になるから、要は減点されないように生きていかなきゃいけないっていうような発想で世の中全体が回っているわけですよね。少なくとも、日本の世の中は結構その傾向が強いなと僕は思うので、そうすると、何もないところから何か新しいものを生み出して「わあ、楽しい」みたいな話っていうのは、「どこかファンタジーの世界でそういうのあるらしいけど、ここにはないよね」みたいな感じで(笑)過ごすことになっちゃうわけですよ(笑)。

三上:そうですね、確かに。特に日本の場合は個性をちょっと出しづらいことも多いかなっていうふうにも思ったりしますけども。実際相談でもジャッジのお話がよく出てくるそうですね。ライブ配信とかでもね。

吉村:そうですね。だから、結構自分たちがジャッジしているっていう自覚がないままにジャッジしているっていうことが、苦しみの原因になってるって方がすごい多いんですよ。結局、それが当たり前のこととして刷り込まれちゃってるから、ジャッジすることで結局自分を苦しめているんだなっていう自覚がないので、ずっとジャッジし続けているわけですよ。他者をジャッジするっていうことは、自分のことも結局同じようにジャッジすることになっちゃうので、そうすると、要は人に対して批判的な考えとかを持っていて、そういう発言をよくしている人っていうのは、どこかで自分も他の人から同じように批判されているんじゃないかっていうことをいつも心の中に持っているわけですよね。だから、それに対して恐れや不安を持つようになっちゃうから、じゃあ自分が批判されないためにはどうすればいいのか、みたいなことを考え始めると、要は相手の言いなりになって無理して尽くしたり貢いだりみたいなことをするようなことになっちゃったり、あるいは相手を支配下に置くことで自分に対して批判的な態度を取らせないようにしようってしたりとかっていうような、そういうまた対立みたいな攻防が起きたりするわけですよね。だから、大体未知なものに対して恐れがあって、それをどれだけ避けるかとか安全を確保するかみたいな、外敵から身を守るためにはどうすればいいかとかって発想で全てのものができているので、結構細かいところでも知らず知らずそれをやっているから、だからちょっと自分と考え方が違う人とかがいると、「あの人ちょっと変だよね」とかっていうような話になっちゃったりするわけですよね。

三上:いやあ、結構周りは多い気がしますね。後から気付かされるんですね、私もいろいろと。うーん。

吉村:そうですね。だから、そこら辺って結構また国とか文化でも多少違うんだろうなって思いますけどね。僕は15歳からアメリカに住むようになって、周りの人たちの、ちょっと変わった人に対する接し方っていうのが真逆なことに気が付きましたね。日本だと、ちょっと変わってる人っていうのは「あいつ変だよね」みたいな、批判される対象になりがちなんですけど、アメリカだと、ちょっと変わったところがあると、「面白いよね、あいつ」みたいな感じになるわけですよ。それももちろん、相手に不快感を抱かせるような変わり方なのかどうかってところでも変わっちゃうと思うんですけど、例えば、日本だと出る杭は打たれる的なところがあるから、周りのみんなよりちょっとパフォーマンスが高いっていうことが、結構排除される要因になったりすることがあったりするんだけど。

三上:多いですね、はい。

吉村:アメリカだと、パフォーマンスが高いイコール一目置かれるっていうふうになりやすいので、そうすると、ちょっと他で足りないところがあっても、「いや、あいつはあれに関してはすごいから、だからすごい奴だよね」みたいな。駄目なところもあるけど、でもあれに関してすごいからすごい奴だよね、みたいな話になりやすいんですよ。だから、ちょっと変わり者の人にとっては住みやすい環境だったなって僕は思うんですよね。ただ、とはいえアメリカもじゃあいじめはないのかと言ったらそんなこともなくて、日本とは違うタイプのいじめみたいのがあるから、だからどっちのほうが正解っていうのはわかんないですけど、少なくともアメリカは一芸に秀でていることが一目置かれるから、そうすると起業家みたいな人たちが生まれやすいだろうなっていうふうに思うわけですよね。日本だと、そういう教育をしてないから、多分みんなをサラリーマンにするための教育をしてるんだろうなって話があるので、そこら辺でも、じゃあ何を基準に優劣をつけているかっていうところで、ジャッジのものさしが違うから。

三上:そうですね。

吉村:そこも結局形を変えて違う基準でジャッジしているだけって言えなくもないわけですよね。例えば、アメリカだったら「平凡なことは駄目なこと」みたいなジャッジをされるわけだし、日本だと「ちょっと変わっていることは駄目なこと」ってジャッジをされるので、それって、世の中が全部ジャッジを基に組み立てられているから、ジャッジ的になっちゃうのはある意味世の中の刷り込みとか教育の通りに生きていたら、そうならざるを得ない気もするんですよ。だから、ボーッと生きてたらそうなっちゃうよね、みたいな話だと思うので、自分でそこで気が付いて「あれ?ジャッジしてることで自分は苦しくなってるのかな」って気付いてもらえれば、ジャッジしないっていう、これをいいっていうジャッジをするのか悪いっていうジャッジをするのかの間で揺れ動いているんだけど、そもそもジャッジしないっていう選択肢が実はあるんだけど、そこが見えていないわけですよね。だから、良くも悪くもないっていう、第三の選択肢みたいなことに気付くことが、サイクルから抜け出せる突破口になるんじゃないかなと思いますよね。

三上:それも含めて、やっぱり自分も満たされていないといけないですね。

吉村:そういうことですね。

三上:うーん。いろいろ話がつながってきますね(笑)。

吉村:これがいいのか悪いのかっていう発想じゃなくて、良くも悪くもないよねっていうのが、実はそこに隠れているというところにちょっと気付いてもらうといいんじゃないかな。だから「ありのままの自分でいいのか悪いのか」って「別に良くも悪くもないです」っていう。「ありのままなんです」っていう。「ありのままでOKなんです」っていうことですよね。そうなると、またちょっと違って見えてくるんじゃないかなと思いますよね。

三上:はい。さあ皆さん、今日もいい時間でしたね。今日は「ジャッジしたがる人」。あなたの周りにもいませんか?あなたはジャッジしていませんか?今日もいいお話をたくさんありがとうございました、吉村さん。

吉村:はい。

三上:今日は「ジャッジしたがる人」でお送りしました。本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

074.手放す事、諦める事

似てるようで似てない、未練があって諦めるのか、未練を断ち切って手放すのか、両方とも行動は同じようにみえるかもしれませんが中身は大きな違いがあるようです。

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三上:皆さん、いかがお過ごしでしょうか。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマは、似てるようで似てないです。手放すこと、諦めの違いについて取り上げていこうかなと思うんですが、若干似てるかなって思うんですけど、例えばですよ、「夢を諦めなければ夢はかなう」なんて聞いたりすると思うんですけど。

吉村:はいはい。

三上:いやあ、それはみんながみんなではないと思う感じも、私はするんですよね。

吉村:はいはい、なるほど。

三上:なので、時には手放すことも大切なのかなって感じたりしますが、この言葉、違いについて吉村さんはどう思いますか。似てるようで似てない気がしますが、私は。

吉村:なるほどですね。言葉の部分だけ捉えて言ったら、言葉遊び的なものみたいな要素もあると思うんですよ。だから、諦めるっていうことを「いい意味で諦めます」とかって言ったら、何となく手放すって言ってるのと同じニュアンスになったりすると思うんですよ。だから、表面的な言葉の選び方っていうのが問題なんじゃなくて、要は未練があるのにそこから離れるみたいな状態のことを捉えて、人はよく「諦める」とか、悪い意味でのほうの「諦め」っていう言葉を使ってるんじゃないかなって思うんですよね。

三上:うーん。

吉村:だから、そこに未練があるかどうかっていうところで、実は結構意味合いがだいぶ変わっちゃうと思うんですよ。要は、最初やろうと思っていたことがありました、それをやり遂げない段階でやめるって選択をしましたっていうところでは、あんまり変わってないと思うんですよ。表面的な行動だけを見た場合、やってることは多分一緒なんですけど、だけどそこで未練がある状態で「これこれこうでこうだったから仕方なかったんだ」みたいな感じで諦めましたってなると、「あの時あれさえなければ」みたいなのをその先もずっと持ち続けて「自分はあの時けがさえしてなかったらオリンピックに出られていたはずなんだ」って言いながら、それを結局諦めた人として生きていくみたいな構図ができるわけですよね。

三上:なるほどね。

吉村:でも、これを未練がない状態。「なるほど。ここであの時ああやって体が故障したっていうのは、自分はこっちの道じゃないんだってことを多分天が教えてくれたんだろうな」みたいなね。「結局自分は違う選択をしたけど、今この選択にすごい満足しているし、結果的に自分はこれですごい幸せだから、むしろあの時けがしたのは本当に自分にとってはギフトだったな」みたいな捉え方になっていたら、それっていわゆる手放したっていう状態。言葉で話していることって、多分そういうことだと思うんですよね。

三上:うーん、なるほどですね。恋愛に関してもそうですもんね(笑)。

吉村:(笑)そうですね。だから要は未練があるかどうかってところの違いなんじゃないかなっていう感じはしますよね、諦めなのか手放してるのかっていうところ。

三上:はい、なるほど。じゃあ、例えば恋愛で「あの人のこと好きだけど、未練はあるけど諦めるか」って思うのか、「あの人が幸せになって、僕は手放して相手の愛も応援しよう」って思うのか。なんか似てるようだけど、やっぱり気持ちの持ちようが違いますね。

吉村:そうなんですよ。だから、表面的にやってることは一緒だとしても、気持ちの違いですよね。気の持ちようで、実はその人の内的なエネルギーが全然違う。

三上:違いますね。

吉村:変わってくるわけですよね。そうすると、その人が発しているエネルギーが違うので、おのずとその人が引き寄せる現実っていうのは、その人が発しているエネルギーが反射して返ってきているものが、その人が引き寄せている現実っていうふうに言うことができるわけですよね。だから、そうすると、その時にはやってることは同じように見えるけど、その後の展開が変わってくるわけですよ。

三上:うーん。

吉村:その人が本当に未練とかも特になく、「あ、これでいいんだ」って言って手放すことができたら、手放して空いたスペースにまた別の形で何か入ってくるから、恋愛とかでも、気持ちよく手放したら次の恋愛のチャンスとか巡ってくるわけですよ。だけど、これが未練がすごいあって、未練たらたらの状態で諦め「自分はどうせ駄目だから」とか、そんなような変な言い訳をして、とりあえずそこを形の上で手放しましたってやったとしても、多分そこに結局残っちゃってるから、その人の未練がね。だからそこの空きスペースができないから、次のチャンスが巡ってきにくいわけですよね。

三上:ああ、なるほどですね。未練を断ち切れない方っていうのもやっぱりいらっしゃると思うんですよ。これ、どういうふうに変えていったらいいんですかね。ご自身の内面的なものになると思うんですけど。

吉村:うんうん、そうですね。それが恋愛なのか、仕事とかスポーツとか夢的なものなのかっていう違いがあるのかどうかって、ちょっと何とも言えないんですけど。多分共通しているでしょうね。要は自分自身の中にある満たされない気持ちだったりとか、自分の中のちょっと足りていないところを「自分はこの人と付き合っていることで幸せなんだ」みたいな感じの、自分の心の穴の埋め方をしようとしている。自分がこのスポーツで一番だから、自分はOKなんだとかすごいんだとかっていうような、自分のセルフイメージが何らかの理由で下がっている。セルフイメージを下げている要因を持ったまま、そこに下がった分を何か上乗せすることで穴埋めをしようとしているみたいな状態の時っていうのは、多分何かがないと結局自分の心には穴が開いたままの状態になっちゃうので、それがいわゆる未練が断ち切れないっていうことにつながるんだと思うんですよ。結局何かがないと自分は足りないっていう、不完全だっていうような無意識の思い込みを持っているから、その不完全さを何か別の外的な何かで埋めようとしているわけですよね。

三上:なるほどですね。

吉村:ここはね、別にそんなもの要らなくて、ありのままの自分で、もうこれでOKなんですってなれば、別にそこに入ってくるものって何でもいいって話になるわけですよね。むしろ自分が外から愛してもらおうとするんじゃなくて、自分が周りに愛を分け与えることができるような存在になれば、むしろそっちのほうが人は集まってきてくれるわけですよ。「あの人すてきだな」ってなるので。そうすると、例えば周りの人たちから評価されるっていう現実がそれによって結果として手に入るわけですよね。それは、自分で自分のことをちゃんと大事にしているっていうことがあるから、結果的に周りからも評価されるっていうことが起きるわけですよね。これが、自分で自分を評価できていない状態、自分で自分を愛せていない状態で、その穴を埋めるために外側から愛してもらおう、評価してもらおう、ちやほやしてもらおうみたいな話になると、要は”クレクレ状態”になるわけですよね。

三上:なるほどですね。分かりやすい。

吉村:そういう人って、何となく重たい感じがしたりとか、押しつけがましい感じがするので、人はちょっとあんまり近寄りたくないなって思うわけですよね。むしろ、そういう人を食い物にして自分の穴を埋めようとしてるような人たちに目を付けられちゃうみたいなことが起きたりするので、それこそDV、モラハラとかマウント合戦みたいな人間関係の中にはまっていっちゃったりするわけですよね。

三上:うーん、なるほど。やっぱり自分自身を満たすこと。そして思うのは、よく聞くんですけど「手放すことも愛だよ」って聞いたりしたことがあったんですけど、今日「あ、なるほどな」っていうふうに感じながら今。

吉村:そうですね。だから、自分自身を自分自身の愛で満たしていくってことが大事なんですよね。それができれば、結果的には周りからも愛されているって構図が生まれるわけですよ。そこが、自分を自分で満たせてない人が外からそれを見たときに「あの人ばっかりちやほやされていてうらやましい、ずるい」とかって見えたりするんですけど、その人たちは別に周りの人たちにちやほやされようとして何かやっているんじゃなくて、自分で自分を満たすことができているから、周りに満たした自分の愛を分け与えることができている。自分の光で輝いてるから、周りの人たちをそれによって照らすことができているから、人が集まってきているっていうだけであって、自分が自分で光を発することができてないから、「私のこと照らして、照らして」って言ってるんだけど、自分は真っ黒で光を吸収してばっかりみたいな感じになっちゃうと、そこの空間っていうのはあんまり明るくならないから、なんかちょっとここの居心地良くないなみたいな感じで人は去っていっちゃうわけですよね。

三上:なるほど。そうですよね。例えば、きれいな人でも、顔がきれいというより雰囲気がキラキラして引き寄せられる人と、容姿はすごいきれいだけど全然人が集まってこないっていう人もやっぱりいるじゃないですか。そういった違いもあるのかなあ、なんて思いながら私も聞いてましたけれども。

吉村:はい。

三上:皆さんも、聴いている方もどうですか?皆さんは諦めてますか?それとも手放してますでしょうか?自分自身に捉えてみてください。今日も面白いテーマで、いろいろお話聞かせていただきました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

073.自分の特性を知る事で生きやすく

肉体や魂の特性を知り、自分の心と向き合う事で、今よりもっと生きやすくなるかも

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:番組も回をだいぶ重ねてきましたけども、いろいろ私も毎回学びがあるんですが、今日はテーマ「自分の特性を知ることで生きやすく」を取り上げてみました。回を重ねるたびに、自分ってどんな人なんだろうなっていうのを、外から見られるようにもちょっとずつなってきたのかなっていうふうに思うんですけど。

吉村:はい。

三上:やっぱり、自分のことを知るのと知らないのでは、何かあったときに「こう対処したらいいな」っていうのが分かってくると思うんですけども、実際自分の心と向き合うことっていうのは大切になってきますかね。

吉村:いや、そう思いますよ。はい。やっぱり得意なことと苦手なことだったら、同じ成果を得るために必要とされる労力・手間暇みたいなものが全然違うわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:だから苦手なことをがんばってやって、すごい時間・手間暇かけてその割には大した成果が得られなくてっていうところを自分の人生の大部分とするのか、それとも得意なことをやって、高いパフォーマンスで生きることで、それを例えば自分の生計を立てるための方法にするとかって、どちらを選んだほうが人生快適になるだろうかって考えたら、そんなに難しく考えなくても、そりゃ得意なことやったほうがいいでしょって結論になるんじゃないかなとは思うので。そうすると、じゃあ自分は何が得意なのかっていう話になった時に、そこで自分がどういう特性の人なのかって話に行き着くんじゃないかなって思いますね。

三上:うーん。でも、中にはやっぱり自分の本来の心とどうやって向き合ったらいいのかっていう人も多いと思うんですよ。何かきっかけとかがあったりすると、見つめなおす時間があったりすると思うんですが、そんな方ってどうしたらいいんですかね。

吉村:そうですね。まず、じゃあ特性っていうものの構造みたいなことをある程度知っておくと、当たりが付けやすいんじゃないかなって思うんですけど。こちらの番組でもしきりに僕が何度も言っていることの一つとしては、人間って、肉体っていう乗り物、生き物でもある乗り物と、魂っていう乗り手が結合することで人間になっているっていうお話をしていると思うんですけど。そうすると、人間としての特性っていうのは、肉体の特性と魂の特性その両方が合わさって、人間としての特性って話になると思うんですよ。

三上:はい。

吉村:肉体の特性っていうところになると、まず肉体の情報の大半は親とか先祖から受け継いでいるDNAとか細胞の中にある情報なので、どういう血筋の人なのか、とか、ご両親やその前の先祖の人たちがどんな人たちなのかっていうところから結構特性を受け継いでいるっていう部分があるわけですよね。だから、例えばスポーツ選手のお子さんは、元々結構体格に恵まれていたりとか運動のセンスとかね、言ってみれば、スポーツとは関係のない親御さんの家庭に生まれた子と比べると、元々の最初から持っているものが有利っていうのはありますよね。

三上:ありますね。

吉村:はい。だから、そうするとそれだけ同じスポーツをやるってことで言えば、それほど努力しなくてもある程度の成果は出せるっていうようなポジションにいるわけですよ。そこっていうのは、やっぱりスタート地点が違うっていうところ。これを不公平と捉えるのか、「いや、それ普通のことでしょ」と捉えるかっていう話だと思うんですけど、僕は別にスタートラインが違うのは普通のことだと思ってるんですよね。

三上:うーん。

吉村:はい。だから、別に本人がどういう選択をするか次第で、自分で自由にいろんな可能性を模索できるとは思うんですけどね。ただ、あまりにも無茶な選び方をする必要もないかなって思うんですよね。例えば、僕なんかは日本人の男性の平均の身長からみるとだいぶ低いほうなんですよ。それは、僕の両親共にそんなに背が高い人じゃないし、母親はいわゆる本当に運動音痴みたいに言われて、それこそ、晩年は病気になって運動どころじゃなかったんですけど、多分若い頃もおそらくアメトークに出てくる運動できない芸人くらいに運動できない人だったと思うんですよ。

三上:(笑)今、絵が浮かびました、はい。

吉村:(笑)はいはい。僕の父はそれと比べると、運動できていたほうだとは思うんですけど、だからそういう意味では、僕の場合、体がまず小さいっていうハンデがすごいあるところ。だから、あんまりスポーツ向きではないわけですよ。僕はすごいスポーツ好きで、体のハンデを克服してでもスポーツで何か成果を出すんだって気持ちがあれば、別にそれはそれで努力でカバーできる可能性もゼロではないと思うんですけど、結構大変だろうなと思うんですよね。僕自身は、そこまで情熱をもってスポーツに取り組めるだろうかって考えた時に、あんまりワクワクしないわけですね。

三上:うーん、心から。

吉村:心から。となると、身体的条件がそれに向いてるか向いてないかってことだけじゃなくて、自分の心がそこでワクワクするかとか、そういうようなところでも差がついちゃうわけですよね。だから、心がワクワクしてる時って、例えば、他の人から見たらすごい努力してるふうに見えるぐらいのその手間暇が、やってる本人からしたら大したことないっていうか、楽しくてむしろやめられないです、みたいな感じでやり続けているうちにどんどんパフォーマンスが上がっていくみたいなことが起きて、成果を生み出せるようになっていくってこともあるので、身体的な向き不向きプラス心がワクワクしたりときめいたりするかっていうようなところも関係してくるわけですよね。

三上:うーん、なるほどですね。いやあ、そうですよ。まさしく私も。以前は医療事務をずっと5、6年やってたんですよ。本来の私ってとどまれない人で、一つのところにじっとできない人、って今は分かっているんですけども(笑)。

吉村:(笑)そうなんですね。

三上:その当時は、やっぱりおうちに帰ってきても、仕事とおうちの行き来でそれ以外は出たくないとか、なんか重いなって思いながら、いや、どうしようかなっていうふうに考えて、今思えばですよ。あの時当時よくやったなっていうふうにも感じたり。今はもう転々といろんな場所に行っていろんな方と話す仕事は自分の中で天職だなっていうふうに。自分のことを知った上で生かせているお仕事なので、本当に心からワクワクお仕事できているんですけども。なので、聴いている方とかでやっぱりどこかしんどいなって思ってらっしゃる方、まず実際向き合ってほしいですよね。自分ってどんな特性があるのかな、ということで。

吉村:そうですね。それをじゃあどうやって調べるかみたいな話って、一つには肉体の特性に関しては結構誕生日とかで占うタイプの占いってあるじゃないですか。

三上:はいはい。

吉村:統計学だ、みたいな感じで言われたりするような、四柱推命とか占星術とか、あとはそういう東洋式の誕生日の占いをいろいろとミックスして作った動物占いみたいなやつとかね。

三上:ああ、ありますね。

吉村:ありますよね。ああいうのとかも、元々昔の人たちが長年かけて集めたデータを基にしてできている体系だから、それなりにある程度信ぴょう性があるっていうかね。その理論体系の中ではちゃんとつじつまが合っているみたいなところがあるわけですよ。実際僕も少しかじって勉強したことはあったんですけど、なるほど確かにこれで見てみると、「自分、こういうところあるな」っていうのがちゃんと出てるな、みたいなね。動物占いとか見ても、結構当たってるなと思うところがいっぱいあるので、そこはきっと僕の生まれた日の宇宙の星の並び方とかによって、僕の肉体がそういうエネルギーを受けて、そういうような特性を持った人として生まれているんだろうなっていうのは、納得がいく部分もたくさんあるわけですよね。ただ、僕の魂が全くその通りなのかって言ったら、僕は多分そうではないと思ってるんですよ。肉体っていう乗り物を僕の魂が選んでるわけですけど、だからその時に多分じゃあこのぐらいの日に生まれると多分こういう特性を持った乗り物になるから、自分が今回成し遂げたいことをやるのにちょうどいい乗り物になるだろうっていうことで、僕の魂はこの肉体を選んでるんだと思うんですけど。そうすると、それを選んでいる魂のほうは、それなりに自分の意図を持って選んでいるわけですけど、魂の特性っていうところが、僕がこの番組でもしきりに話しているバリューフォーミュラっていう、魂が持っている価値観ですよね。っていうところが、言ってみれば魂の特性って話になるわけですよ。何が得意なのかとか、どういうコミュニケーションのとり方をするのかとか、どんなことを好む傾向があるのかとかっていうのが全部そこに入ってるので、それプラス乗り物である肉体の特性っていうのが合わさって自分自身の特性って話になってくるので、これがその魂の価値観に沿っている状態なのかどうかって自分で確かめるためには、やっぱり心の内側から湧き上がってくる楽しさとか、充実感みたいなもの、ワクワクとか、そういったものがやっぱり指針になるし、もしブロックが多くて影が多くなっちゃってる状態だとしたら、自分がどういうことに対してよく批判的になってるかっていうのを見ていくと、おそらくその反対側に、本当はこうありたいんだけど、それができてないからイライラするっていうのがあるんだと思うんですよね。

三上:うーん、なるほどですね。

吉村:だから、和を乱す人を見るとイライラするんだとかっていうのがあった場合、本当は調和を好んでいるわけですよね、その人は。

三上:はい。

吉村:だから、和を乱す人を批判したいんじゃなくて、要は調和している状態が好きなんだけど、それに対して、それに反することをしているというふうに見える人に対して批判的になっているので、だから、自分が何を日頃よく無意識に批判しているだろうか、みたいな。自分が否定的になっていることの反対側に、本当は自分はこれが好きだっていうのが隠れていると思うので、そういうところを見ていくと、自分の魂が本当は何を求めているのかっていうのが見えてくるので、そこに意識を向けるとか、人生の中でそっちの割合を増やしていくと、ちょっとずつ気持ちが前向きになったりとか、ワクワクするっていうような部分が垣間見えてくるんじゃないかなと思うんですね。

三上:うーん。いったんちょっと自分自身、外から自分を見ているかのように判断してもいいかもしれませんね、いったん離れてね。

吉村:そうですね、はいはい。

三上:うーん。今日は「自分の特性を知ることで生きやすく」ということで、このテーマを取り上げましたけれども、きっとリスナーの皆さんもヒントになること、感じることがたくさんあったと思いますので、それを今日の吉村さんの話をヒントにちょっと取り入れていただけたらなと思います。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

072.香りの効果

お香、アロマ、キャンドルなど香りに癒されたりしますよね。
香りと体の関係性について吉村さんにお話伺いました。

 

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三上:皆さん、いかがお過ごしでしょうか。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:最近私、お香にはまってます。

吉村:うーん。

三上:はい。いろいろなフレーバーがよく出てまして、ちょっと瞑想しながら香りを楽しみながら、そんな時間もいいなっていうふうに過ごしてるんですが、今日のテーマ「香りの効果」を吉村さんにいろいろ伺っていきたいなと思うんですが、普段吉村さんは香りを楽しんだりしてますか。

吉村:ああ。そういうお香とかアロマに詳しい方たちのレベルでは全然そういうのは、そのレベルで取り入れてはいないですけど、例えばローズウォーターとかね。

三上:ああ。

吉村:スプレーでシュッとできるやつとか一応僕持ってて、お風呂上りにシュッとやると、「ああ、リラックスするな」みたいな感じだったりとか、その程度の感じでは使ってはいますね。

三上:使ってらっしゃるんですよね。周りでも、きっと皆さんも一度はそういった香りを楽しむことをされてると思うんですけども、ミントだと、なんかすっきりするなとか、フローラルだったら柔らかい感じがするなとか、香りによって感じることも違ってくると思うんですけど。やっぱり香りの効果っていうのは、多分昔から楽しまれていると思うんですよ、昔の方も。何かしら私たち人間、肉体の中でも魂の中でも感じるのかなあ?効果っていうのはあったりするんですかね。

吉村:ああ。専門的に研究されている方たちに聞いたほうがもっと詳しいことはお聞きできるとは思うんですけど、僕が知ってる範囲の中で考察すると、言ってみれば香りっていうのも一種の波動なわけですよ。

三上:香りも波動なんですね。

吉村:どういうことかっていうと、香りを感じるっていうのは、鼻の中にある香りを感じる神経が、空気中にある細かい粒子、例えばバラだったらバラの花が発している成分が出ているわけですよね、空気中に。その空気中にある、バラから出てくる成分のような分子構造があるわけじゃないですか。その分子を鼻から取り入れて、鼻の中の神経と分子がピュッてくっつくわけですよ。だから、要は神経が分子そのものを取り込んで、この分子はこういう構造を持っていてこんな波長のものですよっていうのを、電気信号に変換して脳に伝えているわけですね。

三上:うんうん、ほう。

吉村:そうすることによって「あ、これはバラの香りがするな」っていうのが分かるっていうのは、要はバラが発しているちっちゃな分子を神経がキャッチして受け取って、取り入れているってことなんですよね。これは舌に付いている味蕾っていう味を感じる器官が持っている神経が、食べ物とかの成分、これも分子を取り入れて、それをまた電気信号に変換して脳に届けると、これが味として受け取っているっていう。感覚器官が同じものを受け取っても、それを違う感覚で受け取ることで味だったり香りだったりとして受け取っているわけですよ。

三上:ああ。

吉村:なので、全部、言ってみれば何かしらの分子をキャッチして、それを信号に変換するってことを、味と香りっていうのはやっているわけですね。

三上:うーん。

吉村:はい。これは感覚の分類でいうと、体感覚の一種に分類されるわけですよね。だから、例えば肌で触れるとかっていう感覚なんかも体感覚なんですけど、心理学の分類でいうと、目から映像として情報を多く取り入れる人、それから耳から音とか言語として情報を多く取り入れる人、あとそれ以外の体感覚から情報を多く取り入れる人たちっていうのがいて、体感覚が優位な人たちっていうのは、居心地の良さみたいなところで物事を感じて、いい悪いの選別とかをしたりしているんですけど、そういう体感覚優位の人たちは、味とか香りに敏感だったりするんですよ。

三上:そうなんですね。

吉村:はい。なので、結局やってることは分子が持っている波動を取り入れて電気信号に変換して、脳で処理しているってことが起きているんですけど、言ってみれば、特定の色の組み合わせを見ることで、心地良さを感じるっていうのも、目から光の波動を受け取って、それを電気信号に変換して脳で処理しているっていうところとか、心地良い音楽を聴いて、それを鼓膜で振動を電気信号に変換して脳で取り入れるっていうことをやってるのと同じようなことをやっているわけですよね。だから、香りとかも波動なので、その人が持っている元々の性質と合うかどうか、その人の体とかね、マインドが持っている性質に合うかどうかで、心地良さっていうのは変わってくるでしょうし、あとは、例えば腐った食べ物の臭いとかっていうのを不快に感じるっていうのは、腐った食べ物を食べたら病気になっちゃう、具合悪くなる可能性が高いから、これは良くないものだぞっていうことを教えてくれるために、これは不快な臭いって分類されているわけですよね。

三上:はいはい。

吉村:それに対して、いい香りっていうふうに分類されるものっていうのは、何かしら体とか心が喜ぶ波動を持っているから、それをいい香りっていうふうに捉えているわけですよ。

三上:ああ、そうですよね。なるほどですね。本来の、そのままの私たちが感じることなんですね。

吉村:そうですね。だから、いろんな感覚器官から絶えずいろんな情報が入ってきて、それを僕らは五感として受け取って、言ってみれば、外の世界とコミュニケーションをとりながら生きているわけですよ。体という箱の中に入って生きてるわけですけど、外の世界とのコミュニケーションのとり方っていうのが、実は五感を通したいろんな刺激であって、その中の香りっていうのも結構重要なところを占めているわけですよね。

三上:ふーん。なるほどですね。ちなみに、お香だと、吉村さん、日本だけじゃなくて、お寺とかいろんな世界の、結構アジアが多いのかな、利用されている方多いじゃないですか。それは何か理由があるんですか、お香の文化というか。

吉村:例えば、仏教とかで使われるっていう場合は、仏教って瞑想とかしたりするわけじゃないですか。座禅をしたりとか。

三上:はいはい。

吉村:だから、そういうような精神的な変性意識になるとかっていうのを助けてくれるような香りみたいなのがもしかしたらあって、そういう役割で使われているのかもしれないし、あとは例えば、これもどこまで本当か分からないですけど、中世のヨーロッパだと、結構衛生の部分があんまり進んでいなかったので、皆さんあんまり体をきれいにしてないと臭ってきちゃうから、それをごまかすために香水の文化が発達したんだ、みたいな話とかも聞いたことがあるので、そういう普通に生活していて、人が生まれて生きて死んでいくみたいなサイクルの中で、言ってみれば不快に臭いが出てくることもあるわけですよね。その不快な臭いをカバーするために香水とかお香みたいな文化が発達したっていう側面もきっとあるでしょうし、だからそこって、そういう面もあるし、あとはこの香り嗅いでいると気持ちが穏やかになるよねとか、リラックスして深い瞑想ができるよね、みたいなところから、じゃあこれ使ってみようかとか、こういうのと組み合わせたらどうだろうかとかっていうので、文化が発展していったりとかっていう、両方の側面があっての歴史なんじゃないかなっていう感じはしますけどね。

三上:はあ、なるほどですね。ちょっと後で私、お香の文化をググってみたいと思います(笑)。

吉村:(笑)だから、結局何かしらそれが快とか不快っていう形で僕らが刺激を捉えるっていうのは、何かしらやっぱりそこの波動に対して自分が「この波動好きだな」とか、「これ取り入れたいな」と思うか、「ちょっとこれ嫌だから離れよう」と思うか、みたいなところっていうのは関係してるとは思うので、大きなくくりでいうと全部波動の話っていうところになるから、そういう意味では精神性みたいなところと直結しているんじゃないかなっていうのがあるんですよね。

三上:面白いですね。いろんなものに波動とか関わってくる。分子の話とか。いやあ、全然考えてもみなかったことが今日聞けました(笑)。

吉村:そうですか(笑)。

三上:そうですよね。人によって好きなにおいってやっぱり違いますもんね。

吉村:そうですね。

三上:いやあ、何かすごいいい話でした、今日も。勉強になりました。後でちょっと香りの、お香の文化を調べてみたいと思います(笑)。

吉村:(笑)ぜひぜひ。その辺僕にも教えてください。

三上:後で報告させていただきます。

吉村:ありがとうございます。

三上:本日も楽しい時間を吉村さん、ありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

071.吉村さん、なぜこんなに穏やかなの?

吉村さんと番組を通じて思うのは、なぜこの方は毎回穏やかなのか?
私、三上が個人的に感じる質問を吉村さんにお答えいただきました。

 

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三上:こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日はもう67回目を迎えるんですが。

吉村:ほう。

三上:だいぶ回を重ねてきましたが、私が回を重ねるたびに思うことは、何でいつもこんなに穏やかなんだろう。

吉村:(笑)

三上:あとは、何でこんなに解りやすくいつも説明してくれるんだろうっていうふうに思ったりするので、多分きっと聴いている方も思うと思うんですよ。なので、今日のテーマは「吉村さん、なぜこんなに穏やかなんですか?」そのまま質問形なんですけど。

吉村:あ、はい。

三上:こちらをテーマにちょっと取り上げていこうかなっていうふうに思います。以前のお話でいろんなことあったよっていう、ご両親のことだったりとか、アメリカ留学のお話とかも聞かせていただいたんですけども、なぜいつもこんなに穏やかなんですか(笑)。

吉村:ああ、そうですね。なぜ穏やかなのかっていう話の前に、お伝えしておくこととしては、元々そんな穏やかだったわけではないですよっていうところがまず一つありますよね。それこそ僕、今から20年ぐらい前とか、お芝居をやってたわけですけど、その頃一緒にお芝居やってた仲間とかは、僕のことをそんなに穏やかな人とは思ってなかったと思いますよ。それこそ、インプロっていう即興劇やってた時の、即興劇を始めたばっかりの頃一緒にやってた仲間と、しばらく間が空いてから十何年ぶりに再会した時があったんですよ。再会した時は僕この仕事始めてた時だったんですけど、その時に彼は僕があまりにも豹変してたんでビックリしたって言ってましたからね。元々僕のことをストイックで怖いやつって思ってたらしいんですよ。

三上:はい。

吉村:実際、僕も結構一緒に劇団やってた仲間にかなり厳しく当たってたなって今思うので、その頃と比べるとだいぶ穏やかになってるから、十何年ぶりに会った彼は、僕があまりにも穏やかになってるので、怪しい宗教でも始めて壺でも売られるんじゃないかって思ったっていうふうに言ってましたからね(笑)。

三上:いや、今のイメージから想像が…十何年前の吉村さん。今から20年前ぐらいになるんですかね。想像がつかないですね。

吉村:そうですね。多分想像つきにくいだろうなっていう自覚はありますけど(笑)。

三上:(笑)ご自身でも言うなら、相当そうだっただろうなっていうふうに(笑)。

吉村:以前の僕がどうだったかって言ったら、やっぱりすごい怒りとか恨みとかを抱えてたわけですよ、そういうネガティブなエネルギーを。ある意味、それをモチベーションにしていろいろ行動していたってところもあるんですよね。だから、自分のことを馬鹿にしたり軽く扱ってきたやつを見返してやるんだ、みたいなことであったりとか、世の中とか、大人に対する恨みみたいなね。とはいえ、ちゃんと話を聞いてくれるいい大人にも恵まれていた時もあったので、ただ、それが割合的に言うと少数派だったんですよ、僕が出会ってきた人たちの中では。でも、単純に数とか割合では表せない話かもしれないですね。とにかく、僕のことを目の敵にしてすごい攻撃してくるような人たちと、それからすごい優しい人たちとっていう、かなりそこはバッと振れ幅が大きかったので、やっぱり世の中に対しての見方も、世の中には敵と味方がいる、みたいな見方だったので、そういう認識で、だから敵と戦うために力をつけなきゃいけないんだ、とか、そんなような発想でいろいろと努力をしてたわけですよ。

三上:うーん。

吉村:なので、それは完全に今みたいにちゃんと言語化して捉えていたわけじゃないので、ぼやっと思ってたってところではあるんですけど。でも本当にお芝居やってた時とかも、このインプロっていう、日本でまだ知られてないエンタメを日本ではやらせることで、自分は世に出ていくんだ、とかね。それで今までの鬱憤をこれで晴らしてやるぜ、みたいな気持ちが多分どこかにあってやってたから、同じ劇団でやってる仲間たちに対しても、「俺がこんなに努力してるのに、何でお前らそんなに日和った感じでやってんだ、コラ」みたいな感じの態度だったわけですよ。

三上:うーん。なるほどね。

吉村:だから、言ってみれば、自分の心と向き合うとか、潜在意識の中で何が起きているのかを、ちゃんと向き合っていくっていうことをやってった中で、自分がそういう怒りとか恨みをモチベーションにして今まですごい行動してたんだなっていうことが分かってきたわけですよね。それが結局、その時に、短期的にはすごい大きな力を出すこともあるんだけど、それを長く続けているとやっぱりしんどくなっちゃうわけですよ。そうすると、途中で息切れしてきて、あとちょっとで届くゴールに届かないでバタッて倒れるみたいなことを何度も繰り返すようになるわけですね。

三上:うーん。

吉村:それで、何で自分こんなに頑張っているのに、期待したような成果が得られないんだろうとか、そんなところでまた新たな鬱屈した気持ちが出てきて、とかっていう、そういう悪循環を繰り返していたんですけど、幸いなことに、母が亡くなったことがきっかけで、心を癒すって結構大事なことなんじゃないかなって。僕の母も結局自分の実の母親に対して恨みつらみをずっと手放せないまま、本当に亡くなる直前まで自分の実の母親の悪口とか言ってたくらいなので。

三上:うーん。

吉村:多分僕の母がいろんな病気にかかって亡くなったのって、そういうネガティブな攻撃的なエネルギーが結局いっぱい体の中をむしばんでいっちゃった結果じゃないかなって思ったわけですよね。なので、心を癒すことをしようと思って心理学の勉強とかエネルギーワークの研究とかってし始めた時に、自分の中にもものすごい恨みとか怒りとかがすごいいっぱい溜まってたことに気が付いたので、これまずいなっていうふうにその時思ったので、そこをじゃあどうやって手放していくかって自分なりにいろいろ学んだこととか自分なりに研究したこととか組み合わせて、自分の中にあったネガティブなエネルギーをクリアにしていくってことをやってったんですよね。

三上:うーん。

吉村:そうしたら、結果として「あれ?頑張らなくても別に人生結構幸せに生きてるな」とか、「いろいろと恨みつらみ多かったけど、感謝できること、すごいいっぱいあるじゃん」みたいなことに気付くことができたんですよね。

三上:うーん。いやあ、本当にいろんな経験、学び、きっかけがあって今に至る。ほとんど、実は目の前に幸せなことって気付いてない方、多いんですよね。

吉村:うんうん。そうですね、本当に。だから、いろいろとあれが足りない、これが足りない、あの人がこれをやってくれなかったからだ、とか、そういうことをずっと考えて走り続けてきたわけですけど、ふと立ち止まった時にあれって何かすごいありがたいものが自分の周りにあふれているじゃんみたいなことに気が付いたんですね。そうしたら、だんだんこう、言ってみれば、いつも怒っていたから穏やかじゃなかったって話なので、怒りがなくなってくれば自然と穏やかになっていくっていうようなプロセスがあったんだと思いますね。

三上:なるほどですね。

吉村:僕を穏やかじゃなくさせていた要因がなくなっていった結果として、穏やかになっていったと。

三上:なるほどですね。きっと生まれた時ってニュートラルな状態で皆さん生まれてきてると思うんです。それからいろんな経験をしてネガティブなものも増えていくと、そういうふうになっていったりするんですかね。

吉村:そうですね。あとは、生まれた瞬間って、人間の赤ちゃんとしてこの世に生を受けた瞬間って、魂としてはだいぶ何度もいろんな人生を繰り返してきてるので、そういう意味では赤ちゃんとしてこの世界に生を受けた時にすでにネガティブなものをいっぱい背負っちゃってるって人はいるとは思うんですけど、でもそれって、魂として元々そういう性質だったわけじゃないから、そこはやっぱりそういうたくさんの輪廻転生で抱えてきちゃったものっていうのを手放していけば、そこからでも、いくらでも穏やかで幸せな人生にしていくことは可能だと思いますけどね。

三上:うーん。なるほどですね。いや、吉村さんみたいに私も穏やか、確かにネガティブなところがあったり、恨みとか考えてみればあったり、それが自分の中で幸せを感じれてない部分があったりするなっていうふうに今思ったので、そこをちょっと私もまだまだあるネガティブを消えていくように、放していくようにしていきたいと思います。ちょっとずつ良くはなっているのに気付いてはいるんですけど、まだまだあるなっていうふうに感じるので。

吉村;ああ、なるほどですね。

三上:皆さんも、お話聞いた中にも「いや、あるな」って方多いんじゃないかなあ(笑)。

吉村:そうですね。多分そういう、ちょっと気付きはじめたので何かいろいろそういう突破口を探して、それでこの配信に出会われた方とかもいらっしゃると思うので。

三上:ぜひきっかけにしていただいて。

吉村:そうですね。

三上:見つめ直していただきたいと思います、ご自身もね。本日もいい時間でした。今日は個人的に気になっていた話題ですね、「吉村さん、何でこんなに穏やかなんですか?」というテーマを取り上げてみました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。