388.今の自分にとって“光”とは何かを問い直す

6月21日夏至を境に、日照時間は少しずつ短くなっていきます。
つまり、「光のピーク」=「これから陰に入っていく始まり」という側面も持っています。
お話しをきいて、あなたの“本当の光”に向き合うきっかけになって頂きたい内容です。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、さあ、配信日6月20日ということで、明日が21日が夏至ということでですね、それにかけて光、今日のテーマ「今の自分にとって光とは何か?」というので取り上げていきたいと思います。

吉村:はい、夏至っていうのは、一年間の中で一番日照時間が長い。日の長さみたいなところで言うと一番日が長い日で、夏至を超えるとまた日がだんだん短くなっていくっていうね。光の時間が一番長いっていう一年間での到達点みたいなところなわけですよね。

なのでそれにかけて僕たちにとってそれぞれにとっての、自分にとっての光とは何なのかっていうところをもう一回ちょっと見直していこうというような意味合いなわけですけど。

三上:わかりやすくありがとうございます。

吉村:どうですか、三上さん的には、これが私にとっての光だなって何かありますか?

三上:光ですか?自分の笑顔。

吉村:いいですね。

三上:今パッてイメージするのは笑顔。これは自分もですし、相手もですね。見たときのここからワーってなる。

吉村:うんうん、そうですね。だから何かワーっていうちょっと内側からじわっと湧き上がってくるような何か満たされるような感じみたいなのがきっとあるってことなんじゃないかと思うんですよね。それは一体どこから来るのかっていうとですね、

三上:はい、どこから来るんだ?

吉村:僕たち一人一人は言ってみたら、人間として生きてる間はこの肉体を通して世界と関わっているわけですよね。だけどこの僕たちの本質っていうのは魂の方なわけですよ。魂はその僕たち一人一人にとっての本質というか本体みたいなものというふうに僕は考えてるわけですね。

だからこのこっちの世界の肉体を持った人間という生き物っていうのは、この魂が使ってるアバターみたいなものですよね。ネットゲームをやるにあたって自分がそのネットゲームの世界に直接入ることができないから、アバターを通してこのネットゲームの世界に入ってるわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:それでゲームをプレイしてるわけですよね。でもプレイしてる人っていうのはそれぞれの端末、スマホなのかパソコンなのかの前にいて、画面を見ながら何かポチポチやってる人たちですよね。でもゲームの世界の中では何か冒険者であったりとかその世界で何かをやってる人たちですよね。

だから僕たちの本体、ゲームでいうとこのゲーム機の前で操作してる人たちっていうのが僕たち一人一人の魂なわけですよ。この魂が何のためにこのゲームをやってるのかっていうところなんですよね。

実際に僕たちが何かゲームをやるときに何のためにこのゲームをやってるかっていったら、ゲームで何かうまくいったとき、例えば冒険が成功したとか、自分が立ててた目標、このゲームの世界で億万長者になるぞみたいなのを立てた目標や実際にそれになれたとかってなったときに高揚感を感じるわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:爽快感だったり高揚感だったり普通の日常の生活の中で味わえないような、そういう感覚をこのゲームをプレイすることで味わいたいからやってるわけですよ。だからこのゲームをやってるときの爽快感とか高揚感みたいなものがなくなってくると、ゲームがちょっとつまんなくなってきたからやめようってなるわけですよね。

中には本当に作業みたいなゲームもあるわけですよ。でも世の中には作業みたいなことが好きな人たちもいるわけですよね。だからゲームも色々好みがあるじゃないですか。やたらアクションが激しいゲームが好きな人もいれば、アクションはあんまり苦手だからパズルみたいな頭を使うゲームが好きなんだけどって人もいるし、

時間制限があったりとか追い立てられる感じのゲームが嫌だから、のんびりできるゲームが好きだなって箱庭を作る感じのゲームをやってる人がいたりとか色々いますよね。あと謎を解きたいんだみたいなね。あとはちょっとハラハラドキドキしたいからホラーゲームがいいんだみたいな人たちとか。

三上:うん。

吉村:っていうのは結局その人たちの好みが違うから、その好みによって遊ぶゲームを選んでるわけですよね。僕たちの魂も言ってみたら好みがあるわけですよ。僕たちが住んでるこの現世っていう世界はめちゃめちゃ多様性がすごいわけですね。

この現世の中で自分がどういう目標を立ててゲームをやるかっていうのはプレイしてる僕たちが結構選べちゃうし、何なら僕たちは色々自分たちがイメージしたものを現実化する能力を持ってるんですよね。

だから言ってみたら僕たちは人間が空を飛ぶなんてありえないだろうっていう時代も昔はあったわけですよ。僕たちが生まれるもっと前。その時代は空を飛ぶ?何バカなこと言ってんのみたいな感じの時代から、空を飛びたいんだっていう人が色々と考えて試行錯誤してライト兄弟が空飛ぶ乗り物を作っちゃったわけじゃないですか。

そのぐらいに現実を大きく変えてしまうこともできるし、だから本当に自分たちがこの箱庭の世界でどういうゲームをやるかっていうこと自体を選べるような、そのぐらいのすごいゲームの中にいるわけですよね。

三上:ほお。

吉村:そうするとこのゲームの中で何をしたら自分の魂が喜ぶのかっていうところなわけですよ。ネットゲームとか市販のゲームの世界だったら自分の好みに合わせて遊ぶゲームを選ぶし、遊んでるうちに何か違うなって思ったら違うゲームに乗り換えるみたいなことをしてるわけですけど、

この現世ではそれができない代わりに、この現世のゲームの中で自分がやりたいサブゲームみたいなものを作れちゃうんですよね。だから自分はこれがやりたいから人生を選んだんだなみたいなところにたどり着ければ、いくらでもそれをやり続けられるわけですよ。

それこそ伝統的な伝統工芸を作ってる職人の人たちとかって、ストイックにそれをずっとやり続けてるわけじゃないですか。これってその人たちからしたらそれがものすごい喜びにつながってるからやってるんですよね。

三上:うん。

吉村:例えばそれこそプロの格闘家の人たちとかすごいなと思うけど、僕はあんな痛い思いして身を削ってやりたくないけど、でもその人たちからしたらすごい喜びがあるからその生き方を選んでるわけですよね。

だからそういう意味では何をしたら自分の魂が喜ぶのかっていうところが実はすごく大事で、それがだから言ってみたら光なわけですよ。つまり自分の魂が信号を送ってくれるんですよ。あっ、そっちだよみたいなね。

自分の魂が喜ぶことに近づけば、そっちそっちみたいな感じでピカピカピカってサインを送ってくれるし、そこから離れていくと光がなくなっていくからどんどんどんよりしていくわけですよ。

なのでそこの自分の魂が送ってくれる信号に氣づくっていうことが大事なんですけど、そこの信号がどういうものなのかっていうのが内から湧き上がってくる喜びみたいなものなんですよね。

三上:はい。

吉村:これも人によって感じ方が必ずしも同じじゃないから、ちょっと勘違いしてカタルシスで感じる高揚感みたいなものを喜びって勘違いしちゃう人が変な依存的な方向に行ってしまう場合があるんですね。

カタルシスと魂の喜びの違いっていうのはちょっと軽く説明しますと、これあくまでも例えなんですけど本当に空氣が綺麗な自然の豊かな高原とかに行って深呼吸して空氣おいしいって感じるときって何かそこでの高揚感みたいなのあるじゃないですか。

三上:あります。

吉村:今度、首絞められてすごい苦しい状態になっているところからパッと開放されたってなったら、ハッハッあ〜助かったみたいな感じになって高揚感を感じるじゃないですか。

あとすごい空氣悪いところにずっといて、すごい幹線道路で排ガスがすごくてとか近くでタバコをモクモク吸ってる人たちがいて、すごい苦しいところから空氣が綺麗なところにパッと抜け出したみたいな。

その酷い状態から抜け出したときの空氣の質がそんなに良くなくても、元がすごい酷かったからとにかく助かったって、息ができるみたいな状態ですよね。

溺れて息ができない状態から助かったとか溺れて息ができない状態から助かったって時に、その先の空氣が実はさっきの幹線道路のすごい汚い空氣だったとしても多分それでも助かった良かったってなるんですよ。

三上:そうですね、あまりにも苦しすぎてね。

吉村:これが僕たちの肉体って明暗とか差で、ものを感じるんですよ。温度とかも触って何度って分かる人も中にはすごい特殊な人もいるけど、基本的にはすごく暑いところからちょっと暑いところに行ったら涼しくなったって感じるんですよね。

だから差を感じてるだけで実際にどうなのかっていうのは、すごく感じ取ることが難しいわけですよね。音楽なんかも絶対音感っていうのを持ってる人は聞いただけでこれドの音だって分かるけど、でもそこが絶対音感ない人は、2つの音を聞き比べたときにこっちの方が高いなこっちの方が低いなっていうのが分かるわけですよ。

三上:うんうん。

吉村:だから、魂が喜んでるかどうかっていうのは実はそれに近い感じで、差を感じてるんじゃなくて本当に魂が喜ぶことに触れたら魂から信号が来るんですよね。

これが所謂、琴線に触れるみたいな感覚なわけなんですけど。でもここのすごい暗いところからちょっと暗いところに行ったら明るくなったって感じるみたいな、これが一種のカタルシスみたいな。カタルシスって僕は呼んでるんですけど、しんどい状態から解放されたっていうね。この高揚感って、言葉で表すとしたら一種の高揚感なんですけど、明らかに実は違うんですよね。

三上:うん、違いますね。

吉村:この違いが分かってくると、本当に自分の魂が何を求めてるのかっていうのが見えてくるんですよ。それは、結局いくらでもやってられるんですよ。苦しい状態から解放されたっていうと、それをずっと持続することって無理じゃないですか。

三上:はい。

吉村:またこの感覚を味わいたかったらまた苦しい状態になってそれで解放されるってやらなきゃいけないし、それをやってる間にだんだん耐性がついてきちゃうから苦しい状態がだんだんわからなくなってきちゃうんですよね。

だからそうするともっと大きな刺激がないといけないみたいな感じになっていっちゃうんですけど、でも魂が喜んでる琴線に触れてる状態っていうのは、言ってみたらずっと続けられるんですね。

なので、どこに魂が喜びを感じるのかってここが一人一人違うわけですよ。これは「バリューフォーミュラ」っていう概念でこころメンテナンスでは説明してるんですけど。魂が持ってる価値観ですよね。

この辺はまた他の配信でも色々説明しているので、よかったらホームページのほうとかでも解説してるところがあると思うのでそこを見ていただくといいんですけど、

魂が何を好むのかっていうそこが言ってみたら僕たち一人一人の光になるので、ここを僕の魂が喜んでるみたいなことを追いかけていくっていうのが光に向かって生きていくっていうことかなって思いますね。

三上:まだリスナーさんの中でも自分の光って何だろうって考えてる方にはすごい、さっきおっしゃった苦しい状態からパッと抜け出したところの違いを、ちょっと明確じゃないですけど感じてほしいですね。そこの自分が本来の光っていうところに進んでいただきたい。

吉村:そうですね。苦しい状態からパッとあー助かったっていうのはこれはカタルシスで本当の光じゃないんですよね。本当の光っていうのは本当にそこに触れてると内側からじんわりと喜びを感じるみたいなものなんで、それはだからきっと三上さんは笑顔に触れたときにその感覚があるから、これ自分の光なんだなって感じたんだと思うんですよ。

三上:はい。

吉村:なので何かすごく困ってることが何もなかったとして、それでも自分が喜びと感じるものは何かっていうところですよね。困ってる状態から解放されたときに良かったって思うのは誰でもそうなんですよ。

だけど何も困ってないときにそれでもやりたいことは何かっていうと、これはみんな一人一人違うんですよね。だからそこの何も困ってない自分がそれでも喜びと感じることは何であろうかっていうそこを見ていくと、自分の光ってどこにあるんだろうかっていうのが見えてくるんじゃないかなと思います。

三上:すごい、みなさんもヒントに自分の光とは何か、ちょっとこの時間考えてみてください。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

387.恥ずかしさ、恥について

ハンドルネーム たまねぎさんからのメッセージを取り上げて、吉村さんからお話伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:本日もお便りをご紹介していきたいと思います。ハンドルネームたまねぎさんです。「吉村先生、三上さん、こんにちは。私はこのポッドキャストがすごく好きです。」うわっ嬉しい。

「吉村先生の筋道だったり論理的な話し方が分かりやすくて大好きです。言葉の定義ももちろん、きちんと説明してくださるので本当に理解しやすいです。こんな学校の先生がいたら、数学や理科も大好きになっていたかもと思いながら聞いています。」

吉村:あー嬉しいですね。

三上:本当ですよね、先生になってほしい。

「三上さんの明るく親しみやすいお声や話し方も大好きです。私の中ではお二人は最強コンビです。いつもありがとうございます。」

吉村:ありがとうございます。

三上:ありがとうございます。

「さて本題の質問です。私は恥ずかしいとかなり頻繁に思っていることに少し前に氣づきました。ACTをフルセットで入れているので、どうオーダーしたらいいか自分なりに考えるのですが、恥ずかしいというのは色んな原因があるようで難しいです。

劣等感から来るかっこ悪いという思い、恥のように感じていますが、何をジャッジしているのかを突き止めれば良いのでしょうか?

例えば、私は職場や仕事絡みでよく感じます。理解が悪いんじゃないか、処理が遅すぎるんじゃないか、ミスが多いんじゃないかと思って、そんな自分に劣等感や恥ずかしさを感じやすいです。

また、お金をたくさん稼げないこと、体力がなく風邪をよくひくことにも強い劣等感を感じます。頭では別にそんなに引け目を感じなくても良いのにと思っているのですが、吉村先生に恥ずかしさ、恥についての解説をしていただきたいです。

きちんと理解してジャッジを手放していきたいです。また、流しっぱなし動画でも恥、劣等関係のブロックが外れるものをリクエストします。よろしくお願いいたします。」と来ています。

吉村:なるほどですね。流しっぱなし動画のリクエストをありがとうございます。ぜひ近いうちに取り組みたいと思います。

でもご自身で「何をジャッジしているのかを突き止めればいいのでしょうか?」と言われているこの部分に関しては、まさにそのとおりで何かしらのジャッジがあるからそういった感情的な反応が出てるっていうところは、ほぼほぼ間違いないわけですよ。

三上:うん。

吉村:この部分の何をジャッジしているのかっていうのが多分ちょっとよくわからなくて、うまくこれを手放すに至ってないっていうことなのかなというふうに文面を見させていただいて感じたところではあるんですけど、まず感情って結構多層的になってる場合が多いんですね。

実際には元々のジャッジがあって、そのジャッジに対して何かしらの反応が起きるわけですよね。だけどその反応に対してまた新たなジャッジが生まれるとその反応をしている自分という、この感情になっている自分が嫌だからそれをまた別の感情で上塗りしてごまかしていくみたいなことをしていくってことが多いんですよ。

それも結局その出てきた感情に対してまた新たなジャッジが生まれるから、そのジャッジによって別の感情が出てきてその感情に対してまたジャッジが生まれるんで、それがまた別の感情に上塗りされてっていうこの繰り返しが起きていっちゃうんですね。

三上:うん。

吉村:色んな事柄に対していつも同じような感情で反応してる人たち、例えば怒りっぽい人とかね。何かって言うとすぐに怒ってるみたいな人っていうのは、実は怒ってるっていうのを下を掘り進んでいくと、もっと色んな感情が隠れてるんだけどそれを全部怒りっていう一つの感情で上塗りしちゃって自分が色んなジャッジをしてるってことを分からなくさせてるっていうことが結構あるんですよ。

だからこの恥ずかしいっていうことに関しても実はジャッジしてることっていうのが一つ二つじゃなくてものすごいたくさんあって、それを何層も上塗りしていく間に恥っていう感情で全部ひとまとめにしちゃってるっていうことが起きてる可能性があるかなと思うんですね。

三上:うん。

吉村:そうなるとちょっと掘り返していく必要があると思うんですよね。そういう意味ではまず色々とお金を稼げないとか体力がなくて風邪をひくとかって、自分が劣ってるっていうふうに感じてるっていうね、だからその劣等感っていうところ。

ここが自分が劣ってるんじゃないかっていう感覚に対して劣等感とか恥ずかしいっていう感覚、感情が出てきてるっていうことだと思うんですよね。だからまず劣ってるって感じるってことは、何か比べて順位をつけてその中で自分が劣ってるからダメだっていうことに対してジャッジをしてるわけで、

だけどそもそもここで順位をつける必要があるのであろうかっていうね。例えば別に何かで順位をつけるとしても順位をつける事柄っていうのかな?色々あるはずじゃないですか。

例えばある人は足が速いからかけっこしたらこの人が一番になるけど、でもそこでビリになった人は勉強がすごくできるから学校のテストだったら一番になるかもしれないけど、かけっこの人はもしかしたら勉強では順位が低いかもしれないしみたいな話ですよね。

三上:うん。

吉村:だからそれっていうのが、体力知力の2種目とかでもなくて、何かで比べて順位をつけようと思ったらものすごい無数に色んなことがあるわけですよ。例えば別に勉強も運動もできないけど料理がめちゃめちゃうまいとかっていう人もいるかもしれないし、子供の世話をするのがめちゃめちゃうまいとか、動物にめちゃめちゃ好かれるとか実はいくらでもあるんですよ。

だけど多分特定の事柄での順位だけにこだわってるっていうことがあるんじゃないかなと思うんですね。だからそういう意味ではみんな本当はどこがその人の強みでどこが弱みかっていうこの部分が、強み弱みの偏りみたいなのが人それぞれすっごい違うわけですよね。

これを一つの基準で全部順位つけようってなったら、その基準にマッチしてる人が一番順位が上になってその基準の事柄に関して弱みがある人はビリの方になっていっちゃうっていう話になるわけですけど、でもその基準は一つである必要はなくてものすごいいっぱい色々あるわけですよね。

だからそういうところのこの基準でなきゃダメみたいな感じの、この基準が正しいとか、何の基準で順位をつけるかみたいな部分がブロックによって固定化されてる可能性があるかなっていう感じがしますよね。

三上:うん。

吉村:こういう基準を固定化するような思い込みって、実は結構親とか先祖から受け継いでるものも多いと思うんですよね。だから学校とかでの刷り込みとかで勉強できないとダメなんだと思っちゃってる人は勉強っていう基準にすごくこだわりを持ってるってこともあるかもしれないんですけど、

でも親から例えば文武両道でなきゃダメなんだみたいな教育を受けてたとしたら、文と武が両方ないとダメなんだってこれがこの人の基準になったりとかあるし、

あとは親がそういうふうに言ってなかったとしても親御さんがそう思ってるっていうのは、親御さんが持ってるブロックの影響を言葉のやり取りはなくてもエネルギー的には受け継いじゃうっていうこともあるんですよね。

三上:うん。

吉村:だから元々自分が何か経験してそういう一種の考え方の癖みたいなものができちゃったとしたら、そこに立ち返ってそれって本当かな?みたいに自分で自問自答して自分の中でそれを分解していくっていうこともできるわけですけど、親御さんとか先祖から受け継いでるものだとしたら、これって本当に自分の考えなんだろうかみたいなね。

ご両親とかをよく観察してどういう発言してるかなみたいなのを見てると、これってお父さんがいつも言ってたことだからそれが刷り込まれてるのかなとか、お母さんは口では言わないけど多分こういうふうに考えてるだろうなみたいなってことは、その影響を僕も受けててそこからきてるかもしれないなとか、そういうところが見えてくると思うんですよね。

そうするとACTを使ってるときのオーダーとしては、こういう考えを例えばお父さんのこういう考えに影響を受けてる自分がいるなとか、お母さんのこういう性質を受け継いでる自分がいるなとかそういうところから崩していくってことも可能だと思うんですよね。

三上:うん。

吉村:あとはこの基準だけが正しいと思ってる自分がいるなとかっていうところで崩していくとかね。ACTのオーダーの仕方としては、どういう基準で自分がジャッジをしてるかっていうこの基準の部分を見て、そこに対してのオーダーをしていくっていうのが結構いけるんじゃないかなと思うんですよね。

だから恥ずかしいっていうのはね、多分優劣みたいなね、優秀である劣ってるみたいなそこの観点でジャッジをしてるから自分が劣ってることがみっともないことだみたいな感じのジャッジから恥ずかしいっていう感情につながってると思うんですけど、ここがもしかしたら例えばこの特定の基準で上位になれないと自分には価値がなくなってしまうんではないかとかね。

三上:うん。

吉村:そういうような価値がなくなることに対する恐れっていうのがあっての、そこで頑張んなきゃって思ってるんだけど期待したような結果が出ないと自分はダメなんだみたいな、この辺のジャッジの階層構造みたいなところ。

だから最終的にはみんな違ってみんないいって話なんですよ、本当は。辿り着く結論はそこなんですけど、そこから逆算して自分がみんな違ってみんないいと思えてないっていうのはなぜだろうかみたいなね。

そうすると、ここの部分に対してこう思ってるから自分はみんな違ってみんないいと思えてないんだってなったらそこにブロックがあるってことなんですよ。

三上:うん、わかりやすい。ということで今日はたまねぎさんのお便りをご紹介して吉村さんに詳しくわかりやすくご説明していただきましたけど、たまねぎさんいかがでしたでしょうか?またお話聞いてご感想をお待ちしております。

吉村:そうですね。例えばお金を稼げるかどうかみたいな話も、みんな違ってみんないいっていう観点で自分の強みは何かみたいなところを見ていくと、案外自分はこの強み活かしたら無理せずお金稼げるわみたいなね。

別に大金持ちにならなくても、自分と自分の家族がある程度豊かな暮らしができてればそれでいいわけじゃないですか。別に大富豪になってても心が幸せじゃない人なんて多分いくらでもいると思うんですよね。

三上:そうです、そうです。

吉村:そういう意味では心が幸せであるってことの方が重要だと思うんで、そこの自分の強みを活かして自分が内面的に幸せな状態で生きていくことができるっていうそういうルートを模索してみると、案外世の中が提示するこの基準でどっちが上か下かみたいなのを手放してもいいなって自然に思えるかもしれないですよね。

三上:ありがとうございます。ということで、ぜひリスナーの皆さんからも私の話も吉村さんに聞いてっていうのがありましたらどしどしお待ちしております。

吉村:はい。

三上:吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

386.父の日

ハンドルネーム ひよこまんじゅうさんからのご感想と父の日について吉村さんからお話を伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、まずご感想のお便りが来ていますのでご紹介していきたいと思います。

吉村:はい。

三上:はい、ハンドルネームひよこまんじゅうさんからです。「以前、不安についての質問ですけど回答していただきありがとうございました。親に影響されない自分を確立する必要があるのですね。どこかに依存したい氣持ちや孤独感があるので、親の影響を受けやすいのかもしれません。」という感想ですね、来ております。

吉村:はい。感想をいただけるのは本当に嬉しいですね。

三上:嬉しいですね。それにかけてじゃないですけど今日お届けしていきたいのが、親の影響っていうふうにひよこまんじゅうさんもおっしゃってるんですけど、私たちは親を選べないと思うんですが6月15日父の日がやってくるということでちょっと「父の日」についてテーマを取り上げてお話しを進めていきたいと思います。

吉村:はい。

三上:ということで、個人的には母の日よりちょっと存在が薄いのかなって思うんですけど。

吉村:ああ、何かその感じはすごくありますよね。やっぱり先に母の日が来るからそっちの方でちょっとワッと盛り上がって、その後が父の日なので一回盛り上がった後で盛り下がっちゃってるみたいな感じが、何かそんな雰囲氣はありますよね。

三上:ありますよね。ちなみに父の日ってアメリカでもあるんですか?母の日はありますけど。

吉村:アメリカでも母の日、父の日ってあったと思いますよ。

三上:そうなんですね。

吉村:バレンタインデー、ホワイトデーみたいな感じではなくて、ちゃんと最初からあったんじゃないかな。元々母の日があってその後に父の日ができたって話だと思うんですけど、アメリカでも別に普通に父の日はありましたね。

三上:父の日はあるんですね。

吉村:はい。

三上:父の日っていうことですけど、どうですか?吉村さんのお話の中でもお父様の話もできたりするんですけど。

吉村:そうですね。僕は自分の父親とはあまり良い関係ではなかったので、あんまり父親との良い思い出とかあまり印象が残ってないっていうところはあるんですけど、

だからちょっと父親との関係性ってなると僕の個人的な話よりも一般論的な話になっちゃう部分とか、僕自身が父親として子どもたちとどう関係性を構築してきたかみたいな話になってくるかなって思うんですけど。

三上:うん。

吉村:僕は大体、自分がどういうお父さんであれば良いのかなっていうところを色々と考えたときに、自分の父親の取ってきた態度とか選んできた在り方みたいなものの大体逆をやっておけば大丈夫かなみたいな部分があったんで、そういう意味では反面教師としてはだいぶん参考にさせてもらったっていう部分はありますね。

三上:なるほどですね。選べないですからね、子どもはね。

吉村:でもちょっとそこの部分に関してもスピリチュアルな観点でいうと、子どもがどこの家で生まれてくるかって親を選んで生まれてきてるっていうね、魂のレベルでは選んできてるっていう説があって、僕はそれは証明の仕様は無いんですけど、まんざら完全にありえない話でもないかなって感じてるんですよ。

三上:うん。

吉村:っていうのが今の僕がどういう活動をしているかっていう部分というのは、僕が色々とその時々の色んな状況に対して対応とか適応をしてきた結果、今の僕がやってる仕事や活動にたどり着いたっていう側面があるんですけど、

いざこういうエネルギーワークとかを研究したり人の心っていうところを研究して、エネルギー的な癒しみたいなことを活動としてやってすごく僕自身は充実感を感じているっていうかね。まさにこれをやるために僕は生まれてきたんだなっていう実感を持ってこの生き方を選んでるわけですよ。

三上:うん。

吉村:でもそこから逆算して考えていった時に、結局僕の両親がこういう人たちだったっていうところの影響って実はすごく大きくて、色々と問題を抱えている両親のもとに生まれていなかったら僕はこういう活動はしていなかったと思うんですよね。

ということは僕の魂が天界みたいなところから下を見て、よし、次の人生はこんなことをやろうかなとか考えていた時に、そこにたどり着くのに一番効果的なルートを模索していくとしたら、

多分この家で生まれてきてこんな人生を送ったらこうなるんじゃないかって、ある程度分かってて選んでるんじゃないかなって、そう考えた方が理に適うなっていうふうに感じるんですね、今の僕としては。

三上:うん。

吉村:っていう意味で言うと、僕の顕在意識の記憶には全然そういうのないし、それにしんどかった時代の当事者だった僕としては、本当に自分は何でこんなにしんどい思いをしなければいけないんだみたいに思った時期もあったと思うんですよ。

ちょっとそこの記憶もだいぶんクリアリングしてきたせいで薄れちゃってはいるんですけど。でも結局自分が人生の中で成し遂げたいと思ったことをするにあたって、本当にちゃんとバッチリな家庭に生まれてきたなっていうふうに感じているんで、

そういう一般的な見方でいうところの父親としての良し悪しみたいなところで言うと、僕の父は決して良いお父さんではなかったっていうのは分かるんですけど、でも結局なりたかった自分になるっていうことにおいては、まさにものすごくお世話になった人だなっていうふうに感じてるんですよね。父だけじゃなくて母もですけど、もちろん。

三上:うん。

吉村:だから選んでるか選んでないかみたいなね、両親選べないしみたいな話っていうのも、結局選べなくてたまたまそうなってしまったって考えることももちろんできるんですけど、結局はそこからなりたい自分になるかどうかっていうそこに尽きるかなと思うんですよね。

本当になりたい自分になるっていうことができて、そこで自分がこういう生き方をしていきたいっていうルートに自分が乗ることができたら、それまでのしんどかった経験とか色んな人間関係も全部、ここにたどり着くための一種の試練だったりとかゲームでいうところのミッションみたいなものだったんだなっていうふうに思える時が来ると思うんで、

今そこにもし自分がいないなって感じるとしたらそこを目指してとにかく邁進していくことだし、多分断言はできないんですけど、自分が本当にそこのルートに今乗ってるなってやりたいことできてるなって感じたときには、すべてが本当にこのためにお膳立てをしてもらえてたありがたいルートだったんだなって感じるようになると思いますよ。

三上:いや、でもお話聞いて最初は私も親は選べないのにって言ってましたけど、後々吉村さんの話を聞いて確かにそうだな、それがないと今はないなって思いながら。苦しい時があったとしても、今たどり着くのはやっぱりそういうのがあったから知ったり氣づいたり学んだりですね、言ってみれば。

吉村:多分僕たちが魂としてこの世じゃなくて例えば何て呼ぶかよくわかんないですけど、霊界とか天界みたいなところにいる状態だとして肉体と結合してない魂の状態だったら、特に何も欠けてることはないっていうかね、何も困ってない、

自分が何かこれが欲しいなと思ったらすぐにそれが実現するみたいな、そういうレベルの世界に僕たちの意識って元々はいたと思うんですよ。だけどそれだと言ってみたらこっちの世界で暮らしてる僕たちが感じるような感動や面白みみたいなものってすごく少ないと思うんですよね。

三上:うん。

吉村:だって欲しかったら何でも手に入っちゃうってことは、全部当たり前の話になっちゃうわけじゃないですか。もうすべてを知ってる状態だったらそれ以上の新しい学びとかもないわけだし、

だから分からないとか知らないとか氣づいてないとかそういう状態に自分を一時的に追い込むことで、そこから学んで分からなかったことが分かるようになったとか、氣づいてなかったことが氣づいたっていうそこの感動みたいなね。

そういう脳科学の人なんかが言ってるようなアハ体験みたいなものとかも、分からない状態があるから分かった!みたいな楽しさがあるわけで、

そこって本当に元々は愛だけでできてる存在だった僕たちが、愛が何だか分からないとか愛がどこにあるのか分からないみたいな状態に一時的にそういう自分に加工することで、愛ってこういうことだったのかとか、自分の本質って愛だったんだって分かったときの感動の大きさみたいなのがね、すごいあるわけですよ。

だからそのことに氣づかせてもらえるっていうのは、氣づいてないとか知らないっていう状態に自分がなったからその氣づきの素晴らしさに氣づくことができるわけですよね。

三上:うんうんうん。

吉村:なので壮大なゲームをやってるって思ったら、人生のすべてが素晴らしいものっていうふうに自分で再定義することができると僕は思いますね。

三上:ありがとうございます。今日は父の日にっていうテーマでお届けしましたけど、お父さんのね、これから皆さんのお祝いとかするのかな?改めて感謝ですね。

吉村:そうですね。本当に当たり前のことに感謝するっていうことがすごく大事だと思うんですよ。それは僕たちは水とか空氣が無かったらあっという間に死滅してしまうような存在なんだけど、地球っていう環境の中で水や空氣っていうものが当たり前のようにあるから健やかに生きてられて、

空氣が無かったら死ぬかもしれない、すぐ死んじゃうってことは明らかなのにもかかわらず、普通に空氣がある中で生きてるから空氣のことを全然感謝の対象として見てないわけですよね。

影が薄い人のことを空氣みたいな人とかって言うけどこれって実はとんでもない話で、空氣みたいってことはすごいありがたい人ってことじゃないですか。

三上:あー、うん。

吉村:世界中の他の文化だとどうなのかわからないですけど、日本だと特にお父さんって朝早くから夜遅くまで家の外で働いていて家に一生懸命働いてお金を入れてくれてる人だけど、家にいる子供からしたらお父さんが頑張って働いてるところとかあまり見てないし顔合わせる時間も短いから、お父さんが何をしてる人なのかよくわかんないみたいなね。

お父さんが入れてくれてるお金で家族が生活しているんだけど、そのこともお母さんがちゃんと知らせてくれなかったら、子供にしてみたら僕こうやって普通に暮らしててたまによく知らないおじさんが家にやってくるけど、あれ何?みたいな感じになってしまってもおかしくない、全然そうなりかねないわけじゃないですか。

三上:うーん。

吉村:そこはちゃんとお父さんがこれだけやってくれてるから、この家はこういうふうにみんなが暮らしていけてるんだよっていうことをお母さんが伝えるみたいなことも結構大事なんじゃないかな。当たり前なことに感謝をするっていうね。

そういうことはちゃんと意識してやらないと、すぐに忘れて頭から抜けていっちゃうようなことだと思うんですよね。だから本当に空氣に感謝することと同じようにお父さんに感謝するっていうことも大事なんじゃないかなって。

僕の父も何だかんだいってひどい父親だなって思うところいっぱいあったんですけど、とはいえ仕事をして僕が飢えて死んだりとかしないレベルでは面倒見てくれてたわけだし、それだけでもすごくありがたいことだなって思いますよね。

三上:今日の話を聞いて、父の日、お父さんもそうだけど家族で話し合う日でもいいかもしれないですね。

吉村:そうですよね。

三上:はい。ということで今日も素敵な話がたっぷり聞けました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

385.自分に優しくしたときこそ、行動が加速する

頑張らなきゃ、と自分を追い込むよりも、まずは自分に優しくしてあげること。
不思議と、心が満たされると自然と動けるようになるのかも。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日は、これから行動したいのになかなか踏み出せない保険っていう方が多いと思います。やりたいことあるのにとかね。そんな方にぜひ聞いていただきたいテーマの一つです。「自分に優しくしたときこそ、行動が加速する」こちらのテーマでお届けしていきたいと思います。

吉村:はい。これはあれですよね、何かチャットGPTに出してもらったテーマですけど、すごいこころメンテナンスの考え方をこのチャットGPTがよく理解しているんだなっていう、ちょっと驚かされている感じなんですけど。

三上:そうですね、ちゃんと何か私たちより優秀というか、できてるわ。

吉村:どっちのが上、下とかっていう話じゃなくて、役割分担で考えたらいいと思うんですけどね。

三上:そうですね、確かに。

吉村:でも本当何ていうのかな?自分に優しくするっていうことはどういうことかっていうと、要するに自分をジャッジしてないっていうことだと僕は思うんですね。

三上:うーん、でも何かジャッジしちゃう癖がついてる。それがブロックなんですよね、きっとね。

吉村:そうですね。結局世の中のね、例えば教育システムとか昔ながらの子育ての仕方とかにこのジャッジがすごく含まれてるわけですよ。

それは別に僕たちの親たちが悪いとかっていう話ではなくて、その人たちもなんか世の中の色んなジャッジに晒されて生きてきたから、ジャッジが当然とかジャッジすることが正しいって思ってずっと生きてきたからちょっとそれはある意味仕方ないことではあるんですけど、

三上:うん。

吉村:でも結局自分のことに対しても他者に対してもジャッジをするっていうことは、要は何かの基準で良いか悪いか判断するっていうことになるんで、その時に悪いって判断したりされたりってなるとそれは要は批判とか攻撃の対象になってしまうし、

その時に良いって判断されたとしてもそれってまた何かの拍子に悪いって判断されるリスクが常につきまとってるわけですよね。だから決して安心できる状態ではないから、ジャッジがあるっていうことがすでにすごく厳しい状態になってるわけですね。

三上:うん。

吉村:自分のことをジャッジしてしまうと、ああじゃいけない、こうじゃいけない、こうするべきだとか、自分で自分に制限とか色々と自分自身に何かやることを強要してしまったりとかっていうことになってしまうんで、やっぱりしんどい状態ですよね。自分で自分の首を絞めてるようなことになっちゃうんで。

そうすると何か行動をするためには結局自分のパフォーマンスが発揮しやすい状態である必要があるし、それに重い状態と軽い状態だったらどっちが行動しやすいかっていったら、軽い状態なわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:でも自分をジャッジするっていうことは、ああではいけない、こうではいけないとか、今の自分に対しても自分のこういうとこが良くない、こういうとこがダメだとかって言ってるってことは氣が重くなっていっちゃうわけですよ。氣が重くなったら行動のパフォーマンスが下がるわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:このパフォーマンスが下がったら、また余計にジャッジする羽目になってしまうわけですよ。

三上:うーん、本当だ。

吉村:だからそういう悪循環にはまってしまうんですね。行動を加速させたいって思うんだったら、まず本当にその辺のジャッジをやめるってことが本当に大事なんですよね。

三上:ジャッジをやめる。受け入れる。

吉村:そうですね。それは別に受け入れるっていうことが、うまくいってないことをそのまま放置することっていう意味ではないんですよ。

ありのままの自分を受け入れた方がいいですよって話をすると、結構多くの人が「じゃあダメな自分をそのままにするってことなんですか。」みたいなことを言ってくる人っていうのも結構いるんですけど、それとは違うんですよね。ダメな自分っていうふうに言っちゃうから、ダメであることが固定化されちゃうんですよ。

三上:そこでもジャッジだ。

吉村:そうそう。だから何かうまくいってないことがあったとしたら、そこって改善できるポイントがあるっていうこと。だから言ってみたら伸びしろがあるっていうことじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だから別にその人がダメかどうかっていう話じゃなくて、その人にまだ改善の余地があるか伸びしろがあるかどうかみたいな話に過ぎないんですよ。

っていうところで言うと別にどのレベルになってもまだ伸びしろってあると思うんで、伸びしろがなくなるってことのほうがまずちょっと考えにくいですよね。それはたぶんその人が死ぬときですよ。

三上:うん。

吉村:だからそれまでは別にまだ改善できるところはあるし、今のレベルで尺度を持って測るとするじゃないですか。

三上:はい。

吉村:そうすると熟練度みたいなものとかで、今の段階でどっちのほうが上とかっていうことを評価することはできるんですけど、

例えばね、僕と誰かとは何かで競争をしたとして、それで僕がそのときに負けたとしても別にそれは僕は劣ってるとか人間として価値が低いとかってことじゃなくて、この競争では今回は僕のほうが負けましたっていう話に過ぎないんですよね。

それはもしかしたら自分を伸ばしていくことでその競争で勝てるようになるかもしれないし、あるいは僕はこれは向いてないかもしれないから何か違うことでもっと力を発揮できるかもしれないなってそっちで力を発揮できたら別にそれでいいわけですよね。

三上:うん。

吉村:だから、人を結構ジャッジするとか評価をすることで格付けみたいなことっていうのは世の中でよくされてるんですけど。

三上:マウントとかね。

吉村:格付けみたいなこともすごい雑な感じがするんですよ。じゃあテニスが上手い人と将棋が強い人とどっちのほうが上なのかって分かんないじゃないですか。じゃあテニス上手いやつと将棋が上手いやつ戦わせてどっちが勝つか見てみるって、何で戦うのみたいな話じゃないですか。

三上:確かに、戦えないよね。

吉村:だから人を評価したりとか人の特技であったり技術であったりとかを測る尺度っていうのも千差万別なわけですよね。

例えばスケートが上手い人って言ってもフィギュアスケートが上手い人とスピードスケートで速い人と、それからアイスホッケーで上手いプレイヤーとって同じスケートだけど全然違うじゃないですか。

三上:違いますね。

吉村:別にフィギュアスケートが上手い人が、アイスホッケーでバンバンゴール決められる人になるかっていったら分かんないし、大体アイスホッケーみたいな競技だったらゴール決められる人と相手のシュートをすごい防御するキーパーとどっちのほうが偉いのかって、いや別にどっちも必要だよねみたいな話ですよね。

三上:そうですね。

吉村:だから結構ジャッジするっていうのが、まずジャッジしてるって時点でかなり雑な評価をしてることが多いんですよ。

三上:うんうん。

吉村:細かく評価するってなった場合には、どちらかというと良い悪いっていうより現状こうだよねっていう見方をしたほうがそこの伸びしろの部分をどう成長させられるかっていうところに行きやすいし、
それにそもそも向いてるか向いてないかっていうこともあるから。

僕は別にスポーツ選手になろうっていう氣が全くないんですよ。多分僕は向いてないって分かってるからそこで勝負すること自体がバカバカしいっていうか。

でもスポーツやってる人のことは別にすごいなって思ってるし、スポーツやってる人が僕より上とも思ってないし下とも思ってないんですよ。というのは別にどっちが上とかって測りようがないじゃないですか。ただ単に僕スポーツ向いてないけど、スポーツやってる人はすごいなって思う。

三上:そうですね。

吉村:でも例えばどっかの研究機関ですごい研究してる人っていうのは、その人が別にあんまり運動得意じゃなかったとしてもその人がすごい研究で成果を上げてたらやっぱりすごいなって思うしって話で。だから別に良い悪いとかって話じゃないんですよね。

三上:分かります。素直にすごいなって氣持ちに思うだけであって、そこで自分のほうが弱いとかっていうふうにジャッジしてないってことですもんね。

吉村:自分のほうが上でもないし、自分のほうが下でもないしっていう話。だから結局人として上とか下とかみたいなことだったり、どっちが正しいか間違ってるかとかそういう良い悪いとかって全部ジャッジなんですよ。

ジャッジが世の中を複雑にしちゃってるし、自分のパフォーマンスを上げることを邪魔してパフォーマンスを下げてしまうわけですよね。ジャッジが自分の行動を妨げてる、邪魔するわけですよ。

だってジャッジがあるからちょっと失敗したら嫌だからどうしよう怖いなとか、ちょっとうまくいかないところをみんなに見られて恥かきたくないしなとかって。

三上:うん。

吉村:そういう別にジャッジがなければ行動してみてその行動してうまくいけば良かったねって話だし、うまくいかないなってなったらじゃあ何か改善点があるのかなとか、あるいはそもそも向いてるのか向いてないのかから見直した方がいいのかなっていうような話で、

別にそこでうまくいこうがいくまいが、その人の価値そのものが上がったり下がったりはしないんですよね。

三上:確かにそうですね、なるほど。なのでやっぱりジャッジではなくて素直に。ジャッジが減ると素直に色々受け入れてその感覚も変わってきそうですね。

吉村:そうですね。だからそういう自分と違うタイプの人とか考えを持った人を素直に受け入れてみるっていうことと同じように、ありのままの自分を受け入れてみるってことですよね。

それは別にありのままの自分は伸びしろがある自分だっていうふうに受け入れるわけだから、自分の足りてない部分をそのままにするっていうのとは違うんですよね。

じゃあまずありのままの自分はこうであると。じゃあ自分こうなりたいからここを伸ばしていこうっていうのは、別に今のままじゃダメだ、何とかしなきゃって思わなくてもできるんですよ。

三上:そうですねー。今回収録4回録ってるんですけど全部色々繋がっていくなっていう。お話がやっぱり、ジャッジしないとかありのまま受け入れる。本質はシンプルなんですよね、きっとね。

吉村:そうですね。本当にそうだと思います。

三上:改めて自分に優しく、たまにジャッジしてる自分がいるなって思いながら。皆さんはいかがでしょうか?

吉村:ジャッジしてる自分を見つけても、それもジャッジしないってことですね。

三上:そうですね。いやいやいや。

吉村:またジャッジしちゃったダメだとかっていう、これがジャッジなんでね。

三上:ありがとうございます。

吉村:ジャッジしてるんだねって、じゃあちょっとそれをやめたとしたらどうか。

三上:今日も氣づきがたくさんありました。ということで今日のテーマ「自分に優しくしたときこそ、行動が加速する」でお届けしました。本日も吉村さんありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

384.願いを叶えるために“やること”より“整えること”

行動より先に、整える。
心や環境を整えることで、願いが叶うスピードも、質も大きく変わっていくようです。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、前回の収録のテーマが「意外と大切、やめる勇氣と手放す感覚」をテーマで前回収録したんですけど、

その後の今日のテーマが「願いを叶えるために、やることより整えること」というテーマでお届けしたいんですが、その前に前回の収録ですごい氣持ちがすっきりして何か声のトーンもちょっと今上がってるなって思ってます。

吉村:ああ、よかったですね。

三上:単純だ。これから何かやりたいとか、その氣持ちが先走ってそこに向かっちゃう。私も整えること、ベースを作ることは大切って分かってるんですけど、猫みたいにあるおもちゃにこうやって向かう癖があるので、やっぱり整えることって大切ですよね。

吉村:そうですね。やっぱりこころメンテナンスの考え方としては、クリアリングっていうのが結構すごく大事で、何をやるにしてもその人がクリアであるほうがやってることがうまくいきやすいっていう考え方なんですよね。

三上:なるほど、うん。

吉村:だから同じやり方で同じことをやっても、人によって得られる成果が違ってたりするっていうのは一つにはその人の魂レベルでの向き不向きっていうのはあるんですけど、魂が持ってる価値観、バリューフォーミュラですよね。

バリューフォーミュラに合っていることをやってるほうが人のパフォーマンスは上がるんで。合ってる合ってないっていう観点がまず一つあるんですけど、でもそれよりも更にちょっと一歩手前の少し浅いレベルの部分で言うと要はブロックがあるのと同じだから、

例えばこれが2人の人がいて、AさんBさんでやってるとっていうのがあるとして、AさんとBさんどっちもバリューフォーミュラの観点で言えば合ってることだったとするじゃないですか。

そうすると2人ともそれぞれ高いパフォーマンスでそれができてていいはずなんですけど、そこで差が出てしまってるとしたら、それってうまくいってないほうの人は何かそれをうまくいかなくさせてる要因がその人の無意識レベルに存在してるっていうことなんですよね。それがブロックって話なんですけど。

ブロックっていうのは別にその人の生まれ育ってきた環境でできちゃったとか、何か大きなきっかけがあってトラウマみたいなものによってできちゃったとかっていうケースもあるし、親とか先祖から受け継いでいるものだったりとか、

あとは魂が輪廻転生していく中で、今回の人生じゃなくて以前の別の人生でできちゃったものが今回の人生でまだ足を引っ張ってるっていうようなこととか色々考えられるんですけど。結構そういったものがたくさんあるわけですよ、僕たちの魂が。

潜在意識って普段僕たちはものを認知したり考えたりっていうのを顕在意識の部分でやっていて、そこが自分の意識の中の分かってる部分ですけど、

でも潜在意識とか無意識って呼ばれてる領域では、自分では分かってないんだけど実はその潜在意識はこう思ってるみたいなものがあって、現実創造とか引き寄せっていうところで言うとその潜在意識の中でどう思ってるかの方が現実化の力が圧倒的に強いんですよ。

三上:うーん、潜在意識。

吉村:だからいくら表層の意識でポジティブシンキングとかって言ってても、潜在意識がネガティブだと現実はネガティブになっちゃう可能性が高いんですね。

なのでやっぱり先に潜在意識の中の余計なものを掃除して潜在意識の中をクリアにしていった方が、自分がやりたいこと進みたい方向に進んでいきやすいよねっていう考え方なんで、

何をやるかっていう部分とかやり方の部分よりも、実はちゃんとクリアにしとくっていうそれが大事だっていうことなんですよね。

三上:確かに、クリアにしなかったらやることも動きづらかったりとか、疑ったりとか色々出てきそうですもんね。

吉村:そうなんですよね。整えるっていう部分で言うと色々と行動面とか考え方の部分での準備っていうのもあるんですけど、

実は結構無意識レベルの自分の潜在意識の無意識の部分をちゃんときれいに整えておくっていうことが、すごく大事だっていうところに繋がりますよね、今回のテーマとしては。

三上:そういう感覚で皆さん多分どうなんだろう?私は今日のこのテーマを聞いて、動くことやることが大切って思ってたんですけど、まずはそれよりちゃんとこうやって整える、潜在意識をクリアにしていくっていうことが大切なんだって今改めて思ってます。

吉村:そうですね。もちろん行動は大事なんですよ。何か現実を創造するっていう、何かエネルギーを動かして現実を創造したり引き寄せたりするっていう時には行動は必要なんですけど、

でも案外行動が自分のやりたいことと直接繋がってなくても、自分の中のある程度クリアでこれがやりたいっていう思いだったりとかそのことを想像した時に魂が喜んでそれによって前向きな感情が出てくるみたいな状態になったら、

その時ってそれに向けての何かをするっていうことだけじゃなくて、その心持ちで散歩するとかだけでも結構実は現実がだんだん動き出すんですよ。

三上:幸せとか感じる感覚も違いますもんね。

吉村:そうなんですよね。だから行動の部分でちょっとブロックがあってどうも踏み出せないなっていうようなことがあった場合、その状態でもできそうな行動、それが散歩かもしれないし部屋の掃除かもしれないし何でもいいと思うんですよ。

とにかく体を動かして何かやる行動とそれに自分の持ってる思いと感情が乗っかった状態でまずちょっと行動してみるとエネルギーが動くっていうか、現実世界に対して自分はこういうことをしたいんだとか、自分はこういうことを望んでるんだっていう信号を送ることになるんですね。

三上:うんうんうん。

吉村:それによって現実がちょっとずつ動き出すんで、こっちからの働きかけをしなくても外側から現実が変化しだすっていうことがあるんですよ。そのときにやっぱり大事なのは、その時の自分の感情がどこから出ているかっていうことなんですね。

ここも結局ブロックがあるとやっぱり難しいことではあるんで、クリアリングしたほうが早いよねっていう結論にはどうしてもなってしまうんですけど、そこはちょっと一旦置いといたとして、

感情って前向きないわゆるポジティブって言われるような感情と、それからちょっと後ろ向きだったりとか攻撃的だったりっていうネガティブって言われるような感情とっていうのは、実は出どころが違ってて、ポジティブ寄りの感情っていうのは一般的には自分の魂から出てきてるものなんですね。これは愛なんですよ、根底は愛で。

三上:うん。

吉村:ネガティブ寄りの感情っていうのは恐れから来てるんですね。これは僕たちの肉体がいってみたら死んじゃったり怪我しちゃったりする可能性があるから身を守らなければいけないっていうことで、危険から身を守るためには危険に対して嫌だなとか怖いなとかっていう感情が湧くからそれを避けるわけじゃないですか。

そうやって安全を保つことができるわけですよね。そっちの恐れから来る感情と愛から来る感情っていうのは、どんどん掘り進んでいくと根底では別のとこから出てるわけですよ。

三上:ああ。

吉村:どっちもあるからそれがちょっと複雑に絡み合って混ざって何割恐れ何割愛みたいな感じのものが普段僕たちが感じてる感情だったりするんですけど、でもその中でも愛の割合が多いのか恐れの割合が多いのかっていうところで風向きが変わるわけですね。

三上:うん。

吉村:何か願いを叶えたいって思ったときにやっぱりちょっと氣をつけてみてほしいのが、自分の持ってる願いっていうのは愛から来てる願いなのか恐れから来てる願いなのかっていうところをまず見極めてほしいんですよ。

そこが最初の準備というか整えるべきところかなと僕は思ってて。自分が一切何も困ってることがなくて何をしてもいいとしたらそれでもやりたいことなのかどうか。

三上:うん。

吉村:それって要は楽しそうとかワクワクするとか、そういう感覚がなかったら別にやりたいと思わないわけじゃないですか。だって何も困ってなかったとしたら。

三上:そうですね。

吉村:人は何か困りごとがあるからそこを何とかしなきゃみたいなモチベで動いてることが多いわけですよ。そうするとそのときに何かこうなったら嫌だなとか、こうなったら困るからそのためにこれをやってるんだみたいなモチベーションでやってることっていうのは結構多いと思うんですけど。

三上:多いですね。

吉村:それは要はマイナスに対して何か対処するためのことだから、実はそれって恐れに基づいたモチベーションなんですよ。

三上:そうですね。

吉村:だから本当に単純に楽しそうとかワクワクするとかっていうのでやりたいと思ってることっていうのは大体魂がやりたいと思ってることなわけですね。こうなるといかんからこれをやっとくかっていうのは、別に困りごとがなかったら別にやる必要ないことかもしれないんですよね。

リスクヘッジのための何か行動を取るとかっていうのを全部否定するわけではないんですけど、ただそれってそのリスクがなくなったときにはそんなにやる氣が起きなくなっちゃうっていうか、そのモチベーションって長く続かないわけですよ。

そのモチベーションで何かやり続けるとしたら、困りごとが続かなきゃいけないっていう話になっちゃうんですよね。

三上:やだやだやだ。

吉村:だからまずは何か始めるってときに本当に自分の魂がワクワクしてるであろうかと、一切自分自身が何も困ってないとしてもそれでもやりたいと思うかっていうような話ですよね。

三上:今日も学びが。私は不安でやってることが多いな。そうじゃないのもあるけどって思いながら氣づかされました。今日の時間と。

吉村:それもだからゼロ百の話じゃないんで、ちょっとずつ割合を少しずつシフトさせていけばいいと思うんですよ。

三上:そうですね。

吉村:この肉体と一緒に暮らしてる以上、一切の恐れとか一切の不安が完全になくなるってことはないんですよね。今この瞬間隕石が落ちてきて死ぬかもしれないっていうこのリスクはゼロじゃないじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だからそこは結局割合の話なんで、グレーの中にいるんだけどじゃあグレーの中でより白寄りの方に行くにはみたいなことを考えてやってるわけですよね。

三上:これからちょっと、色々向き合いたいなと思いました。

吉村:良かったです。

三上:はい。ということで今日のテーマ「願いを叶えるために、やることより整えること」をお届けしました。吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

383.意外と大切、「やめる勇気」と「手放す感覚」

頑張り続けることはすばらしい。でも、もう抱えきれないと感じたときは、「やめる」「手放す」も選択肢に。
意外とその一歩が、新しい景色を見せてくれるかもしれません。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマ、その前に私のエピソードなんですけど。例えばお仕事するときに決めたんだったら1年は絶対やるっていう自分の変なプライドがあって。

今日のテーマが「意外と大切、やめる勇氣と手放す感覚」っていうテーマでこれからお届けしていくんですけど、今このテーマを見て改めて自分の中で葛藤してます。今までこういうふうに生きてきたけど、どういうことなのかなって。

吉村:なるほど。今のお話聞いただけだと具体性があまりないんで何があったのかっていうのがよくわからないなって思ったんですけど。

三上:そうですね。例えば自分の中で一度決めたこととか、もう決めたっていうことに関して、ジムに通うとかこの仕事で頑張るって自分の中で決断しました、例えば誰かと付き合うとかってなったら、短い期間じゃなくて1年は見てみようみたいな自分のルールがあるんですよ、型が。

吉村:なるほどですね。

三上:それを決めてた自分がいたんですけど、今のテーマを見てそうじゃなくてもいいのかな?どういう内容なんだろうなって。

吉村:なるほどですね。何となくちょっと見えてきた部分からちょっとお話をしてみようと思いますね。
一つは何かやり始めたら1年はやってみようっていう、時間でその判断の期限をつけるってことを三上さんはされてきたってことなのかなって聞こえたんですけど。

三上:そうですね。幼少期に母から言われて、まずは1年はやってみろみたいなその感覚がずっと染み付いてる自分がいるなみたいな。

吉村:そうですね。まずそれに関して言うとですね、幼少期と今の大人になった三上さんっていう条件に違いがあるんですよね。

三上:ほう、はい。

吉村:幼少期って人生経験があまりないから、物事を判断する基準が少ない状態じゃないですか。だからそうすると何かやってみましたっていうときにそれをやり続けるのか、

例えばもうやめるとかっていう判断をするのかっていうのは、小さな子供の楽しいとか嫌だ嫌だとかっていうぐらいの判断基準しかないわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:そうすると、そのときたまたま虫の居所が悪くて嫌だ嫌だってなって、もうやりたくないっていうようなことを言い出す可能性はあるわけですよ。

三上:ありますね。

吉村:大人になると、もちろんそういう氣分の上がり下がりで今日氣分乗らないなとか、よしやるぞみたいな感じになったりとかっていう上がり下がりの波はもちろんあるんですけど、でもその他にも例えばこれって中長期的に考えてやるメリットあるだろうかとか、本当に私に向いているんだろうか、

自分の今までの人生を振り返ってみたときに、私多分こういう方面が向いていてこういうのは苦手だなとかっていうところで照らし合わせて考えたときに、これ以上やることで自分はここで成長することができるのか、

それともただ力を発揮できなくてドロップアウトしていっちゃう可能性が高いのかとかっていうのは、予想がつく色んな材料がいっぱいあるわけじゃないですか。

三上:経験してますからね。

吉村:そうすると自分にとってこれ本当に合ってるのかとか、役に立つのかっていう判断を1年かけなくても判断できる可能性が高いんですよね。

三上:そうですね。そうですよね、いつも自分のルールとか世間体とか氣にしてる部分があったのかなって思ってます。

吉村:そうすると本当の意味で自分がやりたい、要するに人間にとっては何が大事かっていうと、その人の魂が喜んでるかどうかっていうのが何よりも大事っていうのが、僕の持論というかこころメンテナンスの考え方のベースになっているんですけど、

そこで判断するのが良いわけですけど、ただ人によって自分の魂が喜んでるかどうかっていうのがどの基準で分かるのかっていうのが人によって感覚的な部分の違いもあったりとか、どのぐらい自分の魂の声が聞き取れるところまできてるかっていう差があるわけですけど、

何しろ判断基準みたいなものっていうのがいっぱいある中で判断することができるから、ちょっとやってみたけどこれ違うなっていうのがもっと早く分かる可能性が高いわけですよね。

三上:うん。

吉村:その時に1年っていうルールで決めたからっていうふうにやってると、それってどっちかっていうと本当に自分がやりたいかどうかってことよりもルールに従ってますみたいな話になっちゃうと、それってあまり何のためのルールなの?みたいなね。

1年やるまでは絶対に辞めてはいけないみたいなルールだったら、本当にメンタル壊しちゃって具合悪くなっても1年はやり続けるのであるみたいな話になっちゃうと、下手すると本当に身体壊して入院する羽目になったりする可能性だって無きにしも非ずなわけですよね。

三上:はい、そうなんですよ。実はちょっと前にお仕事を退職して8ヶ月で、もう心が・・。涙が出ちゃって、仕事中。だからもっと前に収録でお話を聞きたかったです。身体に出てたんですよね。やっぱりその1年と設けるのって自分の中で違うなっていう感覚でしたね。

吉村:大人になったからもっと早く判断がついたっていうことなんじゃないかなと思うんですけどね。

何か新しいことを始めるときって僕がビジネスの勉強を始めた頃に一番最初に勉強したのは、ドラッガーっていうマネジメントの本とかたくさん出されてる方の本で、その方が言ってたのが新しい事業を始めるときは「小さく早く始めるべきだ。」って言ってるんですよ。

三上:小さく早く?

吉村:っていうのが、どのぐらいの時間とかお金とか人を投資してその事業をするかみたいなところの、すっごいお金かけて大勢の人やそこに人員を割いて綿密に準備してってやるってことは大きなプロジェクトになるわけじゃないですか。

そうするとそれだけ大きなことをやるためには大きな投資が必要で、時間も結構かかると時間も投資しなきゃいけなくなる。だけどそこまで大きく始めた場合、うまくいかないなってなっても今度それをやめようってなりにくいんですよ。

それだけ多くの人をそこに配置しちゃったからそこから撤退するってなると、その人たち全員また解雇するかその人たちのために別の仕事を見つけて配属を変えたりとか、すごい手間がかかるしそこに投資したお金とかも返ってこなくなっちゃうから、

三上:うん。

吉村:だから大きく始めるとうまくいってないなってちょっと薄々感じててももうやり続けざるを得ないみたいなことになっちゃって、それで会社がどんどん傾いていくみたいな話っていうのは実はすごいよくあるらしいんですよね。

だから何か世の中の新しいものが出てきました。じゃあこれビジネスチャンスかもしれないからやってみようってなったら少ない人数であまりお金をかけずに、パッとやってうまくいくようだったらちょっとずつそこに対する投資を増やしていくわけですよね。

そしたら何かそれがうまくいけばドーンと跳ねるし、うまくいかなそうだなってなったらすぐにやめられるわけですよ。

三上:確かに。小さいうちはね。

吉村:とかちょっと軌道修正するとかね。全体として見た場合はまだチャンスありそうなんだけど、でもちょっとこの方向だとうまくいかなそうだから、ちょっとこの方向を少し軌道修正してみようかっていうことも、小さく始めてたらやりやすいんですよ。

三上:うん、確かに。

吉村:しかも小さく始めるってことは準備期間もあまりいらないからパッと早くできるんで、世の中の潮流、トレンドとかもすぐ移り変わっていっちゃうから、時間かけてやってたら結局流れ変わっちゃったんでやっぱダメじゃんってことになりかねないけど、

小さく早く始めればパッと波に乗ってパッと跳ねる可能性もあるし、うまくいかなかったらすぐやめられるっていう話になるんですよね。

三上:うーん。

吉村:個人レベルで就職とかって言ったら実は結構大きな投資なわけですよ、その人にとっては。時間もかなりそれに就職とかしちゃったら自分の時間の大半をそこに投入しなきゃいけないし、しかもどのぐらいの時間かけるかっていうところの話でもあると思うんですけど、

例えば普通に今って副業OKな会社は増えてますけど、とはいえ3つの会社4つの会社に社員として働きに行ってるとかって何か難しいじゃないですか。

三上:うーん、そうですね。

吉村:お給料をもらってるってことは、その分色々と要求されるわけですよね。時間とかリソースを。この日ここにいってこのミーティングに出てくれって、同じ日にこっちの会社の営業でこの人と会ってきてくれとかって重なっちゃうことだって出てくるかもしれないから、1人の人が抱えられるものってそんなに大きくないんですよね。

三上:うーん、確かに。

吉村:だからその辺をあまり大きな決断をする前に小さく始めるっていうね。だから転職するときなんかもバンって辞めて次のとこポンって入るとかっていうのも、次の転職先は決まってからこっちを辞めることを考えた方が良いだろうし、

副業で何か始めたとしてもその副業で稼いでるお金が今の会社のお給料を超えちゃったとかっていったらそっち専業にしても良いでしょうけど、そうなる前によしこれでやってくんだって言って会社を辞めちゃうとかってするとリスクが大きすぎるわけですよね。

三上:そうですね、決断のね。

吉村:だからそういう意味では、もちろんやめるっていうのは例えば今いる会社を辞めるっていう話とちょっとやり始めたことをやめるっていうのは、どっちもやめるって話にはなるんですけど、

でも要は自分の軸足みたいなものとかメインの収入源がどこにあるのかっていうところをまずはちょっとキープしつつ、小さく色んなことにチャレンジしてみたらうまくいかないなと思ったら簡単にポンポンポンってやめていけるわけですよね。

だけど例えば今自分のメインの収入がこの会社の収入っていうのがあるんだとしたら、今度そっちを今辞めちゃうっていうのは大きなものをやめちゃうことになっちゃうから、

だから何か別のことをやってるうちにそっちのほうが大きくなって、会社のお給料のほうが相対的に小さくなったら、そしたら小さいものはパッてやめられるわけですよ。

三上:うん。

吉村:自分にとっての依存っていう言葉はあんまり使いたくはないんですけど、とはいえ僕たち何かしらに依存して必ず生きてるから、

言ってみたら地球とか空氣とか水とかに依存して生きてるんで、だからそこは全ての依存がなくなるってことはないので、だから要は仕事とか収入とかっていうものだったら自分の依存度が高いところは大事にキープしつつ、

あまり依存しないで済んでるポイントでチャレンジしたり辞めたりみたいなのを繰り返していってそっちがだんだん大きくなっていって、自分の依存先をこっちに移動しても大丈夫だなってなったら元々依存してた先は感謝して手放すことができるわけですよね。今までありがとうございましたって。

だからそんな感じでやめるとか手放すって時に何をやめるか何を手放すかっていうのは、その時々の自分にとっての比重の大きさみたいなところで判断していくと良いんじゃないかなって氣がしますよね。

三上:ありがとうございます。今すごい色々おちてきて。ジャッジじゃないですけど、どっちかにしなきゃとか自分の中でそっちもあったなって思いながら、

ちょっとグレーというか今はどっちでもいい、ふんわりしてる時期でもいいかなっていう感覚があってもいいなと思いながら次に活かしたいと思います。

吉村:そうですね。人生の中のことってほとんどグレーだらけなんですよね。白黒をはっきり作るものなんてそんなになくて、ちょっと濃いグレーなのか白っぽいグレーなのかみたいなところで、

今はこっちの方かなとか今はこの辺かなとか今はこのちょっと両方に何か足乗ってるけど、別にそれでうまくやっていけてるならそれでもいいしって話かもしれないし。

三上:そうですね、それがあってもいいんだって思いながら今、吉村さんのお話を聞いておりました。ぜひ皆さんの次の決めることとか、今その先に向かってるところのヒントになっていただけたらいいなっていう、私は個人的にすごいお話だったなっていうふうに感じました。

吉村:そうですね。やっぱり何だかんだ言って、自分自身の体とか心って相当自分が重視しなきゃいけない依存先じゃないですか。自分の体に相当依存してますよね、人間として生きてるってことは。

だからそこにいることで自分の体が蝕まれてるってなったら、そしたら何かこれはまずいなって体のほうの依存度高いから体のほうを優先しようとか、そういう感じで決めていくっていうのは大事だなと思いましたね。

三上:今日も学びがたくさんありました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

382.「うまくいかなかったこと」に隠されたギフト

思い通りにいかなかった出来事の中にも、実は大切な気づきや成長のヒントが隠れているかも
「うまくいかなかったこと」こそが、後から振り返れば大きなギフトだったと気づくかもしれません。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマ、私も氣になっています。テーマからまずお伝えしたいと思います。「うまくいかなかったことに隠されたギフト」をテーマにお届けしていきたいと思うんですけど。

吉村:はい。

三上:こんなはずじゃなかったなって、私も最近あったので。

吉村:うーん、なるほどですね。

三上:こういうつもりのプランじゃなかったけどなみたいな。アレレレ?みたいな感じなことがあって、ちょっと落ちた時期があったんですけど。うまくいかなかった裏に隠されたギフトという、これはどういったテーマの内容になりますか?吉村さん。

吉村:自分で何かを選んだ時にそれがうまくいったかいかなかったかっていうのは、実際その時点での評価って話じゃないですか。

三上:うんうんうん。

吉村:あと何をもってうまくいった、うまくいかなかったかって評価してるかっていうところもあるから、例えば一つの面ではうまくいかなかったけど何か別の面では実はそこで大事なことを学べてたとか、何か経験を積めてたっていうこともあるわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:だから出来事自体の良し悪しって一つの側面だけで測りきれないっていうところがあるっていうのがまず一つの見方なんですけど。とは言えその判断をしたことによってすごく時間を浪費してしまったとか収入が下がってしまったとか、

自分の自由度が減ってしまったとかっていうことがあると、ある意味実害が出てるっていう話でもあるんで、それに関して何かうまくいかなかったなって思ってしまうっていうのはある意味仕方ないことかなとは思うんですよ。

三上:うん。

吉村:それに対してその時点での評価っていうことではあるんですけど、結構それでその時はしょうがないなって、勉強させてもらったっていうふうに自分を納得させて次に進もうみたいなことを多くの人はしてると思うんですよね。

三上:うん。

吉村:それができないといつまでもモヤモヤし続けて、あのときああしとけばよかったみたいな感じになるんですけど、それが実際はすごく無駄なことというかより害が多いことになってしまうんですよね。

っていうのが結構、あの時ああしとけばよかったって何度も思ってると、それがパターン化して自分の中にあの時ああしとけばよかったを反すうする回路みたいなのができてしまうんですよ。

三上:確かに。

吉村:これがいわゆるブロックなわけですよね。それが後々になっても、結局そこであの時ああしとけばよかったっていう処理に自分の処理能力の一部がいつも取られてるっていう状態になってしまうから、

今のことに集中したいのに処理能力の一部が取られちゃってるから、リソースが足りないみたいなことになってしまうわけですよ。

なのでそこはそういうことが起きたらクリアリングしていくっていうことで対応していくことは可能なんですけど、そもそもそういう回路を作らない生き方ができたほうが後々になって問題が起きてからブロック探してクリアリングするっていうその時間も短縮できちゃうわけですよね。

三上:そうですね、確かに。

吉村:だからそのときには、ちょっと損しちゃったけど授業料としてここで何か学びが得られたんだろうみたいなね。結局そのときにどういう基準で判断したからうまくいかなかったんだろうかとか、

何がうまくいかなかった原因になったかっていうのを分析していくことが大事なんですけど、ここでも結構多くの人が陥ってしまいがちな落とし穴がなぜダメだったんだろうって考え方をしがちなんですよ。

三上:なぜ?うん。

吉村:何で?どうして?って考えると、実際に何があったかとか何が要因になったかっていうことよりも、何が悪かったかっていう発想で考えがちになるんですね。ってことは何か悪いものを見つけてそれを悪者にすることで自分を納得させるっていうロジックになりがちなんですよ。

三上:そうですね、方向性が。

吉村:これもまたブロックになっちゃうんですよ。

三上:そうですね。

吉村:例えばつまづいて転んでしまいましたと。何がつまづいて転んだ原因になったんだろうって考えたときに、ここに物があったのに氣がつかなくて引っかかってしまったんだなっていうこと。

そしたら物がそこになかったらつまづかなかったっていうのが一つ考えられることと、あとは足がもうちょっと上がってたらつまづかなかったっていうことと両方あるじゃないですか。

三上:うん。

吉村:その場合歩く動線に余計なものが落ちてないようにちゃんと整理整頓しておくっていう対処法と、あとはちょっとした段差とかでもよくつまづくみたいなことが起きてるんだとしたら、それってちょっと体力落ちてるのかなとか、

だったらちょっと足を上げる筋トレした方がいいのかなとかそういう話になってくるんですよね。別に何かが悪いとかじゃなくて、つまづいて転んだっていう現象があるからつまづいて転ばないようにするためには何をしたらいいだろうかっていうことをやってるだけなんですよ。

動線に物があるとつまづく可能性が高まるなとか、筋力が落ちて足があんまり上がってないとつまづく可能性があるなって、じゃあここを対処してまず動線片付けて余計なものがない状態にしておこう。

そしてちょっとした段差で転んだりするといけないから、ちょっと体力つけたり筋力つけたりっていうことをやっておこうみたいなことをするのは、そういうことをやれば転びにくくなるわけですね。

それでも転んじゃうかもしれないけど、そのときはまたじゃあ何で転んだんだろうっていうことをやればいいわけで、そのときに何か物につまづいたっていうときに結構多くの人が陥ってしまうのが、危ないじゃない、誰がここにこんなの置いたのよみたいな感じになったりとかね。

三上:うん。

吉村:ここにこの物があったのが悪いんだみたいなね。そうするとその物がここにあったのが悪いとか、ここに物を置いたあの人が悪いっていうふうにしちゃうと抽象度がすごく下がってしまうわけですよね。

このことだけこれが悪いんだっていうことになっちゃって、もう少し高い抽象度でとらえたら動線がクリアになっていることと、ちゃんと足が上がるっていうことっていう対処ができるんだけど、

抽象度が下がってしまうと今ここのこれが悪いのであると。だからこれが悪いことを糾弾すると言うか非難して、それでとりあえずここに物を置いておいた人が「ごめんなさい。」って言って片付けてくれましたってなったら、本当に氣をつけてよみたいな感じで解決みたいになるわけですよ。

でもそうすると動線に物がないことが大事っていうことじゃなくて、今ここのこれを置いたこの人が悪いからこの人を謝らせることが大事みたいなね。この人が謝ったらしょうがないわみたいな感じで話を終わらせるみたいなところで、実際の解決になってないわけですよね。

三上:そうですね。また同じことがきたら同じですもんね。

吉村:そうですね。だから何が問題なのかっていうことを考えるときに、何が悪いかとか誰が悪いかって考えちゃうと抽象度が下がってしまうために、また似たような場面で同じような問題が起きたときの対処ができないし、

実際の本当の問題の本質が分かってないから、次にまた似たようなことが起きにくいように予防策を立てていくっていうことができなくなっちゃうんですね。

だからまずは良い悪いっていうのをジャッジの目で見るのを一旦止めて、どうしたらこれが解決するだろうとかどうしたらこのことがまた起きないようになるかっていうことを考えて、それを実行したほうがいいっていう話があるわけですね。

三上:確かに。やっぱりこういううまくいかなかったことは、やっぱり氣づきのチャンスですね。

吉村:そうですね。そうするとそこでちゃんと氣づいて実際に何が起きてたのかっていうのを少しちょっと抽象度を上げてみることができれば、その問題が起きたときに対処できるようになるっていうことも一つそういう成長もあるし、

あとそういう問題が起きにくいように前もってそれを予防しておくことができるっていうそういう成長もできるわけですよね。

三上:うん。

吉村:それがまず一つこの出来事から成長できるっていう側面があって、そしてさらに先に目を向けると、これは本当にちょっとその時になってみないとわからないことではあるけど、

例えば転んだからたまたま自分の視点が床に近いところにいきましたっていうことがあって、それでそのときに立ち上がろうと思ってパッと顔を前に向けたら、無くしたと思っていたアクセサリーがタンスの隅っこにあるのが目に入って、

「ここにあったんだ。」って言って見つけることができたってなったら、これって転んだっていう現象があったからそれが見つかったってことになるわけですよね。

これが本当の意味での転んでもただで起きないみたいな話になるわけですよ。一般的には転んでもただで起きないっていうのは、さっきお話ししたようなそのことから成長できますよねっていう話なんですけど、

三上:うん。

吉村:でも成長するっていうそこから成長できるよねっていう話の先には、本当にちょっとシンクロニシティとかね、普通の理屈で考えるとつながってないようなことなんだけど、それがあったために次の何かにつながってるっていうことに、

実はどっかで今回ちょっと失敗したんだけど後々になって振り返ってみたら、あの時失敗してたからこの時に助かったんだなみたいなことが出てくる可能性ってすごく実はあるんですよ。これはその場になってみないとわからないから。

三上:うん。

吉村:だからちょっと今それに向けて何かするとかっていうことはできないんですけど。でも実際僕は自分の人生振り返ってみると、例えば大学の学部の選び方とか選んだ授業とかであの授業って何の役にも立たなかったなって、時間無駄だったよなて思ってた授業がいくつかあったんですけど、

でも実際に何回か、例えば僕は大学卒業してから一応ちょっと短い間就職してそれからお芝居をやるようになって、お芝居も台本のあるお芝居からインプロといって即興でやるお芝居の方にいって、

そこから心理学の方にいってそれでエネルギーワークの方に来たっていう、色んなところを遠回りしながら僕の仕事にたどり着いたんですけど、

でもその間ずっと大学で受けた、しかも最後までやり通せなくて途中で辞めちゃった授業があるんですけど、でもその授業で習った内容っていうのは全く本当に何の役に立ってなかったなって思ってたんだけど、今の仕事をするようになったときにあのとき習ったあれってここで使えるんだっていうことが出てきたわけですよ。

三上:うん。

吉村:だからすごいその間って、結構普通に20年とか間が空いてあれってこういうことだったんだっていうふうになってるから、本当にそのときにうまくいかなかったなってことが後でどういう糧になるかって本当にわかんないんですよね。

三上:そうですね。

吉村:だからちょっと何かあれうまくいかなかったなって思ったとしても、後々になって何か役に立つこともあるかもしれないしみたいなぐらいに軽く考えておいて、とにかくじゃあ今ここから何をするのが最善だろうかっていうところに集中していったほうが、

新たな余計なブロックを作り出さないで済むし、多分自分の人生をどうより良いものにしていくかっていうところには効果が高いんじゃないかなと思いますね。

三上:そうですね。今のお話聞いて本当に考え方というか感じ方一つで違うなって、向かってる先が違うなって思いながら私も聞いてました。

吉村:そうですね。だから本当にそのときにこれ何の役に立つんだろうみたいな、学校の勉強なんかも本当に大人になってから何も役に立たないじゃんみたいなことが本当に多いじゃないですか、小中学校の勉強とか。

三上:確かに。

吉村:そういうのは全部ほぼほぼ忘れてるけど、でも小中学校のときの例えばクラスメイトとの関係性だったりとか先生との関係性で、僕は結構いじめられたりとか結構きつい目にあってたりもしたんですけど、

でもそれがあったからそういうことで苦しんでる人たちをどういうふうにしたらより良い状態にできるだろうかみたいなことを考えていった結果今の僕の仕事ができるようになってるから、ということはああいう辛かった出来事がなかったらこの仕事してないかもしれないですよね。

三上:そうですね。

吉村:そうすると僕がこういう天職に出会えたっていうのも幼少期に辛い思いをしてたからっていうことになるから、もし例えば過去を編集できるような技術が今後できたとして、

「じゃあ、あれ無かったことにしよう。」って言って無かったことにしちゃったら、今の僕は多分実際の今の僕よりも薄っぺらい人になってしまうんじゃないかっていう氣がしますよね。

三上:そうですね。何事にも意味はあるっていう感じですもんね。

吉村:そうですね。そこに肯定的な意味をつけられるかどうかっていうのは結局自分の意味付け次第なんで、そういう心持ちで色々と人生を見てみるとまた違って見えてくるんじゃないですかね。

三上:すごい、学びというか素敵な時間だった。心がほっこりしました。

吉村:よかったです。

三上:今日のテーマ「うまくいかなかったことに隠されたギフト」をテーマにお伝えしました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

381.1人でいる事

「1人でいるのがラク」なのは悪いことじゃない、バランスが大切、吉村さんのお考えを伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマ、これよく私も分かる氣がします。「一人でいるのが楽なのは悪いことじゃない」こちらを取り上げていきたいと思いますが、吉村さんどうですか?一人の時間は結構多い氣がするんですけど、どうですか?

吉村:僕はそうですね。僕は自分のことは一種の明るい引きこもりだと思っているんで、あんまりみんなで集まってワイワイとかっていうのはそんなに必要じゃないほうなんですよね。

三上:うん。

吉村:ただ人に会うのが嫌とか怖いとかっていうわけでもないんで、別に出かけて行きたいときは出かけてきますし聞きたい講演とかあれば行くし、それで懇親会とかあれば懇親会も参加してとか普通に飲み会とかも元々すごい好きでよく参加してたほうではあるんですけど、

ただやっぱり一人でいる時間っていうのはすごく僕にとってはすごい必要な感じなんで、意識的に一人でいる時間っていうのは昔から作っていたわけですよね。

最近は自分で好きなペースで仕事ができるようにだいぶんなってきたんで、基本一人でいてそれでお呼ばれしたときとかに顔を出すとか、自分が聞きたい話を聞きたい講演とかがあったらそれに行くとか、そういうような感じで自分でもう完全に選べるようになってるっていうのがだいぶん快適な感じにはなってますね。

三上:私も一人は個人的に好きなんですけど、一人すぎると苦しいですね。

吉村:そこって結構バランスだと思うんですよ。

三上:うんうんうんうん。

吉村:僕が一人の時間が必要っていうのは、結局僕が好む事柄って例えば昔から本読むのが好きだったんですよ。本って言っても小説なんですけど、僕の場合は。

小説以外の本はちょっと読むのが苦手なんであんまり読まないんですけど、物語になってるものとかが好きだから小説とか漫画とかをすごくよく読んでたんですけど、そうすると漫画とか小説ってだいたい一人で読むものじゃないですか。

三上:はい。

吉村:だから一人で読んで読み終わってから同じのを読んだ人と感想を言い合うとか、例えば子供の頃とかは友達が家に遊びに来たら一緒に漫画を読むんだけど、ちょっとずらして読めば読み終わってから読んだやつを友達に回してみたいな感じで、次の巻を読んでみたいな。

読み終わってそっちはもう終わったとかまだ読んでるとか、じゃあしょうがないな、違うの読むかみたいな。結構友達と一緒にいるんだけどあんまり喋らないで黙々と漫画を読んでるみたいな遊び方をしてた時期もあったなと、ちょっとふと思い出したんですけど。

何にしても一人でインプットする時間っていうのが必要だったわけですね、僕にとっては。だから一人の時間っていうのは結構大事にしてきたんですけど、

それのおかげで色々と引き出しが多くなったっていうのは後の人生にすごく役立ってきたんで、自分が好きだったことと役に立つことっていうのがちゃんと一致してたっていうかね。

三上:うんうん。

吉村:だから意識的に一人の時間っていうのを作ってきたっていうのは、僕にとってはすごくうまく機能してきた感じはしますね。

ただそれも人によって特性が違うから、ワイワイする時間、みんなと一緒にいる時間のほうが比重が大きいって人も全然いると思うんですけど、

そういう人だって別にトイレに行ったりとかお風呂入ったりするときは一人になってるわけだし、極論言ったら大体死ぬときはみんな一人じゃないですか。同じ飛行機に乗って一緒に死んだとしても多分みんな一人ですよね。

三上:確かに。一人ですね。

吉村:だからそういう意味では、一人でいる時間と人と一緒にいる時間っていうのは多分役割が違うって話だと思うんですよ。

寝てる時間と起きてる時間っていうのも別にどっちが正しいとかじゃないじゃないですか。寝てる時間っていうのは寝てる時間の役割があって、起きてる時間は起きてる時間の役割があるっていう話で、

だから一人でいるのと人と一緒にいるのっていうのは、どっちが正しいとかどっちの方が優れてるみたいな話になっちゃうと議論としておかしいと思うんですよね。

それって右手と左手どっちが大事ですかみたいなこと言ってるのとあんまり変わらない氣がしていて、いや両方大事じゃんみたいな話なんですよ。

三上:そうですね。

吉村:怪我とかして片方しか使えなくなっちゃったことはもちろんあると思うんですけど、でもそれも結局のところ本当は両方あった方がいいけど、やむを得ず片方で何とかする方法を身につけていくって話だと思うんで、この場合はちょっとそういう話じゃないわけですよね。

だから一人の時間は一人の時間の役割があり、人といる時間っていうのも要は結局一人じゃできないことっていうのは僕たち人間にはすごいいっぱいあるわけですよね。

だからどうしても人と協力し合ったほうが効率がいいっていうことがいっぱいあるから、それをやるにあたってはコミュニケーションが必要になるし、コミュニケーションってコミュニケーションを普段とってない人がいきなりコミュニケーション取ろうってしてもうまくいかないから、練習が必要なわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:だから多分例えば子供の頃に学校に行ったりして、学校の勉強とかつまんねえな、こんなの何の役に立つんだって思っているかたも結構いるんじゃないかと思うんですけど、

でもそこって学校の勉強だけじゃなくて、要は同年代っていうだけの理由で集められた全然特性とか興味関心とかの方向が全く違う人たちが、ごちゃっと集められたところでうまくコミュニケーションを取って世渡りをしていくみたいなことを学ぶ場でもあると思うんですよ。

もちろんそこで苦しいことになっちゃう人たちもいっぱいいると思うんですけどね。僕も小学校の時ひどいいじめにあったりして結構つらい思いとかしたんですけど、でもそこで結構学んだことが、学んだっていうのかな?その時の経験が結局今すごく活きていることもいっぱいあるから、

その時つらかったとしても、それを転んでもただでは起きないみたいな感じでいい方向で使えるのかどうかっていうところになるとやっぱりその人次第なわけじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:人と一緒にいて一人の時間が全く取れないとなったら、僕は結構きついと思うんですよね。だけどバランスが大事だってことはわかってるから、人とコミュニケーション力をつけるみたいなことっていうのを僕は自分でやってきたわけですよ。

それは演劇をやったりとかね。コミュニケーション力をつけてきて、その頃は言ってみたらある種の修行みたいな感じでやってた部分もあるんですよ。

僕自身はいじめられてた経験とかがあったから、人に対して警戒心とかもすごく強かったし自分がいじめられる立場にならないようにするためには何が必要かみたいなのを考えた時に、よし、周りにちゃんと溶け込もうみたいなことを考えて。

アメリカに行ってガラッと環境が変わったからっていうのもあったんですけど、そこは僕はタイミングにすごく恵まれてたなと思うんですけど、

でもまたいじめられて警戒しながらビクビクしながら生きていく人生になるのは嫌だから、ここで一つ周りのみんなと溶け込んで同じようなうまく擬態できればその不安はなくなるんじゃないかとかって試行錯誤をしたわけですよね。

三上:うん。

吉村:それがそのうちにだんだん疲れてきちゃったから、やっぱり日本に帰ってきて日本はいいなと思うようになったんですけど、色んな状況下で試行錯誤をするっていうきっかけになったわけですよね。

これが結構僕にとってはすごくいい学びになったなと思って。だから今も基本一人でいる時間を楽しんでるけど何か人と一緒にやらなきゃいけないことがあるときに別に人が怖いわけでもないから、すぐにコミュニケーションとって、仕事とかもちゃんと今は結構チームで動いて仕事もできてるし、

何か新しい学びを得たいとか、新しいことをするために人脈を広げたいとかっていうときもそこに出ていくこともできるようになってるんで、バランスが取れる状態に僕はなってるから。

あとは皆さんが自分は7:3の割合で人といる方がいいかなとか、僕みたいにほぼほぼ9:1ぐらいで9割一人でいる時間とかね。

三上:うん。

吉村:あとはね、僕は結構家族と一緒にいるのが好きなんで、一人って言っても家族と一緒にいる時間って言ったら完全に一人ではないし。だからその辺は自分で居心地がいいバランスを自分で見つけて、それでちゃんと食べていけるように仕事の仕方を自分の居心地のいいやり方に合わせることができたんですよ。

それは自分で事業をやってるアドバンテージですよね。人にどうしても雇われてるとそうもいかないじゃないですか。

三上:そうですよね。

吉村:言われたことをやらなきゃいけないっていうね。だから皆さんそれぞれの現状があるから何が正解とかっていう話、皆さんに共通の正解っていうのはもちろんないんですけど、

でもじゃあご自身にとっては何が一番いい、自分だったらこういうのが一番居心地がいいよなっていうのがもしあるなら、何とかそれを実現できるようにちょっとずつそっちに向かって準備をしていったほうがいいんじゃないかなと僕は思いますよね。

三上:ありがとうございます。今日は「一人でいるのが楽なのは悪いことじゃない」ということで、結構やっぱり一人が嫌っていう方も結構多いと思うんですけど、改めて今日の話を聞くと一人も大切ですよね。

吉村:そうですね。だから何々が嫌だからっていう選び方をしないほうがいいと思いますよ。みんなと一緒にいるのが好きだからその時間を増やしたいと。

だけど別に一人でいる時間は一人でいる時間で別に大丈夫みたいな感じになってれば、あとはその割合を自分で調整すればいい話じゃないですか。

だから僕も別に人といるのは別に怖くもないし嫌でもないんだけど、ただ一人の時間が結構好きだからそっちを増やしてるだけなんですよね。

三上:うん。

吉村:多分自分が好きなほうがよくわかってくれば、そっちが少ないとちょっと不快になってくるんですよ。

だから自分はこれが好きだから人生の中の割合でこれが多いほうが自分は幸せなんだなってことがわかってきたら、やっぱりそっちに自分の人生設計を寄せていくっていうことを画策したほうがいいんじゃないかなと僕は思ってて、それを考える時間って多分一人の時間なんじゃないかなと思うんですよ。

だって自分がどうしたら一番快適かっていうのは他の人に相談してもわかんないじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だから、そうしたら自分が一番快適で暮らせる人生設計を考えてみようっていうのを一人の時間にちょっとやってみるのがおすすめですよね。

三上:一人の時間って一番向き合える時間でもありますからね。

吉村:そうですね。

三上:ということで今日のテーマ「一人でいるのが楽なのは悪いことじゃない」でお届けしました。吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

380.ズレのサイン

生活の中で「ズレ」が起きてるサインの見分け方について吉村さんに伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマ、「生活の中でズレが起きているサインの見分け方」。いや、これは個人的にちょっと氣になりますね。私の最近の例で言うと生活しながら心が痛いとか、しんどいとかがあったときがあって、これは多分私はこの場所に居たくなくて苦しいんだ、ここじゃないんだって思ってました。

吉村:なるほどですね。

三上:これはズレですか?どうなんだろう?ズレってどうなんですか?

吉村:そうですね。一つ何が起きているかっていうところの部分を事実ベースでとらえると、三上さんが現状に対して不快感を持ったってことだと思うんですよね。

三上:そうです。そのとおりです。

吉村:快、不快っていうのは、まずその肉体が生命体として生きていくにあたっては結構重要な指針になるわけですよ。不快な状態をずっとほったらかしにしてたら、例えば野生動物とかだったらもしかしたら死んじゃうかもしれないわけじゃないですか。

三上:確かに。

吉村:例えばどこか具合悪いときとかそこは痛くなるから、だから痛いな おかしいな、じゃあちょっと病院に行って検査してみよう。悪いとこが見つかったから治療を受けて治りましたとかっていう場合、その不快感があったから助かったわけですよね。

三上:そうだね、確かにね。

吉村:不快感があるっていうことに関しては、ちょっと過小評価はしないほうがいいと思うんですよ。何かがうまくいってないってことだと思うんで。

三上:ですよね。

吉村:不快感の種類みたいなものっていうのがあると思うんですよね。言ってみたら、不安とかも不快じゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だけど不安だから一歩踏み出さなかったっていうことが、長い目で見たら後々にはあの時何かやっとけばよかったみたいなことになっちゃったとしたら、不安っていう不快感に従ってしまったためにそれがうまくいってたかもしれないチャンスを逃してしまったっていう話だと思うんですよ。

三上:うんうんうん。

吉村:まず不快感に関しては不安の不快感と、例えば部屋が暑すぎることでの不快感ってなった場合、何となくその不快感の種類が違うのがわかります?

三上:わかります。だいぶん違います。

吉村:部屋が暑すぎるっていうことは、今ここで起きてることじゃないですか。これ今ここで起きてることだから今対処しないと、それで熱中症になっちゃったりとか体がダメージを受けてしまうっていうことに繋がるわけですよね。でも不安って今ここで起きてることじゃないじゃないですか。

三上:そうですね、今じゃないですね。いつからかどこからか始まったことですね。

吉村:不安って多分この先を考えて、うまくいかないことを想定してるから不安になるんですよ。

三上:そうですね、確かに。

吉村:うまくいくって思ってたら不安じゃないじゃないですか。

三上:おぉ、そうですね。これ、でも何で不安が出てくるんでしょうか?うまくいかないと思ってるから不安が出てくるってことですよね。

吉村:そうそうそう。

三上:でもうまくいくっていう氣持ちになるときもあるんですよ。楽しいワクワクする、この方向なんか、っていう感覚の時もあれば、

今回のように仕事のことなんですけど、何か違う、ここじゃない、すっごいウズウズする、しんどいみたいな。色んな染み付いた感じが出てきた感覚があって、これってやっぱりここじゃないっていう意味なのかなみたいな。

吉村:そうですね。ここじゃないっていうのは、言ってみたら今感じてることですよね。

三上:そうですね。確かに確かに。

吉村:だからこの先のことを考えてるわけじゃなくて、今ここが不快なんですよね。だからここじゃないって感じてるわけですよね。

三上:その時に、私はできるって感じたらそう感じないってことですか。

吉村:さっきの不安っていうのは先のことを考えてるじゃないですか。今じゃなくて未来に何かうまくいかないことを想定してるから、だから未来ってうまくいくかもしれないし、いかないかもしれないしっていうところはやってみないと分かんないわけですよね。

三上:確かに。

吉村:例えばあまりにもリスクが多すぎてうまくいかないのが明らかみたいなことだったら、多分これはまずいなって感じると思うんですよね。

三上:うん。

吉村:その場合にある程度どうやってリスクヘッジをするかとか、うまくいかなくなる要因を減らすみたいなことをしていくことはできると思うんですよね。

三上:うんうんうん。

吉村:でも多分うまくいかない可能性をゼロにするっていうのは、そもそも無理なんですよ。と言うことは五分五分だとまだちょっとギャンブルっぽいけど、7割8割うまくいくぐらいのところまで持っていけたら、

あとはその瞬間の集中力だったりとか、そこまでに準備して培った実力が発揮できればうまくいくだろうなみたいなのがあれば、多分うまくいかない可能性が完全にゼロじゃなくても多分大丈夫だろうみたいな感じで前に進めると思うんですよね。

三上:確かにそうですね、なるほど。

吉村:だけどここは私のいるところじゃないんじゃないかって感じてるとしたら、まず今そう感じてるっていう点では、先のことを考えて不安っていうのとはちょっと違うと思うんですよね。

三上:うーん。

吉村:だから何かまずちょっと今の現状に対して不快感を感じてるっていうのがあるっていうのは事実なんで、今度は何に対して自分はその反応してるのかっていうのを見た方がいいんですよ。

三上:うーん、なるほどね。何かその時に多分私が感じたのは、仕事に対する何のために私は仕事をしてどういう感覚でしてる自分が好きだっていうのが自分の中で分かっているつもりなのかがあるんですけど、その感覚じゃなくなってるのかな?

これは私じゃなくてもいいのかなとか。どんどんやってることと、最初のやってることが違ってくる方向性の不愉快とか、やりがいとかっていうところで、ここじゃない、ここ嫌だって感覚ですかね。自分がワクワクした方向で働きたい、自分を発揮したいみたいな。

吉村:それって今の環境でそれがどうしても無理そうだったら、多分環境を変えたほうがいいんですよね。

三上:うーん。

吉村:三上さんが例えばご自身の心持ちとか意識の向ける方向を自分で調整することで、また同じ職場でもワクワクできるように自分で調整できるんだったら、それも一つの方向性としてはありだと思うんですよ。

現状をあまりにも大きくガラッと変えるっていうのはそっちのほうがリスクが高いことだから、現状をそこまで大きく変化させなくても自分の内的な変化で、自分がワクワクできる快適な状態に変化させられるんならそっちを選んだほうが安全なんですけど、でもどうしてもそれが無理なケースもあるわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:例えばやりたいことがあるのに、自分が全然ワクワクしない業務に時間の大半を取られちゃって本当にやりたいことができないとか、自分が大切にしている価値が全くそこでは大切にされてなくて、全然違う価値観を強要されるような力関係が存在するとかってなったら、これって三上さんご自身、自分一人の力で何とかできる話ではなくなってきちゃうわけじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:ってなったら、環境を変えるっていう別の場所に行くっていう選択肢もそこで現れてくると思うんですよね。だからその辺のまず不快感があるっていうところは結構重要なサインなんで、そこで不快だからすぐやめるとかっていうのじゃなくて、

この不快感っていうのが何に対して不快感を感じてるのかって、それは今ここにある事柄に対してなのか、それとも未来のまだ来てないことに対しての不快感なのかっていうので切り分けができるわけですよね。

三上:うん。

吉村:未来に関してだったら要はうまくいかない可能性があって、それが不安の種になってるとかっていうことだったら、じゃあうまくいく可能性を増やすにはどうすればいいかみたいなところで対応が可能だと思うんですよ。

これがリスクが本当に1%でもあったら不安とかってなったら、多分それってちょっとまた今度はセンサーのほうに異常があるってことなんで、そこは何でそこにばっかり意識がいっちゃうのかっていうのを見つけてそこはクリアリングした方が全然手取り早いと思うんですけど。

何かしら多分ブロックが発動してるんでそこをクリアリングするっていう対処方法があるんですけどね。

今度は未来の今この場にはないことに対して反応してるんじゃなくて、もう本当に今ここにある事柄に反応してるんだなってことが分かったら、今度それに対する自分のとらえ方を変えることでその反応をなくすことが可能なのかどうか。

三上:うん。

吉村:これが例えば自分のとらえ方がおかしいからこの反応が出てるんだなって氣づきはあるんだけどどうしてもそれが変えられないってなったら、これもまたブロックなんですよね。だから今度ここはまたそこをクリアリングしていくっていう方法が出てくるんですけど。

でも今度はそうじゃなくて、自分一人の力では環境の要因が変えられないと。ってことはこの環境にいたら私は快適ではいられないんだなってことが分かったら、今度は別の環境に移動するっていう、別の環境を探してそっちに移動するっていうことをする必要があるんですよ。

例えば部屋が暑すぎるなと。ここにエアコンがあるならエアコンで温度下げて快適にすることはできるけど、エアコンないのかと。窓を開けて換気することで少し涼しくなるのかとかね。ダメそうだなってなったらもう違う部屋へ行くしかないじゃないですか。

例えば日光がガンガン入ってて灼熱みたいな感じでカーテンもないとかってなったら、じゃあちょっと日陰のあるところに移動しないとこのままここにいたらそのうち熱中症になるなみたいな感じになったら移動するしかないんですよね。

三上:なるほど。すいません、私の話に今日なっちゃいましたけど。

吉村:一応、なるべくそこから、

三上:テーマにつなげて。

吉村:一般的な話になったんじゃないかと思うんですけどね。

三上:ぜひ私も今ちょっと思いが色んなテーマと合うことがあって話して吉村さんに聞いていただいたんですけど、こういうふうに皆さんからお便りとかあればこうやって吉村さんがまた話してくださいますので、

私のようにちょっとこういうの悩んでるとか、こういうのあったんです、話聞いてほしいんですっていうのがありましたら、ぜひお便りお待ちしております。

吉村:そうですね。クリアリングすると本当に手っ取り早いんですけど、前段階でもちゃんと区別してとらえるだけでもこれが自分のどこから来てるのかっていうのがわかれば、何か変な反応はしてるけどでもこれって本当の自分が反応してるんじゃなくて、何かブロックがどうせ反応してるんだろうなみたいなとらえ方をするだけでも、多分ちょっと見え方とか感じ方が変わってはくると思うんですよね。

そこからやっぱりちゃんとクリアリングしてすっきりしていくっていう方向に持っていけるとさらにもっと楽になってきますし、本当に自分がやりたいことにもっと集中できるようになっていくんで、その辺はまず取っ掛かりの最初の段階として自分の中で起きてることを区別してみてみるっていうのがおすすめですね。

三上:ありがとうございます。何かすごい氣持ちが楽になりました。

吉村:よかったですね。

三上:本日も吉村さんありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

379.心配や不安とうまく付き合えるようになるには

ハンドルネーム ひよこまんじゅうさんからのメッセージを取り上げて、吉村さんからお話伺いました。

 

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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:本日もお便りをご紹介していきたいと思います。ハンドルネーム、ひよこまんじゅうさんから来ています。「いつもお世話になっております。ありがとうございます。アーカイブがたくさんあるので、バックナンバーも聞いて学ばせていただいています。

心配や不安のエネルギーの影響についての質問をさせてください。私の両親はすごく心配性です。私の老後のことまで心配して大丈夫なのかとよく言ってきます。特に父親は先へ先へと心配しすぎる傾向があるので、来世のことまで心配しだすんじゃないかと思うことがあります。

昔からよく両親の心配のエネルギーに押しつぶされそうで苦しくなる感覚があったのですが、心配や不安のエネルギーが相手に与える影響はどのぐらいあるのでしょうか?また、相手からのそういった心配や不安の生霊から身を守る方法などがあればお聞きしたいです。

吉村:うんうんうん。

三上:試しにACTで両親の心配のエネルギーに押しつぶされそうな私がいるなとオーダーしたら、軽くなった時がありました。自分が同じ周波数だから引き寄せている可能性もあるのですが、私自身もつい先のことを考えては悪い妄想が浮かんで心配や不安になりやすいです。

ポッドキャスト252回目で「不安について」のお話をされていたのを聞いて意識を切り替えたり、リスクヘッジを考えたり成功するほうへ意識を向けたらいいんだと頭では分かっていても、どうなったらいい?と自分に問いかけて良いほうの妄想をしようと試みるのもなかなかできないことがあります。

吉村:なるほど。

三上:心配や不安とうまく付き合えるようになりたいと思っています。何かヒントになることがありましたらよろしくお願いいたします。」と来ています。

吉村:はい、なるほどね。親御さんが心配症で大変っていうのはすごくよく耳にするし、僕自身も僕の母とかめちゃめちゃネガティブ思考の人だったんで、すごくこれってあるあるの話じゃないかなって感じがしますよね。

三上:私も同じくですね。

吉村:そうですね。心配って一応相手に悪意があるわけではないというか、むしろ相手のことを思ってるからこそ出てきてしまう感情っていうところもあるんで、心配してくれてるのはありがたいんだけどみたいな部分があるんで、なかなか取り扱いが難しいところはあるんじゃないかなって思うんですけど、

ただ実際には心配って結局相手のことを思ってるっていうのが根底にはあるけど、でも実際にはエネルギー的にはどういったところにフォーカスをしてるかっていうと、悪いことが起きる想定をしてそれを避けようとしてるんですよね。

三上:あぁ。

吉村:これは僕たちの意識って実はものすごい現実創造の力を持ってるわけですよ。なので悪い想定をしてそれを避けようとするっていうことを頭の中でイメージしてると、結局まずは想定してる悪いことを引き寄せる方向に力をかけてしまうんですよ。

三上:うんうんうん。

吉村:だからすごく心配性な人がいつも心配していることがそのまま現実になっちゃうみたいなね。心配したとおりだったみたいなことって、結構経験してる人とか見聞きしてる人とか多いんじゃないかと思うんですけど、

そういう引き寄せとか現実創造をする力を僕たちの意識が持ってるっていう前提で考えると、心配をするっていうことは実は一番起きてほしくないことを引き寄せるっていうことをしてるわけですよ。

三上:逆に。

吉村:もちろん僕たちが生きてる現実って一人の人が全部創ってるわけじゃなくて、色んな人が創り出してる現実の間でのせめぎ合いみたいなものが起きてるから、現実創造の力が強い人がいるとその人が創る現実のほうが現実化しやすかったりするわけですよね。

例えばすごく心配性な人が近くにいて自分はやりたいことがあります。でも近くでそのことをすごく心配してる、失敗したらどうしようとかとんでもないことになっちゃうんじゃないかとかって思ってる人がいるとしたら、ここでエネルギー的にはどっちの現実を引き寄せるかっていう力比べみたいなことが起きてるわけですよね。

三上:うん。

吉村:そうするとやっぱり心配するっていうことは、心配してる対象に対してはマイナスなことをしてるっていうか、その人がやりたいことを邪魔してるみたいなことになっちゃうんですよ。ただ、もちろんその人には悪氣はないからそれで責めてもしょうがない話ではあるんですけど。

なので、まず一つにはそこから影響を受けない自分になったほうがいいってことですね。要は周りの人の現実化、言ってみたら心配をしてる人っていうのは一人で現実化をしてるんじゃなくて、僕が何かやりたいって思いましたっていうのがあって、それがありきのそれが失敗したときのことをイメージしてるっていうことになるんで。

三上:うん。

吉村:だからまず僕とその人が共同で現実を創ろうとした場合には、せめぎ合いが起きるわけですよね。なので僕がこの人と共同で現実を創るのをやめて僕が一人で僕の現実を創ろうってなった場合、その隣で心配してる人の影響は減るんですよ。

近くにいて家族だったりすると全くゼロってことはないんですけど、ただこちらの心持ちとか覚悟みたいな部分でもだいぶん変わるわけですよね。要はすごく影響を受けてるってことは、一緒に現実を創ってるわけなんですよ。

だから、この人と現実を一緒に創るのは一回やめようと。僕は自分で自分の現実を創りますとっていうふうになると、こっちの隣で心配してる人の影響力っていうのはすごくガクッと減るんで、その間に僕が自分の現実を創り出すことができれば、それがうまくいった後に振り返って、ほらうまくいったでしょっていうことも可能になるわけですよね。

三上:うん。

吉村:だから、そこのちょっと心理的な距離みたいな部分でベタってくっついてるところがあるとしたら、一回そこを少し離していくっていうね。別に絶縁しろとかっていう話ではないんですけど、その人が言うことをこっちがあんまり真に受けなくなっていくみたいなね。そのぐらいの距離感にしていくっていうのが効果的だと思うんですよ。

そういう意味ではひよこまんじゅうさんはACT使われてるから、オーダーして両親の心配のエネルギーに押しつぶされそうな私がいるっていうところでのオーダーで、ACTでクリアリングをしたら軽くなったって実際にご自身で試されてうまくいってる部分があるんで、これはすごく方向性としてはいいと思いますよ。

なので「そのときに軽くなったときがありました。」って言うことは、また別のときに重くなってしまったってことなのかと思うんですけど、そのときにもう一回ちょっと良くなったけどまたダメになったからこのやり方はダメだって言うんじゃなくて、実際ちょっと良くなったことがあるってことは変化は起きてるってことなんですよね。

三上:うん。

吉村:今度は次にまた重くなったときに同じオーダーでやってみるっていうのもあるし、今度自分がどこに反応したのかみたいなところをさらに内観してみると、

例えば親御さんのこういうところが嫌だなって思ってる私がいるなとか、あとは何かそういう親の言うことは聞かなきゃいけないって思ってる私がいるなとかっていうことかもしれないし、その辺をちょっと分解していくと、

今の親御さんとの距離が近すぎて自分の一人の現実創造じゃなくて、結局親御さんの影響力が結局ひよこまんじゅうさんの現実の中に侵食してきちゃってるってことなんですよね。

三上:うん。

吉村:そこを何がそうさせてるのかっていうのを見ていってクリアリングをしていくと、親御さんの現実創造が、ひよこまんじゅうさんの現実創造に侵食してこないところまで持っていくことは可能なんじゃないかと思うんですよね。

三上:うん。

吉村:またさらにクリアリングツールを使って親御さんのクリアリングまでしてみるともっと早いとは思うんですけど、ただACTがひよこまんじゅうさんのクリアリングをするときにこのブロックが実は親御さんから受け継いでいるものだった場合、そこまで遡っていって親御さんのクリアリングもACTはできるんで、

親御さんの問題を第三者として見つけてクリアリングするっていうのはACTではできないんで、その場合はクリアリングツールが必要なんですど、ひよこまんじゅうさんの問題の原因が親御さんのブロックだったっていう場合はクリアリングしてくれるんですよ。

三上:うんうんうん。

吉村:親御さんの発言とか態度とかに対してご自身の中で何か反応が起きるとき、また心配してる嫌だな、氣が重くなったわ、ザワザワしてきたわ、イライラしてきたわっていう場合は、ひよこまんじゅうさんが反応してるってことなんですよ。

それはご自身でも書かれてますけど、自分が同じ周波数だから引き寄せてる可能性ってまさにそういうことなんですよね。

どうしてもやっぱりDNAでつながってるんで、同じブロックの影響下にいるケースっていうのはすごく出てくるから、そこで関係性の中で自分が反応してるなっていうところを見つけてそこをクリアリングしていくと、結構な高確率でご自身と親御さんもだんだんスッキリして軽くなっていくっていうことが期待できると思うんで、

ちょっとその方向性でどんどんご自身の反応を見つけてはACTにオーダーしてクリアリングしていくっていうのをやっていくと、ご両親から影響を受けずに自分で自分の現実を創り出せるとこまで持っていけるんじゃないかと思いますね。

三上:ありがとうございます。どうでしょうか?色々なアドバイス、ひよこまんじゅうさん。吉村さんがしてくださいましたけど。多分ヒントがたくさんあったと思うので、親御さんもそうですし話を聞きながらパートナーと色んな関係性であり得ることだなと思いながら私も聞いてました。

吉村:そうですね。パートナーはDNA的なつながりは通常ないですけど、近くにいるっていうことでお互いにやっぱりすごく影響し合ってるっていうところではあるんで、やっぱりそこでパートナーの人がお互い様ではあるんですけど、やっぱりそれぞれの幸せってそれぞれでしか創ることができないから、相手に協力することはできるけど相手の幸せをこっちで創ることはできないんですよね。

三上:そうですよね。

吉村:ってなると、要はそれぞれがちゃんと自分で幸せな人生っていう現実創造ができるような空きスペースをお互いに持っておくっていうのは大事なんですよね。

三上:そうですよね。本当にそう思いました。自分の幸せはやっぱり自分でね。

吉村:そうなんですよ。だから家庭とかっていう3次元的なものに関しては、言ってみたら共同で協力し合いながら事業をしてるみたいなのに近い感じなんで、そういう形の部分を一緒に創りましょうっていうことは協力し合ってできると思うんですよ。

ただそれも結局家庭を持つことでどういう幸せを自分が手に入れるかってとこまでいくと、やっぱりそれぞれ別のものになっちゃうんですよね。

三上:うん。

吉村:結局その幸せっていうところまでいくと、やっぱりその人のバリューフォーミュラに沿った生き方っていうところになっちゃうんで、

だから別々のバリューフォーミュラを持った人でも、この一つの同じ家庭の中の違う側面を切り取って自分のバリューフォーミュラに合わせていけばそれぞれが幸せになれるんですけど、でも同じ幸せを一緒に創るとか一緒に手に入れるってことはこれはもう無理なんですよね、そもそもが。

だから同じ家庭の中で別々の幸せをそれぞれ見つけていくみたいな作業になるんですよ。パートナーの場合もね。それはやっぱり親子でも一緒なんですよね。

どうしても子供が小さいうちは親が看護しなきゃいけないみたいな部分があるから、育てていく段階では親の現実創造の庇護(ひご)のもとで子供が育っていくっていうのはあるんですけど。

三上:そうですね。

吉村:でもそれはあくまでも子供が自分で自分の現実を創造できるように育っていく間に親が守ってるっていうような関係性なんで、やっぱり大人になったら完全に対等な立場でそれぞれが自分の幸せな人生を自分で創っていくっていう立場にならないと、本当に共依存みたいなしんどい状態になっちゃうんで、

やっぱりそこはちゃんとお互いに自立して自分の幸せな人生は自分で創っていくっていう、この現実創造を自分の責任でやっていくっていうのは大事ですよね。

三上:ひよこまんじゅうさん以外の方にもたくさんの方にも、すごい色んな言葉が響いた時間だったのではないでしょうか。と言うことで、ひよこまんじゅうさんからのご感想もお待ちしております。吉村さん、本日はありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。