誰にも頼らないことが自立ではない。
支え合いながら、自分を見失わない在り方を考えます。
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三上:はい。皆さんこんにちは。こころメンテナンス本日もアシスタント三上恵と氣功ヒーラーの
吉村:吉村竜児です。
三上:はい。吉村さん本日もよろしくお願いします。
吉村:よろしくお願いします。
三上:今日のテーマ「依存しないで1人で生きること」。はい。
吉村:はい。
三上:こちらで取り上げていきたいと思います。
吉村:はい。
三上:やっぱり「自立」って大切ってよく聞いたりもしますけど、
吉村:はいはい。
三上:その中でやっぱ自立すると「人に頼らないで全部自分で頑張る」みたいな、
吉村:うーん、なるほどね。
三上:っていうイメージがある方。昔の私はそうでした。
吉村:なるほど、はい。
三上:「がむしゃらに自分で頑張って誰にも頼らない。自立してるって素敵でしょ?」ってちょっと思ってたタイプなんですけど、
吉村:はい。
三上:やっぱり1人ではね、世の中生きていくのは難しいって思うんです。吉村さんいかがでしょうか?
吉村:そうですね。「人」っていうものがそもそも、1人で全部生きられるような設計になってないと思うんですよね。
三上:うん。
吉村:よく言うじゃないすか。人間って「人の間」って書いて人間って読むからね。そういう関係性も含めて人間なのであるみたいなね。
三上:うん。
吉村:1人で何でもできる存在としてそもそも設計されてたら、社会を作って生きる必要もないからね。群れない動物とかいるじゃないすか。ネコ科の動物とか大概群れないし。
三上:うん。
吉村:だから別にそういう生き方だって、野生動物として生きる生き方、色んな生き方の中には、本当に群れを作らずにほぼほぼ自力で何でもやってくみたいな、そういう生き方も可能なわけですよね。
三上:うん、そうですね。
吉村:だけど人間は、社会を作って生きてきたっていうのは、結局1人じゃ生きられないようになってるから、だからお互い助け合って生きることで生き延びてきたわけですよね。
三上:うん。
吉村:だからここの「自立と依存」っていう話になってくると、「お互い様」みたいなものがあるかどうかっていうところに違いがあるんじゃないかなと、僕は思ってるんですよね。
三上:お互い様だよね。
吉村:そうそうそう。だから「持ちつ持たれつ」みたいなところは、ある程度お互いが納得ができてて、フェアな関係性みたいになってたら、これって多分依存っていうのとはちょっと違うなと思ってて。
三上:うん。
吉村:僕以前、NLPって心理学の勉強してたんで、そこのNLPの学校で僕が習ったのはね、「依存」という言葉と「共依存」って言葉があるじゃないですか。
三上:はい。
吉村:お互いに依存し合ってて、共依存関係になってる人たちが、言ってみたら機能不全な関係性になりやすいとかっていうのは、結構心理学とかの世界ではよく言われてるんですよね。
例えば毒親に育てられてセルフイメージがすごく、自己肯定感の低い人になってしまって、親に経済的にずっと依存しきっちゃって、あんまり自立できないような人になっちゃってるとかね。
例えば、ひきこもりになっちゃったとか。でも親の方はすごく、例えば支配的だったり、過干渉だったりとかって、こういうような関係性で。実は子供は、経済的に精神的に親に依存してるけど、親は「この駄目な子供を世話してる私」、みたいなところで自分の自我を保ってるみたいなので、お互いに依存し合ってるからこれは共依存関係で、これが言ってみたら、そういう苦しい関係性になるんですよ、みたいな話っていうのは結構心理学の文献とか見てるとよく出てくるんですよ。
そうすると、共依存よくないから、やっぱ自立した方がいいよね、って話になってくるんですけど。じゃあ本当に自立して、群れを作らない動物のように1人で全て完結させて生きていくことは可能なのであろうか?って言ったら、これも無理なんですよね。自分の食べ物全部自分で作れるのかって言ったら、そんなことないじゃないですか。
だからね、仕事をしてお金稼いで自分の食べ物を買うとかっていうのもこの、仕事をしてお金を作り出すっていう、この行為だって自分でやってるんじゃなくて、例えば誰かの役に立つことをやって、その感謝をお金としていただく、みたいなことをしてるわけですよね。そうすると、例えばどこかに就職するってなるとね、そこの会社の言ってみたらオーナーとか社長とかがいて、その人に貢献するとかね。そこの商品サービスを利用してくれるお客さんに貢献して、そのお客さんたちがお金払ってくれるわけですけど、そのお客さんたちっていうのも、結局自分でできないことを誰かに頼んでお金を払ってお願いするから、それでビジネスが成り立って、とかってなると、もうみんなお互い様で助け合いが循環しているから、誰1人として完全に自立してる人いないんですよね。
三上:そうですね。そうだ。確かに、うん。
吉村:そうすると、ここでなんでそれが、これがちゃんと「機能不全じゃない形の人たち」と「機能不全の人たち」に差が出るのかっていうところでは、結局僕たちがよくね、「この人依存的で困るよね」とか、
三上:うん。
吉村:「この人たちって共依存だよね」って、依存っていう言葉はネガティブな意味合いで使ってるときっていうのは、関係性がフェアじゃないんですよ。
三上:うん。
吉村:どっちかがどっちかに一方的に依存してるけど、それに対しての「相手に対する見返りがない状態」みたいなことが起きてるんですね。
例えば僕がね、掃除苦手だからハウスクリーニングの人、お掃除屋さん呼んでお掃除してもらう、お掃除屋さん呼んで掃除してもらうじゃないすか。そしたら僕はそのお掃除屋さんが、いくらいくらでやりますよ、とかっていう、その料金表に合わせてお風呂掃除5,000円なんですねって、5,000円ありがとうございますってサービスを提供してもらって、その分の対価としてお金を支払うっていうこの関係性で、ここでその関係性がフェアになってるんですよ。
三上:うん。
吉村:だから一応プラマイゼロっていうか、貸し借りがない状態に、ここでなってるんですよね。だからこの関係性は、ちゃんとそこがお互いが合意して「この仕事に対してこの金額」っていうのを合意のもとその仕事が行われて、その金額が支払われてたら、そしたらここでは関係性がフェアになってるから、これって「やってもらってる」っていう依存もあるけど、でも、お金を払ってもらってるっていう部分も、自分でお金を生み出してなくて、人にサービス提供することで払ってもらってるっていうので依存してるわけじゃないすか。
三上:うんうん。
吉村:お互いに依存してるんだけど、この関係性がフェアだからこれはネガティブな意味合いでの依存とか共依存にならないんですよ。
僕が学んでたNLPの学校では、これを「相互依存」っていう言葉で表現してたんすね。
三上:うん。
吉村:だから、そうそう共依存じゃなくて相互依存っていうのは、要は自分たちは別にこれ、「相手に頼り切らなくても自分で立ってられますよ」っていうのがあって。だけどそのときにお互いちゃんと自分で立ってるんだけどその関係性の中で、何かをお互いにやってあげました、ありがとうございます。自分はこっちが、これ得意だからこれをあなたの代わりに、これやってあげますよ。ありがとうございます。みたいな貢献、両者のバランスがとれてる状態。
三上:うんうんうん。
吉村:だからこれって要は「相手に頼る」っていうことは、相手に寄りかかって、のしかかってる状態じゃないすか。
三上:はい。
吉村:自分の力じゃ立てないから、のしかかってるんですよね。そうするとのしかかられてる方は、もうそれでのしかかられてる方にずっと負荷がかかり続けるわけですよ。
三上:うん。
吉村:これはだから共依存だと、お互いに寄りかかろうとしてるんだけど、自分で立てない人たちがお互いに寄りかかろうとしてるから、もうグラグラな状態になるんすよね。これがしんどい状態になるんすよ。
三上:うん。
吉村:例えば僕も自分で掃除するの苦手だけど、全くできないわけでもないから、お金払う余裕がないときは自分でやろうと。でも、お金払えるから人に頼むか、みたいなね。だから別に完全にお掃除屋さんに、僕はいつも常に寄りかかって、もう何かあるたびにいつも来てもらって、やってもらってて、それに対してお金も払ってないとかって関係じゃないじゃないですか。
三上:うんうん、確かにね。
吉村:ね、むしろこのお掃除屋さんだって僕だけが金づるじゃなくて、お掃除するっていう能力使って他の人を相手にもサービス提供すればお金入ってくるけど、でもね、たまたま僕が依頼したから僕のところの掃除してくれるっていう、そういう関係性だから、お互いに対して寄りかかってないわけですよね。
三上:うん。
吉村:自力で立ってる同士が、この件に関してこんだけの金額でお願いします。ありがとうございます。って言って、それでサービスとその対価交換が行われて、それで終わったらまたお互い別に自力で立ってる状態ってなったら、これって別に「掃除苦手な人がしてもらってる」っていう、この部分だけ切り取れば依存してるってことにはなるんだけど、でも別にね、他の選択肢もあるとか、あとはそれに対してちゃんと感謝の、感謝の心を持って、例えばそれは、それを対価を支払うとか、あるいは物々交換をするとか、代わりにバーターでこうね、価値を交換するとかって色んな方法があるわけですよね。
三上:うん。
吉村:だから僕はね、お米を自分で育ててね、収穫をすることはできないですけど。でもそれをやってくれてる人たちがいて、それを商売で売ってる人たちがいるからそのおかげで、僕はお金さえ払えば美味しいお米が食べられるわけですよね。
三上:うん、そうですね。確かに。そう。なんか改めて、今日、そうだね。はい、どうぞ。
吉村:そうそうそう。だから結構ね、そこってやっぱり関係性が悪くなってしまう依存っていうのは結構、自分で立てない人が人に頼ると、そうすると感謝がなくなるんですよ。
なぜかというと、人は誰でも「生きている権利」を有してるわけじゃないすか。
三上:はい。
吉村:だから自分が生きてるってことに関しては、もう当然のものとして受け取りやすいわけですよね。
三上:うん。
吉村:自分の力で生きられない人っていうのは、誰かにそこを補ってもらって生きるしかないって状態になったら、その状態がその人にとって当たり前になっちゃうからそこに感謝が生まれないんですよ。
三上:うんうん。
吉村:だけど自分の力で生きてる人が、誰かに何かしてもらったら、それって自分の力で生きてるっていうのが当たり前の状態に、誰かに何かを補ってもらうっていう「プラス」になるから、そうするとそのプラスの分が感謝が生まれるんですよね。
三上:うん、なるほどね。いやでも改めて、自立とか依存とかって深く考えたことなかったんですけど、すごいわかりやすく吉村さんが説明してくださったので、誰かに頼ることって改めて悪くないなっていう気持ちが、うん。
吉村:そうですね。だからしっかりね、感謝することとか、
三上:うん。
吉村:あとはね、だからその分「自分は何を提供できてるのか」。それって、僕たちせっかく社会作って生きてるから、何か恩恵を受け取った相手に直接返すだけじゃなくて、その受け取ったものをまた誰か別の人に送る恩返しじゃなくて「恩送り」みたいなね、ことをしていくことで「貢献と感謝」が社会の中をぐるぐるぐると循環していって、それで結局自分が提供した分、何か別の形で受け取れて、そこがちゃんとフェアな形でバランスが取れてますよってなったら、多分この社会全体が言ってみたら相互依存状態になるんじゃないかなと思いますよね。
三上:すごいわかりやすく。多分今から自立に向けて頑張ってる人って、イメージしづらかったと思います。
吉村:うんうんうん。
三上:今日のお話聞いて、多分自立ってこういうことなんだなとか、改めて皆さんも見直すきっかけになっていただきたいなというお話でした。
はい。吉村さん本日はありがとうございました。
吉村:ありがとうございました。
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