435.片付けると心がスッキリする理由

片付けができるから心も整理できる…
そんな単純な話ではないけれど、空間が整うと気持ちがふっと軽くなる瞬間は誰にでもあります。
今回は、“無理のない片付け” がもたらす心の変化について、ゆるくお話しします。

 
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三上:はい。皆さんこんにちは。こころメンテナンス本日もアシスタント三上恵と氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい。さあ、そろそろ今年も1ヶ月ちょっとということで、年末大掃除とかね、まだ先ですけど進めていくと思うんですが。
今日は「片付けると心がスッキリする」ってよく聞きますよね。気持ちがスッキリする。
ちょっとその言葉に私は違和感というか、という風に思ったので、これを今日のテーマに持ってきたんですが。

吉村:うん。

三上:基本、私、片付けが少し苦手なんですよ。もちろん、綺麗な方が良いんですけど、苦手な方で。
でも、心とか仕事に関しての整理ができてないかというと、そうでもないのかなって自分で思ってるんですよ。

吉村:うん。

三上:なので、片付けると気持ちも整理整頓できて、仕事もスムーズにいくよ、ってそれもそういう人もいると思うんですけど、うーん・・ていうので。吉村さん、どうなんですかね、と思って。

吉村:なるほどですね。

三上:はい。

吉村:はい。僕自身も片付けはすごく苦手なんで、家の中とか机周りとか、すぐごちゃごちゃになってしまいやすいんですね。

三上:うん。

吉村:だから多分、僕、今の奥さんと一緒に暮らしてなかったら、家の中も本当に結構大変なことになってたんじゃないかなと思うんですけど。うちの奥さんがそこまですごい整理整頓が得意ですってわけでもないけど、ひとまず最低限の片付けというか整理整頓はする方なんですね。

三上:うん。

吉村:なので、僕の場合は、物を使ったものとかを結構出しっぱなしにしちゃうみたいなことが多いんですよ。
これは、多分、発達障害のある人のあるあるの一つだとは思うんですけど、見えないところにしまっちゃうと、それがあるってことを忘れちゃうんですよね。

三上:見えないところにしまっちゃうと?どういうこと?見えないとこにしまっちゃうと?
ああ!はい。

吉村:うん。例えば、道具を押入れの中とかにしまっちゃうと、それを持ってるということ自体を忘れちゃうんで、そうすると、これ必要だなって言ってまた買っちゃったりするんですよ。

三上:あるある私もすごく。いや、今気づいた。そうそう、三つ同じの持ってたりします。

吉村:そうそうそう。だから、そうすると結局、見えるところにとか、ちょっと掘り返したらすぐ出てくる所、手が届く場所に置いておかないと、繰り返し使うようなものっていうのは本当に「あれ、どこ行っちゃったんだろう」とか、あるいはそもそも持ってることを忘れてまた買っちゃう、みたいなことになりやすいんで。
どうしても、それで僕は結構、手が届くところに置くってなると、その場所も限られてくるんで、そこがどんどんいっぱいになってくっていうことが起きちゃうんすね。

三上:良かった、同じ人がいた。

吉村:僕、うちの娘たちも発達障害があるんで、結構そういう、発達障害を持っている人のライフハックだったり解説の動画とかをちょくちょく見たりするんですよね、動画とか記事とかを。そうすると、結構そういう話があるんで、「僕だけ、うちだけじゃないんだ」みたいな安心感があるっていうのもありますし。
あとは、そういう特性がある人がこういうふうにしとくと、多少うまくやれますよ、みたいなライフハック的なこととかも結構載ってたりするんで、役に立ったりするんですよ。

三上:安心しました、うん。

吉村:はいはい。だから、例えば、もう本当掃除とか苦手だから僕、言われないとほぼやらないんですけど。うちの奥さんが年末が近づいてくると、「とりあえず年明けるまでに絶対ここは綺麗にしてください」とかってちょっと強い圧で言ってくるんで。僕は面倒くさいなと思いながらも、まあ結局綺麗になったらなったで、スッキリして気分が良くなるっていうのは、毎年、一応その経験はしてるから、そういうもんだって頭ではわかってるんです。
ただ、気持ちとして自分からやる気にはなかなかならないけど、「これちゃんとやっといてくださいよ」と言われると、しょうがないなって言って、やる。やるわけですよ。
やって綺麗になると、綺麗になった、スッキリした、やって良かったって思うんですね。

三上:うん。わかります。私も同じく腰が重いというか。

吉村:そうそう。だから、そこに関しては、僕、自分は苦手だけど、そういうふうに言ってくれる人が近くにいて良かったな、みたいな感じで受け取ってるんですね。

三上:いいですね。

吉村:だから多分、三上さんが、例えばあっちこっちで言われている「整理整頓ができない人は頭の中の整理整頓もできない」とかっていう言い分に対して違和感を感じるのは、実はこれって結構巧妙な意識のトリックが含まれていてですね。
整理整頓してスッキリすると頭もスッキリして気持ちいいですよとかね、気分もスッキリしますよっていうのと、整理整頓ができてない人、できない人は頭の中もスッキリ整理ができてないんですっていうのは、一見同じことを言っているようで、違うんですよ。

三上:ちょっと待ってください、もう1回言ってください。

吉村:整理整頓をすると、

三上:はい。

吉村:頭の中もスッキリして気持ちいいですよっていうのと、

三上:うん。

吉村:整理整頓ができない人は頭の中も整理ができてないんですっていうのは、

三上:うん。

吉村:同じことを言ってるように聞こえるけど、実は違うんですね。

三上:違いますね。

吉村:うん、そうそう。だから、物事のどっちの面にフォーカスして話してるかっていうのは違うじゃないですか。

三上:確かに。はい。

吉村:だから、整理整頓をするとスッキリしますよ、っていうのは、その整理整頓してよかったねっていう方のポジティブな側面に意識が向いて、そこについて語ってるわけですよね。

三上:はい。だけど明るい感じがしますね。聞いている方は。

吉村:うん。でも、整理整頓ができない、できてない人は頭の中も整理整頓ができてないんですっていうのは、結局、ネガティブな方にフォーカスしてるんですよね。

三上:うん。ちょっと嫌な気持ちになります。うん。

吉村:ね。うん、そうそう。だから、実はどっち側に意識がフォーカスしてるのかっていうので、エネルギーの状態が変わるんで。ネガティブな方に意識を向けると、そのネガティブなエネルギーが増えちゃうから、結果、より気持ちも落ち込んでくし、ネガティブなエネルギーがネガティブな引き寄せを呼び込んじゃうわけですよね。
そう。しかも、例えば、物事って結構対比で対になってることが多いじゃないですか。足が速いの反対は足が遅いとか、成績、テストの点が良いの反対はテストの点が悪いとか、良いの反対が悪い、高いの反対は低い、みたいに、全部対になってますよね。

三上:なってますね。うん。

吉村:これって実は、何かと比べたときにわかることなんですよ。

三上:確かに。

吉村:対比して比較する対象がないとわからないことなんですよね。
例えば、背が高い人と背が低い人というのは、身長150センチの人と180センチの人を並べて比べたら、180センチの人が背が高い人で、150センチの人は背が低い人になるじゃないですか。

三上:うん。

吉村:でも、身長180センチの人と身長210センチの人を並べたら、210センチの人は背が高い人で、180センチの人は背が低い人になるし。身長130センチの子供と150センチの一般的には平均よりも背が低いと言われるような大人が並んだとしても、130センチの人よりは150センチの人の方が背が高いわけですよね。

三上:うん。そうですね。

吉村:はい。 だから何か比べる対象があって初めてわかることだから。
数値化したときに、実際に例えば数値化したときに、背が低いって言ってるけど、比べてる対象が2mだから、背が低い人って180センチなんだ、結構高いじゃんみたいな話でようやくわかるんですよね。

三上:確かにそうじゃないとね。基準というか。うん。

吉村:そうそう。だから、そういうのがあるから、ついつい「こっちでこうなったら、その反対はこうなるだろう」みたいな感じで、「高いの反対だから低いだろう」みたいな感じで、全部対にしてワンセットで考えがちなんですけど。
でも実際、例えば「整理整頓したらスッキリしますよね」というのと、「整理整頓してないと、人は頭の中も整理整頓されてないです」というのは、そもそも話してる内容が違うんですよね。気持ちがスッキリするの反対がスッキリしないってことなんだとは思うんだけど、頭の中の整理ができてるかできてないかということと、気持ちがスッキリしてるかしてないかというのは、必ずしも対じゃないじゃないですか。

三上:対じゃないですね。

吉村:はい。尚且つ、部屋がスッキリしたら気持ちがスッキリしましたっていうのがあったとしても、部屋が整理整頓されてなかったら頭の中も整理整頓されてないんですっていうところには、あまり根拠というか論理的な繋がりが実はないんですよね。

三上:ないですね。

吉村:だって、部屋を掃除したらスッキリしたっていうのは多分、スッキリした部屋を見て「気持ちいいな」っていってスッキリしてるわけじゃないですか。その人が頭の中が整理されてなくて、すごく混乱して悩みの状態の中で、「どうしたらいいのかよくわからない、うーん」というふうになってる、整理ができてませんって、頭の中が整理できてない状態だったとしますよね。

三上:はい。

吉村:頭の中の整理ができてない状態って、そのことについてぐるぐる考えてるかもしれないから、スッキリしてるかしてないかっていうところで言えば、気持ちはそんなにスッキリしてない可能性はあるけど。でも、それって多分、色々悩みの状態があったりとか、答えが出てないような問題がある状態でも、気分転換してそのことを考えてないときは、気持ち的にスッキリさせることは可能なんですよね。

三上:うん。

吉村:ちょっと悩みごとがあるときにお笑いライブを見たら、すごい楽しい時間が過ごせました、みたいなね。

三上:うん、うん。

吉村:だけど、悩んでることに関してはまだ答えは出てません。答えは出てないけど、楽しかったからとりあえず今はいいや、みたいな感じになりますよね。

三上:なりますね。うん。

吉村:うん。だから多分悩んでますみたいな感じで答えが出てませんっていうときに、例えば部屋の掃除をしたら、部屋がスッキリしたんで気持ちがスッキリしましたってなったら、「部屋の掃除をしたらスッキリしましたね」っていうのは事実だと思うんですけど。

三上:うん。うん。

吉村:でも、例えば、悩んでいる内容が、例えば「今、結婚生活がどうもうまくいってない気がするんで離婚した方がいいのか、それとも今の人ともう少し話し合って関係性を改善していくことを考えた方がいいのか。離婚するとしたら仕事はどうしたらいいのか」とかって考えてるときに、部屋の掃除をしてちょっと気分がスッキリしたとしても、結婚生活どうしようかって問題は別に解決してないわけですよ。

三上:そうですね。してない。うん。

吉村:そう。だから、部屋の掃除をしたら、頭の中まで完全に整理整頓ができましたっていうのが本当だとしたら、そこまで整理できてなきゃおかしいじゃないですか。

三上:うん。

吉村:うん。でも、実際はそうじゃないですよね。気持ちがスッキリしたっていうだけで、別に問題が全部解決したわけじゃないじゃないですか。

三上:ちょっと解決してないです。今の話を聞くと、うん。

吉村:そうですよね。うん。だから、別に部屋の掃除をしようがしまいが、今の頭を悩ませている事柄が片付くかどうかっていうのは、また別の話だと思うんだよね。

三上:そうですね。これを聞くとますますそう感じます。

吉村:ね、はいはい。なので、そこって、多分色んなことをごっちゃにしやすいんですよ、人はね。
例えば、色んな物事の因果関係ってあるじゃないですか。どっちが先なのかっていうのって「これが起きたからこうなる」、例えばAが起きたら次にBが来るっていう因果関係の何かがあったとしますよね。だけど、それってBがあるからAがあるっていうことに必ずしも相関関係があるとは限らないんですよね。

三上:うん。そうですね。

吉村:ね。だから、例えば雨が降っているときに傘をささなかったら、ずぶ濡れになりますよね。

三上:はい。

吉村:ってことは、ずぶ濡れの人がいたら絶対に雨が降っているかって言ったら、そんなことないじゃないですか。

三上:そんなことないです。

吉村:うん。たまたま、誰かが水をこぼして、それがざばってかかっちゃったかもしれないし。

三上:うん。

吉村:めちゃめちゃ汗をかいて、ずぶ濡れになっちゃってるのかもしれないし。

三上:うん。

吉村:ね。だから、そこをごっちゃにすると、濡れてる人がいるから絶対に雨が降ってるんですって言ってるような話になってきちゃうんですよ。

三上:うん。

吉村:ここは結構、色んな健康法みたいなものとか健康食品だったり、あと自己啓発でもよく使われている、意識的にされてるのか、言ってる側も無意識で言っているのかわからないんですけど、「ああすればこうなるよ」っていう話の結構大きなところでは、実は本当は必ずしもこうしたらこうなるとは言えないような事柄でも、例えば、雨の日に傘をさしてなくてずぶ濡れになってる人を見かけましたっていう事実から、「ずぶ濡れの人がいる日は必ず雨が降ってるんです」って言っちゃってるようなことが、実は結構多いんじゃないかなと思ってて。

三上:なるほど、わかりやすいです。うんうんうん。

吉村:うん、はいはい。なので、確かに「整理整頓したらスッキリする」というのは僕も経験済みで、ほぼほぼ間違いないと思うし、それもわかってるから、ちょっと面倒くさいなと思いながらも、年に1回は奥さんに言われて、しぶしぶ掃除をするみたいなこともやってるんですけど。
でも、それって「整理整頓ができない人は頭の中も整理できてない」という言い分が正しい、ということにはならないと僕は思うんですよね。

三上:確かに私もそう思う。うん。

吉村:はい。結構ね、僕もね、例えばクリアリングっていう手法を開発して、心の問題をクリアリングすることで、心の中の余計なものを掃除すると気持ちもスッキリするし、人生のクオリティも上がりますよっていうことを提唱してるわけですけど。それも結局、本当に気をつけて発言しないと、クリアリングさえすれば、人生全てがうまくいくんです、みたいな受け取り方をされてしまったり、あるいは僕が無意識にそう受け取られてしまうような言い方をしてしまってないかとかね。ってことは、結構気をつけたりしてるんですよ。
ただね、そこら辺って結構ビジネスとしてやってくとなると、売り上げを上げなきゃ、みたいな話になったときに、そういう言い方をした方が飛びついてくる人とかも多かったりすることがあるわけですよ。
だいたいわかりやすい回答みたいなものを求めてしまう傾向は往々にしてあるわけで。そうすると、「絶対良くなります」と断言してしまった方が、「この人がそんなに言うんなら、お金払ってやってみよう」みたいな感じになる人も出てくるわけですけど。
でも、実際にはよくよく考えると、そんな都合のいい安易な考え方で、表面的なイメージだけでワーッと飛びついてしまって、それでお金を払ってみたけど、思ったより効果がなくて「駄目なんだな」となって、また次に別の所で「これさえあれば何でも解決」と見たときに、次はこれだ、みたいな感じでワーッといってしまう、みたいなね。

三上:うん。

吉村:そういうのって、僕自身も、色んなものを学んで研究してくる過程では、例えば色んなヒーリングのワークショップとかにお金を払って、なん種類もいろんなものに参加したりする中では、払ったお金の割に「これ、本当にそこまでの価値があったかな」みたいなものもいっぱい経験しているんですよね。
でも、それはそれでこういうこともあるんだという学びになったので、それはそれで全部無駄とも思わないんですけど。
でも、提供する側の矜持としては、安易な正解に見えるものを提示して、人を煙に巻くようなことはしたくないから、本当に本質を大事にして伝えていきたいなと思っているんですけど。
そうするとね、それはそれでまた伝わりにくいものになってしまう、というジレンマを抱えながら、頑張ってます、みたいなところですかね。

三上:ありがとうございます。 今日のテーマというか、「片付けると心がスッキリする理由って何ですか、どう思いますか」という話から、色々話も膨らんできましたけども。

吉村:そうですね。

三上:一理あるけど、あなたはどう感じるのかというか、見極め方というか。みんな違うよっていう。

吉村:そうですね。だから、本当はAだからBって言ったときに、BだからAっていうのは成立するかどうかっていうのは、実は結構、よく考えると違うかもしれないっていうことが結構あるんで。
そこをちょっと気をつけた方がいいんじゃないかなっていう注意喚起みたいなところですかね。実際に、家の中を掃除してスッキリしたら気持ち良くなるっていうのは事実だと思うんで。

三上:はい。

吉村:せっかく年末で大掃除とか、イベント的なものもあるので、そういうのをうまく活用しつつ。とはいえ、安易なネガティブ訴求みたいなものに乗っからない、リテラシーも育てていけると良いんじゃないかなって感じですかね。

三上:はい。ありがとうございました。はい、わかりやすかったです。
今日も吉村さんありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

434.頑張りすぎが当たり前になっていませんか?

気づかないうちに、自分を追い込み続けてしまうことってありますよね。
今回のテーマでは、“適度に力を抜く”ことの大切さなど吉村さんとお話させて頂きました。

 
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三上:はい、皆さんこんにちは。こころメンテナンス、本日のアシスタント三上恵と氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい。 配信も11月末ということで、今年も残り1ヶ月少しということですが。

吉村:はい。

三上:はい。さあ、今日はですね、テーマというか、自分も頑張りすぎちゃってるなって。
日頃、頑張らないといけない自分を作り出してる自分に気づいてはいるんですけど。

吉村:うん。

三上:だけど動いちゃう自分と、それを例えば人に対して「今日も1日頑張ってね」とか、頑張ってる人にですよ。わかってるのに「頑張ってね」とかって言ってる自分に最近「ハッ!」と思って。
頑張ってる人に「頑張ってね」じゃないなと思って、「今日も1日楽しんでね」とか「やりきったな」とかって言葉に変える自分がいるんですが。

吉村:なるほど。

三上:ね。はい、今日は頑張りすぎが当たり前になっていませんか、皆さんも、っていうことで。

吉村:なるほどね。

三上:はい、話を進めていきたいと思いますが、吉村さんは、ちなみにどうなんですか。お仕事とか日頃のライフスタイルとかでも。

吉村:はい。

三上:頑張らなきゃっていう意欲とかっていうのは、どんな感じなんですか。

吉村:僕は普段からあんまり頑張らなくて済むようなライフスタイルを意図的に目指してるってとこあります。頑張りすぎないで済むように気をつけてるみたいなね。

三上:はい。具体的には。

吉村:そうですね。 ていうのが、でもその「頑張る」って、そのどういうことを頑張るって定義しているのかっていうのも、ここもちょっとね整理しないと、言ってみたら下手すると言葉狩りみたいな話になっちゃうと思うんですよ。
だって自分が、例えばスポーツの試合とかに出るとかね。そんなに真剣なやつじゃなくて、ちょっと友達と遊びでスポーツやったみたいなときに、応援してくれる人とか、例えば僕の順番になったときとかに「頑張ってね」とかって言われたら、「よし頑張ってくる!」みたいな軽い感じでできるものじゃないですか。

三上:うん。確かに。

吉村:ね。だから「頑張ってね」って言葉はあんま使わない方がいいですよ、っていうのは、多分鬱状態の人に「頑張ってね」って言うと、すごく傷つくっていうような話が、ちょっと一時期ネットとかでいっぱい流れていた、そんな記憶があるんですけど。
だから多分、鬱状態の人に「頑張ってね」って言うと、余計に傷つけてしまう。こんなに頑張っているのに、もっと頑張らなきゃいけないのか、みたいなプレッシャーを与えてしまって、そういうのは良くないからカウンセラーの人たちとかは、そういう「頑張ってね」みたいな言葉はすごく気をつけているんですよ、みたいな。
それで、家族で鬱っぽい人に「頑張ってね」とか言っちゃ駄目ですよ、みたいな話が、多分色んな近年、結構似たような記事が繰り返しSNSとかに現れてた時期があったんで、その辺のことなのかなって気がするんですけど。それって要は「頑張ってね」という言葉に問題があるというよりは、その受け取り手がどう受け取るかっていう話だと思うんですよ。

三上:確かに。うん。

吉村:うん。だから心が傷ついている人は言ってみたら、例えば傷口に塩を塗り込むみたいな言葉ってあるじゃないですか。

三上:うん。うん。

吉村:あれって傷口に塩を塗るからすごい痛いわけであって、別に傷ついてない肌に塩を塗っても別に痛くないですよね。

三上:そうですね。

吉村:うん。だから、むしろちょっと垢すりみたいな感じで気持ちいいぐらいかもしれないですよね。だからそれって、塩を塗ることに問題があるんじゃなくて、傷口に塩を塗っているから痛いって話なんで、多分言葉もそんなもんなんですよ。
傷ついてない人だったら、別にそういう受け取り方にはならないような言葉でも、傷ついてる人に投げかけるとすごくプレッシャーになってしまうっていうことになるってなると、あまりその言葉そのものを悪者にするっていうことよりも、どういう状態の人に、どういう意味合いとか、どういう温度感の言葉かけがいいのかとか、そっちの話なんじゃないかなと思ってまして。
だから頑張るってことに関しても、僕、結構好きなことだったら本当に没頭してやるんで、多分そういう様子を傍から見てる人からしたら「吉村さん頑張ってるな」って見えてるんじゃないかなと思うんですよ。
ただ僕の主観としては、全然頑張ってなくて、好きなことやってるから楽しいなって思ってやってるって感じなんですね。

三上:わかります。よく言われます私も。

吉村:ね。だから、好きなことだったら別に時間忘れてやってても、こっちは苦じゃないっていうか、むしろ「やりすぎないようにしてください」って言われる方が、「いや別にやりたいからやってるのに」とか、「そんな時間制限しないでください」ぐらいな勢いなわけですよね。

三上:わかります。

吉村:逆にやりすぎて疲れちゃったなってなったら、多分そこってなにかやりすぎてるんですよきっと。

三上:ああ、ね。

吉村:うん。疲れっていうのも、気持ちいい疲れ方と、げっそりする疲れ方ってあるじゃないですか。

三上:うん。

吉村:だから、疲れること自体が悪いことなんじゃなくて、どういう疲れ方をしてるのかっていうので、実は意味合いとかエネルギーが違うんですよね。

三上:へえ。

吉村:気持ちよく疲れてたら、多分一晩寝たら結構すっきり目が覚めて、それでむしろ以前よりもパワーアップした自分として目覚めるぐらいの感じだと思うんですよね。

三上:うん、うん。

吉村:だけど、疲れてもうしんどい、みたいな、消耗したってなると、ちょっと長めに寝てもどうも疲れが取れてないな、みたいな感じになっちゃって。それを繰り返してると、いわゆる鬱状態とか、病院で診断がついてしまうような状態にだんだんなってしまうわけですよね。

三上:うん。

吉村:なので、頑張ることが良いか悪いかとかっていう話じゃなくて、どういう頑張り方をしてるのか、みたいなね。
でも結局、実際は自分ではそんなに頑張ってるっていう感じはしないんだけど、傍から見てる人からはすごく頑張ってるふうに見えてる、っていうような状態だったら、多分害はないっていうか、むしろプラスの影響があるようなことだと思うんですよ。

三上:うん。

吉村:例えば成長する糧になってたりとかね。なので、だからそこで自分がいくらやってても「いや全然楽しくていくらでもやりたいんですけど」ということだったら、あんまり周りの人が「ちょっと頑張りすぎない方がいいんじゃない?」とかって言ったとしても、「ありがとうね」ぐらいな感じで適当に流して、自分の好きなペースでやってたらいいんじゃないかと思うんですよね。
でも、しんどいなとか、頑張ってるのにどうも成果が得られてないなとか、こんなに頑張ってるのに評価されてないなとか、そういう気持ちになってるとしたら、多分どっかでボタンの掛け違いが起きてるんじゃないかと思うんですよね。
あまり向いてないことを無理してやってるとかかもしれないし、場合によっては自分が頑張ってる割にはそれから得てるものが少ない、みたいな感じになってるんだとしたら、知らないところで人から利用されちゃってるとかっていうことが起きてるかもしれないですよね。

三上:はい。

吉村:例えばね、好きなことで楽しくやってるんだけど、なぜか時給が全然上がらないとか、時間長く働いてるのに残業代もつかないとかっていう状態が続いてたら、多分そのうちに疲弊してくんだと思うんですよね。
だからやっぱりそこって、「自分が価値を生み出しました」「それを誰かが受け取りました」「その感謝がエネルギーとしても、物理的なお金としても感謝が返ってくる」という、そこで循環が生まれてると、
これって愛のエネルギーが循環してる状態なわけですよね。貢献があって、感謝があってっていうこの繰り返しが。
ここが、流れがどっかで止まってたりすると、最初は好きで始めたのにだんだんしんどくなってくる、みたいなことが起きるわけですよね。
例えば、誰かに喜んでもらいたいと思ってやってるのに、その相手がさも当たり前みたいな態度しか取らないとか、全然感謝されてる感じがしないとかってなると、「何のためにやってるんだろう」みたいな気分になってくるわけですよね。
だから、そこら辺の見直しが必要なポイントみたいなのは、どっかで見つかると思うんですよね。自分がやってることが、そもそもあまり好きでもないことを無理してやってるってなったら、それはそこから変えた方がいいと思うし。

三上:うん。

吉村:元々好きだと思って始めたのに、どうもしんどいばっかりで自分にプラスになってる気がしない、搾取されてる気がするみたいな感じだったら、そのシステム的なところに問題があるのかもしれないし。
あとは、もしかしたらその方自身が心が傷ついてたりとか、ブロックがあって、人からの感謝とか愛のエネルギーを受け取れない状態になってたりすると、本当はエネルギーを送ってもらってるんだけど、それを受け取れてないために、こっちは枯渇していく一方、みたいな感じになってしまうわけですよね。
そういう場合は、やっぱりクリアリングが必要だと思うんですよ。

三上:はい。

吉村:なので、自分がやっててしんどいなみたいなそれって違和感があるってことじゃないですか。ここの違和感にちゃんと意識を向けていくっていうね。違和感なくやってて楽しくて、いくらでもできるんですけどって言うんだったら、それって向いてることだったり、天職だったりってことなんじゃないかと思うんで、どんどんやってったら多分さらに成長して、パフォーマンス上げてく、すごくいいチャンス、いい循環ができてると思うんで。
ただそのときに、違和感を感じることがあるんだったら、そこを流しちゃわないで、楽しいから、ちょっと違和感感じるけどこのまま突き進んじゃえってやってると、それがどんどん積もり積もって、だんだん「何かが違う…」みたいなことになってしまいかねないわけですよね。
だから、違和感があったときには、やっぱり見直す必要があるポイントはどこかにあるかもしれないから、ちゃんとそこに目を光らせておこう、というのがありつつの、とにかく自分がワクワクすることに邁進していく流れが作れると、とても幸せな、自分は頑張ってる気は全然ないんだけど、周りからは「すごく頑張ってる」ってふうに評価されるような感じになってくんじゃないかな、と思いますね。

三上:はい、ありがとうございます。まずは違和感を大切に。やっぱり自分が好きなものだったらどんどん前進、というかね。やってても苦にならないですもんね。

吉村:そうですね。

三上:ということで、はい。今日はちょっと「頑張りすぎ」が当たり前になっていませんか、という話をお届けしましたけども、今日の話を聞いて、「どんなかな」と思ってた自分が、最初冒頭で話していたんですけど、「あっ私、好きなことやってるか」っていう気持ちにもなってます。

吉村:よかったですね。

三上:はい、ということで、皆さんも違和感、それから自分が好きなことを楽しんでいますでしょうか、ということで、皆さんからもお便りをお待ちしております。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

433.幸せのハードルを下げる

恋愛って、つい“理想の形”を追いかけてしまう。
でも、本当の幸せって、特別なことよりも、お互いが素直に言い合える“対等な関係”なのかもしれません。

 
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三上:はい。皆さんこんにちは。
こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい。さあ前回は、人と比べることに関してっていうお話がありましたけど、今回はそれに繋がることかなって思います。幸せのハードルについて。

吉村:うん。

三上:昔は、付き合う人の条件、

吉村:うん。

三上:すごい並べてました。

吉村:なるほど。

三上:でも今は並べるよりもその人自体を見て感じようっていう変化がこの10年で、

吉村:うん。

三上:出来上がりました。

吉村:素晴らしいですね。

三上:周りでもいますよね。

吉村:そうですね、結構やっぱりネットの記事とかでも聞きますし、あと周りに婚活の仕事とかされてる方がいるんで話聞くことがあるんですけど、やっぱり出してくる条件が厳しすぎるっていうか、理想が高すぎてなかなか婚活がうまくいかない人が多いっていうことをね、よく聞くんですよ。

三上:うん。それって年収いくらで、こんなで、とかね。

吉村:うん。わざわざ自分でハードル上げちゃってるから、多分なかなか成功しないっていうことになる。繋がってるのかなっていう感じはしますよね。

三上:確かにそうですね。今思えば結構相手に対してのハードルもそうですし。自分に対してもそうですし。

吉村:うん。

三上:結構実は目の前に探せばいっぱいある、気もしますが。

吉村:仏教の話だったかと思うんですけど、足るを知るとかっていう言葉ありますよね。

三上:足るを知る。

吉村:うん。だから、まだ足りない、まだ足りないって思っているときりがないから、今ある、ここにある、これだけでもすごいありがたいことじゃないかみたいなね。

三上:うん。

吉村:その気持ちがあると、もっと幸せになれるよねっていうような話だと思うんですよ。

三上:確かに。

吉村:その一言で片付けちゃうと身も蓋もない話ではあるんですけど。

三上:話が終わっちゃいますね。

吉村:うん。だからそういう意味ではね、仏教はすごいなってよく思うんですけどね。その一言で片づいちゃうよねみたいな、含蓄がすごい含まれてて。
でもね、何でそうなのかとか、そういうようなところを考察していくと、もっとそれが腑に落ちるのかなっていうのは思うんですけど。多分条件を色々と上げてっちゃって、ハードル上げちゃう人たちって一つには、自分を客観視できてないっていうケースが一つあるかと思うんですよね。

三上:客観視ね。

吉村:だから、例えば婚活のお話っていうところだから特にってことはあると思うんですけど。自分がただ受け取る側みたいな、そういう感覚で捉えちゃってるんじゃないかなと思うんですよね。
お金払ってるから、それで一番良い商品を買いたい。みたいな感じで。婚活、結婚相談所にこんだけお金払ってるんだから。だから一番良い商品出してよ。みたいな、そういう感じになっちゃってるんだと思うんですけど。

三上:はい。

吉村:でも実際結婚生活って、二人で力を合わせて生きていきましょうって話になるんだから、それぞれお互いに助け合うとか、力を合わせるっていうことは対等な関係性なわけじゃないすか。

三上:そうですね。それはすごい思う。

吉村:うん。 だからお金払って何か購入するっていうのとは違って、それってあくまでもその紹介してくれた人に対して払ってるだけだから。相手の人は別に商品でも何でもなくて。それって別にね。
要は、自分がこのくらいの条件の人欲しいよねって思ってるのと同じぐらいに、相手も自分に対してそう思う。そういう目でジャッジしてくるっていうことを考えたらね、こっちが年収せめていくら以上の人でないととかって言ってる場合、相手の人もこのぐらいでないと、みたいな条件みたいなの出してくるわけじゃないですか。

三上:うん。そうですね。

吉村:うん。 だからそこって、そこがうまく対等でお互いに、年収このぐらいの人みたいな、年齢はこのぐらいの人とか、そういうのでお互いの条件が合ってれば別にそれでいいと思うんだけど。
年収2000万円以上でないと嫌ですって言っている人は、その相手にいったいどのぐらいの何を提供できるんですかっていう話になっちゃうじゃないですか。

三上:ええ。

吉村:だからね、多分そこがちょっとずれてるんですよ。
相手のことを多分商品みたいに見ちゃってるんじゃないかなって思うのが一つと、あとは自分が提供できる価値がどのぐらいなのかっていう、そこが全然見えてないっていうのが一つあって、うまくいってないっていうケースがあるのかなっていうのはありますよね。

三上:なるほどね。結構グサッてきてる子。いや、私の周りも多いんですよ全然見つからない。

吉村:要はね、こっちがすごい条件いっぱい出してる割には、その自分が相手の条件に対してどうなのかっていうのを考えてないっていうのが一つ、すごい大きいと思うんですけど。

三上:うん。

吉村:次に来るのが、そんなにそこまで条件厳しくしてもしょうがないよねっていうようなところかなと思うんです。
だから、生活してくっていうところで、全然仕事もしてないし収入もありませんみたいな人と一緒になって大丈夫なのかっていうようなところはあるから。その辺の最低限の生きていくために最低限ここは大事だよねみたいなポイントっていうのは多分あると思うんですけど。
だからそこまで無くせとは言わないんですけど、でも世の中の平均値みたいなものがあるわけじゃないですか。だからその辺の中で、最低このぐらいっていうところを決めておけば、そこを下回ってなかったら御の字っていう中で、自分と合うかどうかみたいな中で探したらいいと思うんですけど。
ここの最低ラインをどんどん吊り上げてっちゃったら、どんどんね、要は自分で自分のハードルをバンバン上げちゃってるっていうことになって、そこを超えてくる人もいないし。そのハードルを超えるってことは、その超えた先に何か行きたいとこがあるから超えるわけじゃないですか。
だからそこのハードルを上げて、この相手の人がそれを超えてでもこっちにきたいって思えるだけのものがこっちにあるかどうかみたいな話になってくるわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:はい。 だからそれって自分が自分の人生において、自分がこうありたいみたいなところでも同じことが言えると思うんですよね。だから自分がその行動だったら幸せかみたいなところを、もうそれって本当はその条件じゃないと思うんですよね。

三上:うん。

吉村:自分が幸せだって思える状態であれば、別にそれって年収がいくらかっていうところに反応してるんじゃなくて、自分が幸せかどうかっていうそこに対する反応なわけですよ。
そこって何なのかっていうところで、何度も出てくる話ですけど、こころメンテナンスではこれはバリューフォーミュラで決まってるっていうふうに僕はお伝えしてるわけですよね。
一人一人のバリューフォーミュラっていうのが、もう本当に独自のもので、その人のバリューフォーミュラに沿った生き方をするとその人は幸せになるから。
だからそこは自分のバリューフォーミュラに合わせて人生設計をした方がいいわけですよね。 だから、最低限このぐらいの稼ぎがないと生きていけないよねっていうラインを下回るようだったら困るけど、そこのラインを決めてね。例えば一人の年収でやってくのは大変だけど、二人で両方とも共働きにすればやっていけるかもしれないよね。っていうことになるかもしれないし。
例えば住む場所をちょっと工夫することで、家賃とか生活費を抑え気味にすればやってけるよね。みたいなことをとかっていうのは、また別の話でいろいろ工夫はできると思うんですけど。
でも結局自分のバリューフォーミュラに沿った生き方ができるかどうかっていうことに関しては、言ってみたらそれができないと多分年収がいくら高くても多分幸せにならないんですよね。

三上:ええ。うん。

吉村:うん。

三上:いつまでたっても求めちゃいそうですもんね。

吉村:そうなんですよ。 本当に気をつけないと。多分年収5000万になったら幸せになれると思ったけど、なれないから1億目指すしかないかな。
1億も駄目だから2億目指すしかないかとかってなっちゃうわけですよね。

三上:逃しちゃいますね。いろいろね、うん。

吉村:そうそう。 だからそれって結婚する相手の条件に限らずですけど、自分が例えば1億2億稼げるようになったとしても、それが自分のバリューフォーミュラに沿った生き方になってなかったら多分その人はまだ満足を得られないって感じになっちゃうんですよ。

三上:何のために働いたかわかんなくなっちゃいますよね。

吉村:ね。それは今、日本が全体的にすごい景気が悪くて、年収4~500万円台みたいなのが多分平均値とかって言われてんのかな。
その辺でも多分、バリューフォーミュラに沿った生き方してたら多分幸せ度っていうところでいうとかなり、最低限普通にちゃんと生活ができてて、飢えてませんみたいな感じになってたら、あとは自分のバリューフォーミュラに沿って生きていたら、その人の魂がわくわくしだすんで。多分そこがちゃんとできてたら、そっからまた年収を上げてくっていうことは、全然その次の可能性として開けてくると思うんですよね。

三上:うん、なるほど。やはり自分のバリューフォーミュラを知ってるってすごい良いですね。生きやすい。

吉村:やっぱそこに尽きるんじゃないかなと僕は思っているんで。条件っていうのは、最低限の条件はやっぱりなかなかね、こういう物理の世界で生きてる限りは避けて通れないところはあるとは思うんですよ。

三上:うん。

吉村:でもそれ以上に吊り上げちゃうと、きりがなくなっちゃうし。だから最終的には結局何で選ぶかっていうところで言うと、自分のバリューフォーミュラに沿った生き方ができるかっていうことなんで。
それをお互いの、これもだから結局、僕が自分のバリューフォーミュラに沿って生きたいから、だから僕の奥さんはそれの手伝いをするだけの人とかって考えてたら無理なんですよね。

三上:そうですね。

吉村:僕の奥さんで、本人のバリューフォーミュラに沿った生き方をしてるのが一番幸せだから、だからそこは言ってみたら僕ができることは、それをなるべく邪魔せずに、できるところがあれば協力するっていうことだし。
僕が自分の責任で自分が幸せに生きていくってことに関しても、うちの奥さんがそれの邪魔をしないでくれて、尚且つ余裕があるところでは協力してくれるっていうその関係性でいたらね。お互いが別々の事をやっていても、多分幸せに生きることができると思うんですよね。 たまたまそれが同じことを協力し合ってやるみたいな、同じ稼業を一緒にやるみたいなことになるかもしれないし。
あるいはどちらか片方が働いて、どちらか片方が家庭の方を守るべきだ。みたいな形の協力の仕方とかっていうのもあるかもしれないんですけど。
そこでちゃんと、それぞれが自分の責任で自分で幸せになると。それを協力してやってるっていう関係性だったらうまくいくと思うんですよね。

三上:そうですよ。自分が幸せで、彼がいたら幸せとかね。それが一番だなって私は思ってます。すごい考え方変わったなって思うし、リスナーの皆さんも、今恋愛というかね、話をしましたけども、自分の幸せについて改めて見つめ直していただきたいと思います。はい。
すいません、もう一つお知らせがあるので吉村さんお願いします。

吉村:そうでしたね。はい。配信があるのは、

三上:11月21日ですね。

吉村:11月21日ですね。 はい。 なので翌週の土曜日ですね。11月29日(土)にこころメンテナンスのリアルイベントで体験会みたいな感じのことをやります。
これは年に2.3回ぐらいのペースでやってんのかな。 年に2.3回のペースで前回が3月に開催したんですけど、はい。
場所は東京の新宿の近くで市ヶ谷っていうところですね。 こちらはどなたでも参加できるので、こういった配信を視聴されてる方で、まだこころメンテナンスのセッションだったりとか、エネルギーワークのサブスクのサービスとかを受けてないような方も参加できますし、もちろんそういったものを既に受けてる方も、参加して交流することもできるんですけど。
まずね、こういう配信越しではなくて実際リアルの会場でお会いして、くじ引きで当たった方は僕のショートクリアリングを受けられたりとか、そういうクリアリングの体験をしていただける。 そんなような会ですね。
会の後半では、各テーブルに分かれて、テーブルに1人か2人か、数人プラクティショナーでクリアリングできる方が入ってそこでグループクリアリングの体験会というのがあるんですけど。結構ね、これがまた評判がいいんですよね。はい。
もちろん、短い時間ではあるんですけど、お一人お一人クリアリングして欲しいような、相談事とかをシェアしていただいてそれに関して、順番にクリアリングをプラクティショナーの方がしていくっていうことになるんですけどね。
ちょっとプライベートの内容とかが出てくる場合もあるんで、そこの中で出てきた内容は必ず他では漏らさないようにちゃんとプライバシーに配慮しましょうねっていう約束の中でやってくんですけど。
結構ね、同じテーブルにたまたま座った人たちが結構共通した悩みを抱えていたりとかっていうので、それに関して一緒にクリアリングをしたら、すごくクリアリングが捗って、すごく気持ちが軽くなったりとか実際に現実がこう変わって、すごい短い時間のクリアリングにも関わらず、現実がすごく変わりましたみたいなお声をいただいたりすることもあるんで。
それこそね、繰り返し参加されてる方たちももちろんなんですけど、初めての方でもね、エネルギーワークってこういう感じなんだっていうのを体感してもらえるすごい良い機会なんじゃないかなって思ってますね。

三上:はい、ぜひリスナーの皆さん、エネルギーワーク11月29日リアルイベントですね。吉村さんと直接お会いできますし、はい。予定がある方はぜひご参加ください。

吉村:はい。ですね。この申し込み方法とかは、LINE公式とか配信の概要欄など、YouTubeのライブ配信の概要欄とか見ていただければ載ってると思いますので、ぜひそちらからお願いします。

三上:はい。ぜひチェックしてみてください。はい。吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

432.人と比べる事について

誰かの成功や幸せを見て、ちょっと心がざわつく時ありませんか?
そんな“比べぐせ”をやめてみませんか。

 
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三上:こころメンテナンス。
はい。皆さんこんにちは。こころメンテナンス、本日のアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい。さあ今日のテーマ、人と比べることに関して。
こちらを取り上げたいと思います。

吉村:はい。

三上:はい。結構昔は私はそうでした。
他人と比べて落ち込んで、私なんてって思ってましたね。

吉村:そうですね。僕もやっぱり若い頃とかは、やっぱり人と比べて自分が足りないところみたいなことだったりとか、あとそういう自分よりもできてる人とかに対して、多分ちょっと妬みみたいなのがすごい多かったなって思いますよね。 昔を思い返すと。

三上:確かに。あの人が羨ましいっていう気持ちはあったと思います。

吉村:とか、こう、いい思いしやがってみたいな感じだったりとか、僕の場合は特にありました。羨ましいって、羨ましいって思ってるっていうことさえ認めたくないみたいなね。あいつはなんだ、裏では何か悪いことしてるんじゃないかとか。そういうふうな感じのことを考えて無理やり自分を納得させるみたいなね。 きっと性格悪いはずだとか、そんなようなことを考えてましたよね。

三上: でもいろんな経験してね、多分吉村さんも私も今、そういう感覚がないって言ったらあれですけど。だいぶ良くなったのかなって、私個人的に思うんですけど。やっぱ周りにはいますよね。 今は情報が多い分増えてきてるんですよ個人的に。

吉村:比べる対象がね、目につくところにいっぱい出てきちゃうっていうのはあるでしょうね。

三上:ありますよね。

吉村:そうですね。だから僕が育ったときにSNSとかあったら、かなりもっと病んでたかもしれないなって、ちょっと思ったりもしますよね。

三上:ああ、ね。

吉村:そうそう結局僕が、だからあまりそういう、人を妬んだりとかするのやめようって思ったのは、結局それやってても、あまり自分に得がないなっていうところに、7年かけてようやく気づけたからっていうところがあるわけですよね。

三上:何かきっかけ、どんなきっかけがあったんですか。

吉村:そうですね。多分本格的にその辺がなくなってったのは、多分クリアリングとかをするようになって自分の中のそういう、何て言うのかな、妬みみたいなものとかを実際自分で見つけてクリアリングしてったら、どんどん気持ちが軽くなってったっていうところで気づけたっていうのはあるんですけど。

三上:はい。

吉村:ただ前段階としてはやっぱりお芝居やってるときに、どう頑張ってもこの人のこのレベルには到達できないな。みたいな人たちってのは、やっぱり周りにいっぱい出てくるわけですよ。 だからそれから例えばそういう芝居のその、何だろうな、技術的な話じゃなくて、もう見た目だったりとか雰囲気だったりとかそういうもので全然違うみたいなので、そうするとね、やっぱりそういう長身でいかつくて男性ホルモン強め人の役とか僕が頑張ってもできないわけですよね。

三上:なるほどね。

吉村:そうなると、結局その人と比べてそれをね、羨んでどうこうってことよりも、まずその自分に合ったポジションを見つけて何かやってくとか。そっちで自分にしかできないものを探すとか、そういう路線でいかないと無理だなっていうのは早々にわかっちゃうわけですよね。周りにそういう、この役だったらもうこのクラスの中で、この役やるんだったらこの人しかいないよね、みたいな人がいるわけですよね。 そうなると、あの役は僕はできないしな、みたいな感じでなると、やっぱ僕にしか、僕がやったらぴったりだっていう役があればそれにはまるだろうって感じだけど、なかなかまたそういうのも見つからなかったりとかで。
そういうので悶々としてたんでそこから台本のあるお芝居だと配役が先に決まっちゃうから、だから何か即興でやれば別に僕がそのね、長身イケメンの役でもやろうと思えばできるわけですよね。

三上:なるほど。

吉村:そう。そういうところでだからそうすると今度だから動物の役とか、ヒロインの役とかでも何かやることにはなるでしょうし。敵役とかやることにもなるでしょうし。いろんなことを全部自分のそういうルックスとか気にせずに、トータルにできるっていうところでインプロが面白いなと思ったんですけど。
でもまたいざインプロやり始めると、これを即興で台本なしで何かやりますっていうときに、言ってみたら身一つで舞台に出て、それでその観客の人たちの、言ってみたら注目とか気持ちをここにバッと集めるみたいなことをしなきゃいけないわけじゃないすか。でなったときに、今度ね、何だろうな。 僕はメソッドアクティングっていう、内面からキャラクターを作り上げてく、みたいなタイプの演劇から入ってたから、リアリティみたいなところで言うと、結構本当に人間味があるリアルな演技みたいな。それなりにできる方だと思ってたんですけど。
それって結局言ってみたら通好みというか、同業者からは評価高くなるんだけど、初めて舞台観にきました、みたいな人が観たときに、わかんないわけですよ。そんなね。そうなると、ぱっと見て華やかであるとかそっちの方が目を引くし、人気が出るわけですよね。

三上:うん。

吉村:その、華やかさとか、舞台映えするみたいな話とかっていうところでいくと、そのねミュージカル出身でインプロやってる人たちっていうのがいたんですよ。 今でももちろんいると思いますけど。その人たちのその、何て言うのかな、その華やかさとか何か目を引くね、何だろうな、何かそういう華やかさですよね。言ってみたら。 そこにねもうなんか太刀打ちが全くできないんですよ。

三上:なるほどね。わかりますよ言ってること。うん。

吉村: うん。うん。僕はいくらリアルな演技やろうとしても、地味な感じだから何かわからないんだけど、ミュージカルの人がぱっと出てきてそれで朗々と何かね言ったりとか、あとセリフの中からいきなり歌い出したりとかってすると、もう結構みんなうわーすごいってなるんですよ。もうもちろん舞台袖で見てる僕もワーッて思ってこれに、この世界に自分どうやって入っていったらいいんだろうみたいな感じで。
だからそこでだいぶね、少し試行錯誤させてもらったおかげで、僕はどっちかっていうとこのね、即興で作られる物語を、その方向性を決めたりとか、そっちのそのストーリーとして成立させるみたいな、そっちをメインでやって。んで、目立つ役どころはそういう華やかな人たちにやらせるのがいいんだろうな、っていうようなところに辿り着くことができたんで、それなりに自分なりの、インプロの中でのポジションみたいなのを確立できたんですけど。
でもねそこら辺の、バッと見たときに、誰が何に長けてて、どのポジションが空いてるかみたいな。そういうのを瞬時に考えて、そこに何かスポッと足りない情報を入れるみたいなことをやる。みたいなそういうのをやり始めたときに、結局僕がやるべきことはこれだなっていうか、その人と比べてなんか同じ土俵で競争しても勝てないから、だからここでもう少し、全体を見たときに足りてない部分のところはどこか、みたいな。競争がないところで人が足りてないところに入れば、重宝されるわけじゃないすか。

三上:うん。

吉村:そんなようなことをね、やるようになったおかげで、あまり人と比べてどうこうとか、それで妬んで悶々とするみたいなことから、だんだん解放されてたなっていうのがありますね。

三上:いやあ、でもきっといるんですよ。周りにもやっぱ比べちゃう人。

吉村:うん。

三上:何か最後にアドバイスがあれば、吉村さん的にアドバイスがあれば。

吉村:うん。 僕、何て言うのかな。どうだろうな、そのこころメンテナンスってエネルギーワークをやるようになってからの知見っていうところでいうと、やっぱり、人それぞれその向き不向きみたいなものがあるわけですよね。

三上:うん。

吉村:それっていうのはやっぱり、バリューフォーミュラから割り出していくことができるんで、自分の、言ってみたらその強いところを伸ばすっていうことに注力していけば、言ってみたら、他の人と競争しなくても自分がその力を発揮できるようなポジションであったりとか、そういう場であったりとかっていうのを自分で見つけたり作り出したりしていくことができるんですね。

三上:うん。

吉村:なのでそういったところで、要はあまり競争しなくて済む場所を見つけて、そこに入ってくっていうことになるわけですよ。それは別にエネルギーワークとか関係なくね、自分で頭で考えてそれをやってくっていうことも可能は可能なんですよね。だから僕がインプロをやってたときに僕がそれを見つけたっていうのも、その頃は僕はエネルギーワークとかクリアリングとかは少なくともやってなかったから。言ってみたら、いろいろ考えて試行錯誤した結果、自分ができることをやる、できることをやって、それでその、何て言うのかな、多分その頃はとにかく周りからの評価が欲しくてしょうがなかったんで。
だからその評価を得るっていうために考えたんだと思うんですけど。 でも結果、同じとこで勝負したら勝てないっていうことがあまりにも多かったから、そうなるとそこで勝負しても評価は得られないから、誰もやってないところに入るっていうようなね。 事をすることでね、結果的にそのポジションでNo.1になれちゃうわけじゃないですか。

三上:確かに。うん。

吉村:はい。 それって実際ね、その後僕ビジネスの勉強とかし始めたら、全く同じことを習ったんですよビジネスの勉強で。ランチェスター戦略っていう、ビジネスの戦略で。言ってみたら、みんなが参入してる大きい戦場で戦っても勝つの大変だから、狭いところに入ってって、ニッチなところで自分が一番になるのを目指した方がビジネスうまくいくよっていうのを習ったんですけど、振り返ってみると結局僕がお芝居とかインプロをやってたときにやってたことと、それって同じなんですよね。

三上:うん。確かに。

吉村:だからそういう意味では、本当に人から評価を得たいとか、言ってみたらそういう勝負で負けたくない、とかっていうようなところでも役に立つ戦略ではあるんですけど。でも結果はクリアリングをして、こうなりたくないとか、自分が与えるよりもとにかく何か与えて欲しい。みたいなときに頭を使って考えた戦略と、言ってみたらそういうクリアリングしてた結果、別に人と争わなくていいじゃんってなったときに、選ぶことっていうのが結構共通してるわけですよね。
言ってみたら多分、そこでそんな長く続けられるのはどっちかっていうふうなとこで見ると、もう本当に自分が一番やりたいことを見つけて、人と争わずにいるっていう選択をするしたときの方が長く続けられると思うんですよ。気持ち的にね。結果的にやってることは変わらないんですけど、中のモチベーションが違うわけじゃないすか。
人からすごいって言われたいとか、裏を返せば価値がないって思われたくないとかね。自分で自分のことを、人から評価されなかったら自分は価値がないって、自分に言ってるようなものなわけですよね。 その状態で、すごいあの手この手でいろいろ考えた結果、何かできることはこれしかないみたいな感じで選んでたことと、別にもう戦わなくていいよね、好きなことを何かやるのが一番だよって思ってやるようになったことと、実はやってること自体はあまり変わってないんですよ。だけど、心持ちが全然違うからもうしんどくないんですよね。

三上:すごいわかります話聞いてね。自然と起きますよね、やりたいこと。なんだろう。行かなきゃじゃなくて自然と体が動いてる気がします。

吉村:うんうんそうですね。 だから結局のところね、うまくいく方法っていうのは、自分にしかできないことを見つけてやるっていうところなんですけど。それをどういう心持ちでやるかっていうところ、多分別にどっちの心持ちでも短期的には結果が出せるんじゃないかと思うんですけど、長期的にって考えたときには本当に、人と比べてどうこうとかってことより、自分軸で自分が楽しいとか自分が好きっていうそっちの気持ちでやれることを見つけていくっていうのがやっぱりね、うまくいくんじゃないかなっていうところですね。

三上: はい。ありがとうございます。吉村さんからもアドバイスいただきました。
さあ、ね。人と比べてるっていう方はぜひ取り入れてみてください。

吉村:はい。

三上:はい。吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

431.地域によっての違い

同じ日本でも、そして国が変わればなおさら、人のあたたかさやおおらかさ、時間の流れ、考え方の違いを感じる瞬間があります。
留学経験のある吉村さんが感じたエピソードも伺いました。

 
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、さあ、今日のテーマは、地域によっての違い。を取り上げてみました。というのも、やっぱり、日本、沖縄、海外、やっぱり、人の違いが、雰囲氣の違い。比較的、日本は笑顔が、接客がとかって、ありますけど、一方で、海外に行くと、ガム噛みながら「はい!」って言う。

吉村:ああ、店員さんとかのね。

三上:そうそう。私、初めて見たとき、びっくりしたんですよ。

吉村:うんうんうんうん。確かに。

三上:なので、ちょっと今日は、地域によっての違いについて話していきたいと思うんですけど。

吉村:はい。

三上:吉村さんご自身は、やっぱりアメリカに留学して、いろんなカルチャーショックも大きかったと思うんですけど、感じたこと、もしあれば、ここでお話ししていただきたいなと思うんですが、いかがですか?

吉村:そうですね。最初に僕、日本に出てアメリカに行ったときは、あんまり日本でも、僕ちょっと、例えば小さい頃いじめられてたこととかもあって、閉じた感じの性格だったんですよ。だからなるべく、あんまり人と関わらないように生きてたりとかね、

友達。クラスメイトに対してもあんまり心開いてなかったりとかっていう感じだったんで、あんまり、例えば外に出かけるときとかも常に警戒してるわけですよ。特に川崎の南部の方で、当時すごく治安が悪いところに住んでたから、駅前とか行くと、いつカツアゲにあうかわからないみたいなね。

そういう、だからそうするとちょっと柄の悪そうな人が前歩いてる、こっちに向かって歩いてるのを見たら、なるべく大きく避けて歩くとかね、近寄らないようにみたいな、ぼーっとしてると、知らないうちに近くに来て、おいっとかってやられちゃう可能性があるから、常に警戒して生きてるみたいな感じだったんで、店員さんの態度とかも多分その頃とかあんまりわかってなかったですよね。

だからあんまりその辺の感覚がなくて、アメリカにまず行きましたってなった時に、新天地でここで俺はやっていくぞみたいな感じで思ってたから、まずはそこの雰囲氣を全部、ノーフィルターでとにかく受け入れていくみたいな感じで、とにかくアメリカの全てを吸収するぞみたいな感じでやってたんですよ。

最初に行ったところが、ノースカロライナ州って言って、東海岸のちょっと南部寄りのほうの、南のほうの州で、そこで語学学校に通って英語を勉強してたんですけど、そこは結構みんな喋るのがゆっくりなんですよね。多分結構南部だから温かいとこなんじゃないかと思うんですよ。

僕、3月の下旬か4月ぐらいからかな、4月に向こうに渡って、それでアメリカだと夏休みって3ヶ月ぐらいあるから、だからその間ずっと語学学校で勉強して、それで8月下旬、9月ぐらいから高校に入学するっていうので、最初の3、4ヶ月間ノースカロライナ州で過ごしたんですね。南部の人たちって喋るのがすごいゆっくりなんですよ。

三上:ふーん。

吉村:そのときのマクドナルドで買い物したときとかの接客とかを今思い出すと、結構そこのお姉さんたちとか笑顔だったかなって、笑顔でゆっくり喋る感じでフレンドリーな感じだったんですよね。

三上:はいはい。

吉村:だからそこで英語を覚えたから、みんなゆっくり喋るから聞き取りやすいんですよ。

三上:うん。

吉村:今度、8月下旬に僕カリフォルニアの高校に入ったんですよね。カリフォルニアも結構北のほうと南のほうだとちょっと雰囲氣違うんですけど、僕はどっちかっていうと北側のほうのサンフランシスコとかが近いところの高校に入ったんですけど、そこは喋るスピードがやたら、ノースカロライナと比べると早かったんですよ。

だからそのときは結構また英語が聞き取れると思ってたのに、急に聞き取れなくなってすごい混乱したんですよ。だから喋るスピードの違いっていうのがすごいありましたね。お店の人の接客態度とかって考えると、結構フレンドリーな感じで笑顔だったかなっていうイメージですね。

僕はその後、最初の高校で問題を起こしてユタ州の高校に一回編入したことがあって、ユタ州は今度はちょっと内陸のほうに入って砂漠地帯のところだったんで、夏は灼熱の暑さで冬は雪に閉ざされるっていう。

三上:すごい。

吉村:なんか気候的にはかなり厳しいところだったんだけど、でもね、あれでしたね。まず一つにはユタ州はモルモン教徒がやたら多い州なんですよ。

三上:ほお。

吉村:僕は、モルモン教って一応キリスト教の一種なんですけど、アメリカで生まれたキリスト教の新しい宗派みたいな感じなんですね。だから若干新興宗教チックなところがあって、ユタ州以外のところだとモルモン教ってちょっと変な宗教って思われてるところがあると思うんですよ。周りに多分あんまりいないから。

三上:うん。

吉村:でもユタ州行くと州全体がみんなモルモン教の人たちみたいな感じですごい不思議なんですけど、僕カリフォルニアにいたときにユタ州にはモルモン教徒ってやつらがいて、すげえ変なやつらなんだっていうことを聞いてたんですね。

三上:はい。

吉村:だからすごい悪い話しか聞いてなかったから、ちょっとユタの高校行くのが大丈夫かなみたいな思ってたんですけど、いざ行ってみたらみんな優しくてフレンドリーな人たちで、モルモン教の人たちいい人たちばっかじゃんみたいな感じだったんで、そこもちょっとびっくりしたっていうかね。

だから最初アメリカ行って、みんなお店とかの接客とかも笑顔でフレンドリーな人たちばっかりみたいなところにずっと行ってたんですよ。ここでちょっと違うなと思ったのが、大学のときに学生寮で同じ部屋になったルームメイトが1人ニューヨークから来た人がいたんですよ。

三上:うん。

吉村:その彼と喋ってると、何かっていうとすぐに、カリフォルニアはニューヨークとあまりにも違うみたいな、ここは変だみたいなことをよく言うんですよね。その中で言ってたのが、まずカリフォルニアのやつらは歩くのが遅いって。

三上:ああ。

吉村:みんなすごいちんたら歩いてて、しかも別に何にもないのに、とにかく笑顔だと。ちょっとこれが氣持ち悪いとかって言ってて。僕はカリフォルニア長かったから、そんなもんだと思って生活してたんで、何言ってんだろうこいつみたいな感じのとこあったんですけど。

ニューヨークのやつらはもっとサカサカ歩くし、喋るのもカリフォルニアのやつらみたいな緩い感じじゃないとかってすごい言ってて。一回春休みかなんかで、ちょっと里帰りするけど、お前もちょっと一回案内してやるから一緒に来ないかとかって言われて、そうなんだ、じゃあちょっと遊びに行ってみるよみたいな感じで、その友達の実家に行ったんですよね、ニューヨークに。

三上:あ、ニューヨークにね。

吉村:もうね、なんかすごかったですよ本当に。みんな住んでるアパートとかすごい狭いんですよね。

三上:ニューヨークっぽい。

吉村:狭いところに数人で暮らしてたりとか、ごちゃごちゃしてるし、やっぱお店の店員さんとかもすごいちょっとそっけないんですよね。

三上:クールなんだね。

吉村:夜にバーみたいなところに行って、その友達はそこで地元の仲間と飲んだりとかして、そこを僕も連れてってくれて、ニューヨークのそういう盛り場はクールなんだぜってところを僕に見せたかったみたいなんですけど、

行っても雰囲氣が違いすぎて、自分がどういう感じでいればいいのかよくわかんないみたいな感じになってて、友達は地元のやつらといっぱい喋ってるから、楽しそうだなと、とりあえず誰と話したらいいんだろうみたいな、話したそうな相手もいないしみたいな感じだったんですよね。

で、しかもなんかよくわかんないけど、そこの友達が行く場所がそういう雰囲氣だったのかわかんないんだけど、とりあえず大柄な、でっかい男性ばっかりいるとこだったんですよ。僕なんか小さいから、言ってみたら本当にみんな見上げないと話せないような人たちしか周りにいない感じで、なんかちょっと友達が喋ってる横にくっついて、ハンハンとか相鎚打って話聞いてるみたいな感じだったんですよね。

その友達が多分僕に氣を遣ってくれたんだと思うんですけど、話振ってくれたみたいで、ブーツとか履いててバイク乗りっぽい格好した人がいたんで、その人にバイク乗ってんの?みたいな感じで言ったら、乗ってるよとかって言って、で、僕のことを指して、俺の友達のこいつもバイク乗りなんだよとか言って、多分共通の話題で盛り上がれると思ったんでしょうけど言ってくれて。

三上:ああ。

吉村:そしたらその人が、そうなんだって、何ccの乗ってるの?とかって言うから、僕はなんかね、自分の体型に合わせて街乗りするんだったら別にでっかいバイクとかいらないから250ccのバイク乗ってたんですよ。

で、なんか250ccだけどって言ったら、なんか急にその人が、なんだよそれ、そんなちっちゃいバイクしょうもねぇなみたいなことを言って、マウント取り出して、なんかすごい俺のバイクがこんなでかくてみたいな感じで言い出して、おぉーみたいな、何が始まったんだろうみたいな感じで、そうなんだみたいな感じで、だから一応この人がマウント取って喧嘩売ってるっていうのは僕の友達もすぐ分かったみたいで、あーもういいやいいやみたいな感じで引き離してくれたんですけど。

三上:うん。

吉村:なんかね、その友達が言ってた、ニューヨークの方が全然クールだぜっていうのが全くわからないまま、カリフォルニアでよかったって思いながら帰ってくるみたいな感じになりましたけど。

三上:いやでも同じ、アメリカでもやっぱ違うんですね。

吉村:違いますね、なんかね。一度別の友達の実家、結構休みになって寮が閉まっちゃうと、その間行くとこ探すんで友達の家に泊まりに行くみたいなことよくやってたんですよ。フロリダとか行ったらその時とかはやっぱり人種差別がすごくてびっくりしたっていうのがありましたよね。

三上:あるんですね。

吉村:そうそう。白人の友達の家に泊まりに行ったんですけど、そこで家族とか友達と会話してると、大体必ず、何でだかわからないけど黒人の悪口になるんですよ。

三上:ええ、ひどい。

吉村:時代がそういう感じだったかっていうのもあるんだと思うんですけど、そういう黒人がどうのこうのとか、どこどこの店行ったら黒人の店員がいて何たらかんたらと言って、すごい居心地悪くていたたまれなくて、ほーって感じで聞いてて、パッとこっち向いて、でも日本人はいいやつらだから大丈夫だよって言われても、そんな話信じられるかよみたいな感じになるんですよね。

日本人いなかったら多分日本人の悪口でも言ってるのかもしれないしなとか、そんな感じだったんで、本当に地域で全然雰囲氣違うんだなっていうのはありましたね。

三上:いやでも改めて、日本、沖縄もそうですけど、やっぱり色々各地違うけど、やっぱり私が思っていたアメリカもやっぱり違うんだなっていうふうに思ったので、なんかやっぱり直接行って感じないとあれですね。

吉村:そうですね。

三上:人によって。

吉村:それにニューヨークに行った時も、結局その友達の行動範囲内しか見てないから、また別の界隈とか行ったら違うのかもしれないし、フロリダもね、僕泊まりに行った一家族と周りの人たちしか見てないから、もしかしたら他の人たちはまた違うのかもしれないし、ちょっとなんとも言えないんですけど。

一応ニューヨークから来た友達がカリフォルニアに住んでみて、こうだこうだみたいな、カリフォルニアはこうだって言ってたり、こういうとこがダセーとかニューヨークのがって言ってたけど、確かに行ってみたら、この人が言ってたのはこういうとこなんだなっていうのは分かったんだけど、じゃあそれを僕が好きかどうかみたいな話で言うと、僕はカリフォルニアの方が居心地がいいなってその時は思いましたよね。

三上:そう、だから改めて自分次第ということで。

吉村:そうですね。結局、場所の雰囲氣とかも、またそこにいる人たちの集合意識とかでだんだんできていくってこともあるでしょうしね。それで、多分ニューヨークのそういうの合わないって人たちがカリフォルニアにいたりとか、またその逆が起きたりとかっていうようなことで、だんだん似たような人たちが集まって、そういう場所の雰囲氣みたいなのができていったりっていうのもあるでしょうし。

三上:うん。

吉村:あとはなんかあれですよね、そこの場所がなんだろうな、でもなんか気候みたいなのにもね、そのなんかあったかいか寒いかとか、そういう寒暖差がどのぐらいあるのかとか、そういうところで人の氣質とかも影響を受けている部分もあるとは思うんですけど。

三上:そうですね。ぜひリスナーの皆さんのこの地域の違いとか感じたこともシェアしていただきたいなと思います。

吉村:集合意識みたいなものを考えたときに、やっぱりなんかそういうのあるんだろうなっていうのは、実際に色々行ってみたときに感じるその場所の、その人たちの共通した雰囲氣みたいなものから感じますよね。

三上:私も沖縄だから沖縄ってこうだよねとか、歩くの遅いんですよ。全部ギリギリだったりとか遅刻するのが結構多かったりとか、ほのぼのしてる感じもあるので、東京行ったときはすごい衝撃受けたんですけど。なのでみんな色々感じていると思うんですが、いろんな皆さんのお話もここでシェアしていただけたら、情報収集です、はい、と思いました。吉村さん、本日はありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

430.バリューフォーミラについて

ハンドルネーム 匿名希望さんからのメッセージを取り上げて、吉村さんからお話伺いました。

 
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、さあ今日お便りきおております。読み上げたいと思います。

吉村:はい。

三上:以前お便りくれた方なんですけど匿名さんです。伝心エンジンについての回答です。とても興味深いお話で、面白かったです。ありがとうございます。ペットのようにネガティブなエネルギーという餌を与えて育てていたんですね。

相手の愚痴を引き寄せるということについて、最近氣づいたことがあるので、もう一つ質問させてください。親との関係性で苦しくてもその状況を安心だと思い込んで引き寄せるということはあるのでしょうか。私は長年母親の愚痴をひたすら聞くという関係性で育ってきました。なので、それが自分の中の安心になっているのではないかと、と氣づきました。

だから、相手を変えても相手の愚痴を受けることが母親との間でできた関係性に近く、無意識に安心を感じているのではないかと、実際は苦しいのですけどね。相手が愚痴ばかりなのが嫌だなと思いつつも、自分からそれを引き出すような発言をすることもあるので、無意識に自分からその状況を引き寄せている氣がしたんです。

それと共感のバリューフォーミュラがあると愚痴に共感しすぎてしまうということはありますか?これ質問ですね。質問が多くなってしまいましたが、吉村先生お考えを聞けたら嬉しいですときております。

吉村:なるほどですね。前回の回答からさらに新たな質問が出てきたということですよね。

三上:はい。

吉村:ありがとうございます。まず引き寄せに関してなんですけど、引き寄せっていうのかな、お母さんの愚痴をひたすら聞くという関係性があって、その中で育ったということで、多分それでしんどいなって感じてても、それを何かしらで正当化しないと氣持ち的にやっていけなくなっちゃうということは心理的な作用としてあると思うんですよね。

三上:うん。

吉村:なので、例えば、親から暴力を受けている子どもが、この暴力は親からの愛情の表現なんだっていうふうに自分に言い聞かせることで、自分の氣持ち、言ってみたら心が折れちゃわないようにするみたいなこと、自己防衛のためにやるみたいなことは、心理的な作用としてはよく起こることなんですよ。

なので、まずそれが起きてるっていうのはあると思いますよ。だから、愚痴を聞き続けることで自分は安心できてるんだみたいに、自分を言ってみたら自己洗脳みたいなことをしちゃうみたいなね。

で、それが、今度はそうすると、自分はこの愚痴を聞いてるときに自分は安心してるんだっていうふうに、自分の認知をねじ曲げてしまうことで、そういう実際に、本当はしんどいんだけど、これで安心できてるんだって自分に言い聞かせちゃうから、そうすると次にまた人間関係を作るときに、愚痴を言いそうな人を無意識に選んでしまうみたいなね。

で、あとは相手からの愚痴を引き出すような会話みたいなことを無意識にやってしまうみたいなことっていうのをやってしまうっていうことは、それこそDV被害によく遭ってる人なんかは実際にやってることなんで、実際にそれは起きてるんじゃないかと思いますね。

ただ、だからそこの部分を無意識にそういう人を選んでしまうっていうことを指しての引き寄せっていうことでしたら、実際にそういう引き寄せっていうところにも作用してると思うんですけど、もっとさらに深いところで言うと、僕たちの潜在意識が実際にそういう現実を作り出したり引き寄せたりする仕組みっていうのがあるわけですよ。

三上:はい。

吉村:で、そこは、どういうイメージをその人は持ってるか、潜在意識の現実創造だったりとか引き寄せに関わる仕組みのところにどんなイメージを持ってるかによって引き寄せが起きるわけですね。

三上:うん。

吉村:なので、そもそもが、例えばそういう愚痴っぽいお母さんを選んで生まれてきたみたいなところでもその引き寄せ、そっちの深いレベルの引き寄せがすでに働いてる可能性があるんですね。

三上:へえ。

吉村:そうなると、お母さんとの関係性がこうだったから、そういう引き寄せをするようになってしまったっていうところっていうのは、まだエネルギー的な考察で言うとまだちょっと浅いレベルの話になってくるんで、実際にはそのお母さんを引き寄せたっていう部分の引き寄せが働いてる可能性があるんですよね。

なので、そうすると、そっちが残ってると、例えば今回の人生を終えた後も、また似たようなご両親を選んで生まれてきてしまうみたいなことがあるかもしれないし、お母さんとの関係性から派生してしまったものっていうのもあると思うんですけど、クリアリングをしていく場合には、さらにその深いところの、じゃあお母さんとの関係性、こういうお母さんを選んで生まれてきたっていうところに関わっている引き寄せとかですよね。

あるいは、もしかしたらそのお母さんもこの匿名希望さんが話し相手じゃないときには、もしかしたらそんなに愚痴ってないかもしれないと。もしそういうことがあるんだとしたら、そういう人から愚痴るっていうような行動を引き出しちゃうっていうことをやってるブロックを匿名希望さんが持ってるって可能性もあるんですね。

この辺は全然可能性の話を言ってるだけなんで、匿名希望さんのブロックが実際どこが起点になってて何をしてるかっていうのはちゃんとリーディングしてみないとわからないんですけど、ただ可能性って考えた場合は、お母さんとの関係性から派生してるものももちろんあると思うんですけど、それよりもさらに奥にも、もっと多くの原因になっている引き寄せの元ですよね、っていうのが、深いところに種が埋まってるとそこから雑草が伸びていってしまうみたいなことっていうのが、結構表層で見えてるだけじゃなくて、もっと深いところに根っこだったり種だったりとか埋まってる可能性もあるんで、そこも含めて見ていくことになると思いますよね。

三上:うん。

吉村:はい。あとは、共感のバリューフォーミュラに関してっていう話なんですけど、しすぎてしまうっていうのは、これはやっぱり影がやってることなんですよね。だから、共感のバリューフォーミュラがあると愚痴に共感しすぎてしまうっていうのは、共感のバリューフォーミュラがあると共感しすぎてしまうとか、共感しなきゃいけないっていうような内容の影ができてしまうんですよね。

三上:うん、はい。

吉村:この影が大きくなってくると、結局共感しすぎて自分が疲弊していくみたいな流れができるんですよ。だから、ここの、実際に共感しすぎるっていうことをやってるのはバリューフォーミュラの方じゃなくて、その影がやってることだってとこはちょっと押さえておいてほしいんですね。

三上:あ、影ね。

吉村:はい。だから、共感っていうバリューフォーミュラを持ってたら、共感の影ができるっていう、これは必ずワンセットなんで、この影が消えてなくなることはないんですけど、ただ、ちゃんと自分が疲弊するような共感の仕方ではなくて、

もっとちゃんと双方にとって、ちゃんと前向きな建設的な形での共感っていうのができるような場を作っておくとか、そういう相手がいて、ちゃんと自分が共感を大事にしながら幸せに生きるっていう流れができていれば、影っていうのは消えてなくなりゃしないんだけど、限りなく小さくしていくことができるんですよね。

そうなると、共感しすぎるっていうような、そっちに陥らないで済むようにすることは全然可能なんですよ。だから、共感のバリューフォーミュラを持ってたら共感しすぎるのは仕方ないよねっていうふうな捉え方にはちょっとなってほしくないなと思うんですよ。

共感ってバリューフォーミュラ持ってると共感しすぎるっていう影に陥りやすいっていうことはあるんですけど、でも影に入らなければそうはならないんで、大事なことは影に入らないで、あるのはわかってるけど、そこに入らないで光の差す方向だけを向いて進んでいくっていうことができれば、言ってみたら影の部分に引っ張られないで済むようになるんで、

そこをちゃんと意識していれば多分共感しすぎちゃって、愚痴に共感しすぎていつまでも愚痴を聞き続けるみたいなことはしないで済むようになると思うんですよね。

三上:うん。

吉村:例えば、これもちょっとちゃんと匿名希望さんがバリューフォーミュラリーディングとか受け入れられてるのかどうか僕ちょっとわからないんで、本当に共感ってバリューフォーミュラがあるかどうかわからないんですけど、もしあるんだとしたら共感というバリューフォーミュラは、例えば、よく愚痴る人が相手だとしても、その人の愚痴じゃない、愚痴るってことは言ってみたら、その人が否定的な捉え方をしてるから愚痴が出るわけじゃないですか。

三上:はい。

吉村:こういう否定的なジャッジをしてる、ジャッジがあるから否定的な捉え方が出てきて、それに対して愚痴っていうのが出てくるんだけど、その人も言ってみたら、ジャッジをしてるのはブロックがやってることなんで、その人の魂の本質的な部分としては愚痴じゃなくて、言ってみたら物事の良い面を見ることができるはずなんですね。

物事は結局同じ物事でも、見方によっては良い面と悪い面ってどうしてもあるから、だから結局、悪い面を見ようと思えばいくらでも悪い面を引っ張り出せちゃうわけですよ。

三上:うん。

吉村:だけど、良い面の方を意識的に見るようにしたら、悪い面はそういうのもあるけど別にそこはそんな重要じゃないよねっていう見方ができるわけですよね。

三上:うんうんうん。

吉村:そうすると、その人にとって良い面を見やすいように、そっちに意識が向きやすいような形の共感の仕方っていうのができるはずなんですよ。

三上:うん。

吉村:だけど多分、共感の影が大きくなっちゃってると、その人は影の方の意識に引っ張られてるから、言ってみたら愚痴る人も何かしらその人の持ってるバリューフォーミュラの影が、そこから派生したブロックがその人に対して愚痴らせるってことをしてるわけですよね。

そうすると、結局両方のブロックが共鳴して、共通した周波数だからそこで共鳴し合うから、愚痴る人とその愚痴をずっと聞き続ける人っていう関係性ができちゃってるっていう話になるんで。ここはだから、うまいこと影から出ることができれば、ちゃんとその人のバリューフォーミュラをうまくちゃんと発揮することで、相手の人の意識が影から出てくる、手助けをすることは可能性としてはあると思いますよ。

もちろんその方がどのぐらいブロックが重い状態なのかっていうのもあるんで、クリアリングした方が早いよねっていうことももちろんあると思うんですけど。でも、とにかく魂とブロックっていう、言ってみたら2つのシステムを僕たちは人間の心の中には両方持ってて、どっちを使うかっていうのは、言ってみたらそれを選ぶ選択権っていうのは本来は僕たちは持ってるわけですよ。

ただ、それに氣がついてないとついついブロックの方が声が大きいとそっちに引っ張られちゃって、ブロックの言いなりに知らないうちになってるっていうことが起きるんで、ずっと愚痴を言ってる人っていうのはまさにそういう状態の人なんで、そこからうまく抜け出すことができればお互い氣持ちよくコミュニケーションが取れる関係性になっていくことは可能だと思いますね。

三上:ありがとうございます。匿名さんいかがでしょうか。すごい氣づくポイントが色々あったかと思いますので、改めてちょっと見返していただきたいなと思います。また感じたことをお便り、メッセージいただけたらなと思います。

吉村:はい。

三上:吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

429.魂の成長において「孤独」の意味を考える

ふと感じる“ひとり”の時間。
それは寂しさではなく、魂が静かに成長しているサインかもしれません。

孤独の中でしか出会えない自分、
そして、そこから芽生える本当の強さと優しさ。今日は、“孤独”を恐れずに受け入れることで見えてくる魂の成長についてお話しします。

 
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、今日のテーマ、「 魂の成長において孤独の意味を考える」。

吉村:はい。

三上:私は個人的に孤独というか、一人時間はとても好きなんですけど、今日のテーマの「魂の成長においての孤独」、 吉村さんどうお考えですか。

吉村:そうですね、僕も結構一人の時間が大事な人なんですよ。

三上:ほう。

吉村:孤独っていう言葉で、使う場面によってただ一人でいることを指している場合と、一人で寂しいみたいな感情も含めて表現している場合ってあると思うんですよね。

三上:うんうんうん。

吉村:だから孤独感っていうのがあって辛いみたいな人たちって、一人の時間を「その孤独感を持ったまま一人の時間を楽しみましょう。」って言っても、辛いんじゃないかなって思うんですよ。

三上:うん。

吉村:一人の時間がその人にとってどのぐらい重要なのかみたいなのも、僕は多分人によって違うんじゃないかなって思っていて。

三上:そうですね、確かに。

吉村:うん。それって多分ね、僕はバリューフォーミュラによって結構違いが出てくるんじゃないかなって思ってるんですね。世の中には集まってワイワイやるのが好きな人達っているじゃないですか。

三上:いますね。

吉村:はい。その人達にとっては、集まってワイワイすることっていうのがすごく重要なんですよ。それはおそらく僕とか三上さんにとって一人の時間が重要であるのと同じぐらいに、集まってワイワイすることが重要な人達っていうのがいると思うんですね。

三上:確かにそうかも。何か今氣づいた。

吉村:そうそう。それって多分ね、どっちが正しいかって話じゃなくて、どっちが自分に合ってるかっていうことだと思うんですね。

三上:そうですね。

吉村:うん。でも、とはいえ自己探求みたいな話、自分と向き合う時間を持つとか、言ってみたらそういう属性の色んな目の前の忙しいことにばっかりにとらわれずに、ちょっと瞑想とかして意識の幅を広げていきましょうよみたいなことも役に立つことではあるわけですよね。

三上:うん。

吉村:そういう意味では、この魂の成長と孤独って話で言うと、そっちの話をしてるんじゃないかと思うんですよ。一人で、一人時間を使ったほうができることがあるよみたいな、やりやすいことがありますよっていうような話なんじゃないかと思うんですよ。

三上:うん。

吉村:意識をちょっと広げていくとか視座を上げていくにあたって、一人で取り組まないといけないことっていうのがあるっていうことですよね。

だからその辺は、それって結構何をやるときにはどういうセットアップのほうがやりやすいみたいなことって、やっぱり普通にあると思うんですよね。

例えば作文を書かなきゃいけないみたいなときに、周りが騒がしかったら書くのが大変じゃないですか。

三上:大変ですね。

吉村:ってなったら、やっぱりこれは一人で静かなところで書いたほうがいいよねっていうことになるかと思うんですよね。

でも例えば大きなプロジェクトを立ち上げてそれを成功に導くぞみたいな話になったときに、一人でできることってなるとどうしても、たかが知れてしまうんで、大勢で人がいっぱいいて力を持ち寄るからできることっていうのも結構あるわけですよ。

それがあるから大きな会社とかが、大きなプロジェクトを色々と遂行してるわけじゃないですか。それって人がいっぱいいるからできてることなんですよね。それはそれで人が大勢いないとうまくいかないよっていうこともあるってことですよね。

三上:うん。

吉村:だから何をやろうとしてるのかっていうので一人でやったほうがいいことと、大勢でやったほうがいいことっていうのがあるっていうことですね。

あと僕はビジネスの経営者の会みたいなところ、ビジネスの交流会とかによく参加してた頃に聞いた話なんですけど、アフリカかどこかのことわざで、「早く行きたいなら一人で行きなさい。 遠くに行きたいなら仲間と行きなさい。」みたいな、そういうことわざがある。

三上:深い。

吉村:深いですよね。だからそういうのもあるから、それって自分が何をしたいのかとか、それをどういう形でやりたいのかによって 一人でやったほうがいい場合と、大勢でやったほうがいい場合っていうのがあるんですよね。

だから多分チャットGPTの出してくれたテーマっていうことなんで、ネットの世界で色々とたくさんある情報の中からそれをチャットGPTが探してきてくれたっていうことは、誰かしらこのテーマに関して考えたりとか、疑問を持ったりとかっていう人たちがいて話題になってるから出してきたと思うんですけど。

三上:そうですね。

吉村:そういう点で言うと、おそらくは自分と向き合ったり瞑想したりする時間を取ったほうが、ちゃんと魂を成長させるみたいなことには効果的ですよっていうことを言ってるんだと思うんですけど、

でもそこがずれちゃうと、寂しくても孤独で居続ければいけないのかみたいな受け取り方になっちゃうと、ただしんどい苦行をしてるだけで、得たい成果につながらないってことにもなりかねないんで。

実際、まず1人の時間が大事な人は1人の時間を大切にしたほうがいいし、大勢でワイワイすることが大事な人はその時間を大切にしたほうがいいっていう大前提がまずありつつの中で、

でもその中でも1人でやったほうが効率的な作業みたいなものもあるし、大勢でやったほうが効率的なものもあるよっていう話ですよね。

三上:うん。

吉村:その中でおそらくは自己探求みたいなね、自分の内面と向き合って意識を内側に拡大していくみたいな作業をする場合、

1人の時間を取って自己探求だったり瞑想だったりっていうことをやる時間を取ったほうがいいよって話だと思うんですけど、おそらくそれって別に長時間やる必要もないんじゃないかなと思ってまして。

三上:はい。

吉村:短時間でも回数を増やすことで成果が得られるっていうこともあると思うんですけど、例えば朝晩5分ずつやってみるとかっていうようなことでも、もしかしたら3時間まとめてやるよりもそっちのほうが合ってるって人もいるでしょうし、

自分の特性に合わせてどういう感じでやるのが、自分にとって合ってるかっていうのを考えつつやったほうがいいんじゃないかなと思っていて、結構のめり込む人って長くやってればそれでいいんだみたいな発想になっちゃう人もいると思うんですけど、

でもやっぱりそこもどのぐらいの時間がその人に合ってるのかっていうのも多分違うんですよ、人によって。長くやるほうが合ってる人もいれば、短時間で細切りでちょこちょこやるほうが合ってるって人もいると思うんで、自分の特性に合わせたやり方でやっていくっていうことを僕はお勧めしたいと思いますね。

三上:今日もわかりやすかったです。やっぱりリスナーの皆さんの中でも、こういうふうに自分の孤独について考える、孤独について考えるって変ですね。一人時間とか向き合う時間について考える。

吉村:そうですね。だから逆に孤独で辛いって状態になってるんだとしたら、何か改善の余地があるって思ったほうがいいんじゃないかと思うんですよね。

本当は人と関わりたいのにそれができなくて孤独になってるっていう、それができなくて寂しくて辛いみたいなことだったら、寂しくて辛いっていう状態を何とかしたほうがいいわけですよ。

それは本当は人とつながって関わって何かワイワイするでも、静かに交流するでもいいと思うんですけど、人との時間が欲しいんだけどそれがどうにも人が怖くて人とつながることができないとかになったら、多分それってブロックが人が怖いぞって言ってるんで怖くなっちゃってるって話だと思うんで。

三上:うん。

吉村:だからそこのちょっとネガティブな感情が出ているとしたら、そこはブロックとして取り扱ったほうがいいってことですよね。

ただ今私は孤独で辛いけどこれが私にとっての修行なのであるみたいな感じでやっていても、もしかしたらちょっと得たい成果にはたどり着かない可能性があるんで、

まずは一人の時間も氣持ちよく一人時間が使えるようになっていったらいいと思うんですよ。だってどんなに人と関わってワイワイやるのが好きな人でも、多分トイレ入るときは一人のほうがいいじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だからどっちが正しいかじゃなくて、その状況に合ってるかっていうことなわけですよ。例えば一人でトイレに入るときも寂しいんだとしたら、何かそれって異常事態だと思うんですよね。

三上:そうですね。

吉村:今めちゃめちゃ極端な例を出したんですけど、だからそういうことではない、そのとおりのことを言ってるわけじゃないんですけど、

とはいえ一人時間が楽しめてないのに、これを魂の修行のためだみたいに無理やり認知をねじ曲げて何とかしようってしても多分辛い状態がただ続くだけになってしまうんで、

本当にこの一人時間を有効に使えてるかどうかっていうところを、やっぱり自分の感情をまずよく観察してみて、自分はこれに対してネガティブな反応してるんだってなったら、まずはそこを何とかする。

三上:うん。

吉村:多分ネガティブな感情があって、孤独になってる人が今度それを持ったまま無理して人と関わろうとしても、これもまた辛いだけなんですよね。

だから自分が何に反応してるのかとか、無意識に何を恐れているのか、何を避けようとしてるのかみたいなことを見つけてそれに対して対処していくっていうのが大事になるんですけど、でもその時にも結局それって自己観察で自分と向き合う時間を取らないとわからないわけじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:むしろそういうところでうまく一人の時間を使って、まず自分が本当にこの一人の時間を効率的に使えてるであろうかとかね、自分の感情はどういうメッセージを自分に伝えているだろうかっていうのと向き合う時間っていうのは大切なんじゃないかなと思いますね。

三上:ありがとうございます。ということで、ぜひ皆さんも参考にしてください。はい、吉村さん本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。

428.やる事よりもやらない事に目を向けて

コミュニケーションは、たくさん話すことでも、正しい言葉を探すことでもなくて。

相手の気持ちを受け取る“余白”や、無理に答えを出さない“間”の中に、本当のつながりが生まれるのかもしれません。

今日は、相手と心を通わせるための“話すよりも感じるコミュニケーション”についてお話しします。

 
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:はい、さあ、今日のテーマ。「やることよりも、やらないことに目を向けて」。はい、どういうこと?って思った方もいらっしゃると思うんですが。

吉村:はい。

三上:男性に例えると、プレゼントを渡してくれます。カバンを持ってくれます。道側だと横に危ないからってエスコートしてくれますとかあるじゃないですか。

嬉しいことをしてもらうのもいいけど、逆にその人が今この状態だから言わなかったり、傷つくことをしなかったりっていうことって大切だなって思ったんですよ。

だから、やることよりもやらないことに目を向けて感じることも大切だなって思ってこのテーマを持ってきたんですけど。伝わってますか?大丈夫ですか?

吉村:何となくこういうことかなっていうのは伝わってはきましたね。ただ、それって物事のとらえ方みたいな話ではあると思うんで、ちょっと認知の話かなって思うところがあるんですけど。

三上:うんうん。

吉村:やることと、やらないことっていう対比で今話されてたんですけど。

三上:ジャッジですね。

吉村:だから何か嬉しいことをしてもらうっていう話と嫌なことはしないっていう話って、実は対比になっていないのわかりますかね。

三上:そうですね。

吉村:だってやるかやらないかで言ったら嬉しいことをするかしないかだし、嫌なことをするかしないかじゃないですか。

三上:うんうんうん。

吉村:だから嬉しいことをしてもらうってことと、嫌なことをしないっていうことは別に対比じゃなくてむしろ同じ話ですよね。

三上:うん、そうだ。うん、一緒だ。

吉村:まあまあ、これって言ってみたらちょっと屁理屈に聞こえちゃうかもしれないんで、もう少しそこに関して掘り下げてお話をしていこうかと思うんですけど。

三上:うんうんうん。

吉村:要は嫌なことをしないでほしいっていう話だと思うんですよ。

三上:うんうん。そうですね。

吉村:嫌なことをしないでほしいってことに関して言うと、何をされたらこの相手の人が嫌なのかっていうのを事前に100%察知するってすごく難しいことなんですよね。

三上:難しいですね。確かにね。

吉村:ってことは、この人がどういう好みを持ってるのかとか、例えばこういうことはこの人はあまり好まないなとかっていうことを事前に知っていれば、多分この人はこういうことを言われたくないだろうから、ちょっとここは言わないでおこうみたいなことができるわけですよ。

三上:うん、そうですね。

吉村:ってなると、相手のことを知ろうとする氣持ちであったりとかね、理解しようとする氣持ちであったりっていう、そういうのが結構大事だよねって話につながってくるんじゃないかなって思うんですよ。

三上:確かに。

吉村:それって何かって言ったら、相手にちゃんと興味を持ってるかとか思いやりを持ってるかとかそういうような話じゃないかなって思うんですね。

三上:そうですね。

吉村:何かをしないって目標って実は結構立てられないんですよね。これをしないぞって目標を立てたとして、ゴールは何ですかみたいな話。

三上:ゴールはそうですね、定められないですね。

吉村:そうなんですよ、例えばじゃあ今日1日それをしなかったとしても、翌日にしちゃうかもしれないじゃないですかとか、1週間それをしなかったけどその翌週にしちゃいましたってこともあるかもしれないから、

これをしないって目標を立てたら、一生かけて死ぬまでそれをやらなかったときに初めて目標達成ってなるんですよね。

三上:確かにそうですね。

吉村:これは結構目標の立て方としてはすごく問題があるんですよ。っていうのは、やっぱり何かしらどっかのポイントでうまくいってるなとか、目標達成できたぞとかっていうのがないと人は大体嫌になっちゃうって、もうやってられるかってなるんですよ、とか忘れちゃったりとかね。

だから多分この人を傷つけないようにしたいって、もし思うんだとしたらその人のことをよく知るとか、その人に対して思いやりをいつも持つようにしようとかっていうような感じで目標を立てていると、

結果的にその人が傷つくようなことをあんまりしないで済むっていうことになるんだと思うんだけど、でもそれでも絶対かわかんないですよね。だってどこに地雷が埋まってるかなんてわからないわけだから。

三上:確かに。

吉村:何か別に僕は全然大したことないと思ってたことがその人にとってはすごく地雷だったりすると、全然悪氣なく地雷踏んでしまってすごく嫌な思いをさせてしまうってこともあり得るんですけど、

それを氣にして絶対地雷踏まないようにしようって考えたら、一番いい方法はもうその人と関わらないことになっちゃうんですね。これはちょっと寂しいじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:なので結論は何なのかって言ったら、僕はやっぱりお互いに理解を深めるためには相手に興味を持ってコミュニケーションをちゃんと取るとか、あとはお互いに自己開示をし合うってことも大事だと思うんですよ。

だって例えば僕が何か特定の事柄をすごく嫌いだった場合、そのことを相手の人に全く伝えてなくて相手の人が悪氣なく話題を振ってしまったってなった場合、別にその人は悪くないじゃないですか。

むしろこの話はあまり好きじゃないっていうことを、僕のほうがちゃんと伝えてなかったことに問題があるって話ですよね。

三上:うんうんうん。

吉村:なのでちゃんとお互い腹を割ったコミュニケーションができてることが結構大事だったりするんですよ。そうなるとやっぱりコミュニケーションっていうのは避けて通れないというか、すごく重要なポイントになるし、

コミュニケーションを取るってことは、やっぱり地雷を踏んでしまうリスクっていうのは存在するわけですよ。それは完全にはゼロにできないじゃないですか。

三上:できないですね、地雷はね。

吉村:ってなったら、大事なことはお互い何かあったとしても許し合いましょうねみたいな、許しの精神ですよね。相応に許し合う。

だから私は好き勝手やるけどあんたは私のことを氣遣いなさいとかってなったら、それって関係がフェアじゃないじゃないですか。

三上:そうですね。

吉村:だからお互いちゃんと腹を割ったコミュニケーションを心がけましょうねって、お互い何かあっても極力許し合って思いやりを持ってお互い尊重し合いましょうっていうような関係性ができていれば、多分色んな場面では、今はちょっとそっとしとこうみたいに察することができたりとかね。

あとはちょっとイラっとくることを言われたけど、そのことでギャーって怒るんじゃなくて、ちょっとその話はあんまり好きじゃないんだよねとかっていうようにやんわり伝えて、

言われたほうもそのことで、えーとかっていう話じゃなくて、そうなんだみたいな、じゃあちょっと次から氣をつけるねみたいなそういうお互いに思いやりのある態度でコミュニケーションを取っていくっていうことを心がけていけば、どっかのポイントでは変な波風がそもそも立たないっていうような関係性になると思うんですよね。

三上:うん。

吉村:それをやっていくにあたって更にいいのは、そもそも地雷があんまりない状態だったら、お互い地雷踏むことをビクビクしながら氣をつけて生活するみたいな必要もなくなってくるんで、

そうするとやっぱりクリアリングをしながら、お互いそういうまず対等にしっかり正直な態度でお互い尊重し合いましょうね。

何かあったらクリアリングを含めて、上手いこと落としどころ見つけていきましょうねっていうことをやっていったら、多分そもそもお互いの地雷にビクビクせずに協力し合って尊重し合える関係性に持っていけるかなというふうに僕は思ってますね。

三上:ありがとうございます。テーマからの氣づきが多かったです。コミュニケーションは大切だし、そこから地雷を自分で無くして受け入れるということも大切ということを、改めて学びましたというか知りました。

ということで、今日のテーマは「やることよりもやらないことに目を向けて」で取り上げたんですけど、吉村さんがわかりやすく、コミュニケーションはやっぱりどこでも大切ですし、あとやっぱり自分と向き合うことも改めて大切だなとこの時間思いました。今日も素敵なお話ありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。