すぐに白黒つけたくなる私たち。
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの
吉村:吉村竜児です。
三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。
吉村:よろしくお願いします。
三上:はい、さあ今日のテーマ「無理に答えを出さなくていい理由」。こちらを取り上げていきたいと思います。無理に答えを出さなくていい。でも結局白か黒か、良いか悪いか。これも昔、私はよく考えていました。そういうことが多いんじゃないですかね。どうですかね?
吉村:いや、まさに結構多いと思いますよ。やっぱりこういうスピリチュアル系の情報発信をしていると、他の方たちがどんな感じの発信をされているのかとか、サムネをどんなのを作っているのかとか、やっぱりちょっと氣になって見ていたりするわけですけど、
やっぱり視聴者の方たちが何か答えを求めて、そういう人たちの情報発信にたどり着いているんだろうなっていうのは見えてくる部分が大きいわけですよ。
だからこれはこうだとか、こういう時はこうだとか、こういう人は5つの法則に従ってこれをやればいいんですとかっていうような情報がすごく巷に溢れていて、そういった動画の再生回数とかがすごい伸びてるのを見ると、やっぱりみんな何か答えが欲しいんだなっていうのがすごく伝わってくるわけですよね。
三上:うん。
吉村:それって結局、その原因のかなり大きな部分としては、そもそも学校の教育とかで全部答えがあるものを学ぶじゃないですか。テストがあって正解を答えることがずっと要求されてるから、どんな問いに対しても答えがそもそもあると。
それで〇がつくか✕がつくかテストの点数が満点取れるか、そこからどう削られていくかっていうようなところのそういう中でずっと小学校6年間と中学校と、多くの人たちは高校行ったり大学行ったりとかもするから、
大学行くと大学の勉強方法ってまた多分結構違ってくると思うんですけど、おそらく高校までの勉強だと本当に〇か✕かをずっとやっているんだと思うんですよね。
三上:確かにやってました。正解か間違いか。間違ってたら正されるしね。
吉村:うん。それをやると、かえって考えなくなってしまうんじゃないかなと僕は若干危惧してる部分があってですね。人生って言ってみたら、そもそも答えがない問いの連続じゃないですか。
三上:確かに。みんな違うしね。
吉村:みんな違うしそこで何を選択するかによって先の展開は変わるけど、それが何が正解かっていうのはだいぶん先になってみないと全然評価の仕様がないし、その評価も結局正解か不正解かっていう評価じゃなくて、そこから何か得られたかどうかみたいな話になってくるわけですよね。
自分自身が成長できたのかどうかとか、欲しかったものが手に入ったのかどうかとかっていう評価の軸になってくるんで、正解か不正解かって本当は全然関係ないんですよ。ある人にとって正解だったことが別の人にとっては不正解かもしれないし、その逆もあるわけですよね。
三上:うん。
吉村:だから本当は常に考え続けて現状をどれだけニュートラルにとらえつつ、自分が望ましいと思う方向にこの現状からどうシフトさせていくかとか、
どっちの方向に進んだらより自分が理想とする方向だったりとか、自分にとって居心地が良い方向に行くかっていうことを常に考えながら、進む方向を常に微調整しながら一歩一歩進んでいくみたいなことを本来人生ではやっていく必要があるわけですよ。
三上:うん。
吉村:何も考えないでこっちが正しいですって言われて進んでいったら、他の周りの人たちはそれで居心地良いなっていうところに着くかもしれないけど、そこは自分にとって居心地が良い場所かどうかっていうのはわからないわけですよね。
三上:確かに。
吉村:みんなが良いって言ってるからこっちに進んだら良いに違いないとかって、自分はすごい暑がりだから涼しいところに行きたいと思ってるのに、寒がりな人たちの群れの中に入っていて「こっち行くともっと暖かそうだからこっち行こうよ。」って言ってそっちに行くんだけど、
みんなが行ってるからこっちが正しいってはずだし、みんなはこれで快適だって言ってるしな、ウ〜ッ暑い、ウ〜ッ暑いみたいな感じになっちゃうわけですよ。
だから自分にとってどのぐらいの、自分が何を求めてるのかによってどっちの方向に進むかって全然変わってくるはずだから、そこって自分との対話で見つけていく必要があるんですけど。
というふうにとらえると結局本当の答えとか本当の正解、自分にとっての正解って自分の中にしかないんですよ。
三上:うん、そうですね。
吉村:周りの人たちの言ってることとかやってることっていうのは参考にはなるけど、そこをプラス自分との対話が抜けちゃうと自分が行きたい方向に進めないんですね。
だって自分が暑がりだから涼しいところに行きたいなって思っているとするじゃないですか。そしたら寒がりな人たちが進もうとしてる方向を見たときに、この人たちは寒がりだから暖かい方向に行こうとしてるなと。
そしたら自分は暖かい方向行ったら暑くなるから嫌だし自分はもっと涼しい方向に行きたいと思ってるんだから、この人たちと逆方向に行ったほうが良いはずだとかっていうことを自分とちゃんと対話してたらその答えが出せるんですよ。
三上:うん。
吉村:だって自分は暑がりだから今いるとこよりもより涼しいところに行きたいんですと。そのときに寒がりな人たちが向かう方向は多分より暖かい方向だからそこは自分は行くべきじゃなくて、
その逆に行けばおそらく自分にとって快適な方向に行けるはずだぞっていうようなことって、自分で現状を見て周りの人たちを見てそして自分の求めてるものを見てそれでようやく判断がつくわけですよね。
三上:うん。
吉村:だからそれは先生が出してきた問いに対して、先生が〇をつけるか✕をつけるかっていうのが自分にとっての絶対的な基準になっちゃったら、これは要は先生にずっと従って生きる人生しかないということになってしまうわけですよね。
三上:なるほど。でもそうですね。今お話を聞いてもちろん先生とかもそうですし、私すごい友達というか知り合いと話していて思うのは、その人があたかも正解のように、これ間違ってるよとかっていう言葉にすごく敏感に反応しちゃうんですよ。
吉村:うんうんうん。
三上:でもそれって言わないですけど、その人の視点の考えで間違ってるっていう言い方がちょっと氣にくわないなというか。私はこう思うよならまだわかるんですけど。そういうところもやっぱりそこでジャッジしているんだなこの人はみたいな。すごい氣になりますね。
吉村:そうですね。要はその人の基準で良い悪いっていうのは、結構その人の世界では具体的な話なわけですよね。その人の基準に合ってるか合ってないかということで、この部分で合わせようとしたら、もうそこの基準が違う人にとっては、全然ちんぷんかんぷんな話になってしまうわけですよね。
そこでもっと抽象度を上げていくと、あなたの基準とかあなたの求めてるものに対して合っているか合っていないかっていうので正解不正解を決めればいいんだよっていうことで、
その部分で正しいか間違っているかっていうことは僕は言えると思うんですよ。要は自分の基準が無くて人の基準に合わせてどっちに進むか決めちゃってるんだとしたら、それは不正解ですよと。
三上:うん。
吉村:ちゃんと自分軸がありつつ周りを見て分析して、それで自分がどっちに進むべきか自分にとってどっちのほうがより良い未来につながるだろうかっていうのを考えて進んでいくっていうことをするのが正解ですって、
その抽象度だったら僕は正解はこちらですって言うことができるんですけど、でもそれは要はじゃあどっちに進めばいいんですかっていう話になったときには、あなたが決めてくださいとしか言えない。
三上:確かに、あなたじゃないんだもん、そうですよね。
吉村:だから、あなたがどっちに進むかを決めるんです。決めるのはあなたですっていうのと、誰かに従って進んでくださいっていうので、どっちが正しいですかって言われたら、僕は完全にあなたが自分で決めるんですよって、これが正解ですっていうことを強くお伝えしたいところなんですけど。
なので答えを求めるっていうことに関していうと、この答えってどの抽象度でそれを求めてるのかっていうところで、あまりにも具体的なことに関しては最終的に自分のもう少し抽象度を上げたところで自分が正解だって思ってることにちゃんと落とし込めて、
これがここに向かうんだったら今やることはこっちだよねとか、今進む方向はこっちだよねっていう話になるわけですよ。
三上:うん。
吉村:例えば駅に行きたいって思っていて、それで東西南北どっちに進むべきかっていう話になったときに、駅のどっち側に自分がいるのかっていうのがわかれば、駅の南側にいるなら北に進むんだよねって話だし、駅の北側にいるんだったら南に進むんだよねって話になるんで、
駅に行きたいっていうのがまずあって、じゃあその駅が自分から見て今どっち側にあるのかっていうのを見てそれで方角を決めるって話なんですけど、駅に行くなら北側だよって一回覚えたら、よし北側に行けば駅に着くんだなっていう、そういうとらえ方をする人が多いんですよね。
三上:うん。
吉村:ここがちょっと一番大きな問題で、正解を欲しがってる人達っていうのはそういう北に進むのが正解みたいなのを求めちゃうから変なことになっちゃうんですよ。
三上:そうですね。やっぱり自分との対話とか、前の話でもそうですけど、そういうことですよね。
吉村:そうそう。だから本当に人が言ってることとかもちょっと自分の中で抽象度を上げてみると、この人ってこういう立場から言ってるからこう言ってるんだなみたいなのが見えてくると、
じゃあ自分がどうしたらいいのかっていうのは、その抽象度とかさらにその上の抽象度から見たときには自分で答えが出せるはずなんですよ。
三上:うん。
吉村:だから親がこうしなさいって言ってるのも、なぜこうしなさいって言ってるのかっていうところをよく考えたら、自分にとってそれが有益なアドバイスなのか、親がエゴで勝手に言ってるだけなのかっていうのが見えてくれば、
この人たちただ怖がってるからこう言ってるだけなんだなとか、世間体氣にしていてこういうふうに言ってるんだったら、別にその世間体はこのコミュニティの外にいたらこの世間体関係ないから、
じゃあこのコミュニティから出てそこで自分の居心地の良いコミュニティを探してやりたいようにやれば、別に親の言うことをそんなに氣にしなくていいよなっていう結論に自分でたどり着くことも可能なわけですよね。
三上:またさらに見えてくる世界が色々やっぱり出てきますからね、面白いです。ということで、今日のテーマ、「無理に答えを出さなくていい理由」。とてもわかりやすかったです。吉村さんにお伝えいただきました。吉村さん、本日もありがとうございました。
吉村:ありがとうございました。
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