156.真面目な人

真面目にやらなければならないという思い込みからストレスを抱えたり、前に進めない、そんな方に是非聴いて頂きたい内容です。

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三上:はい、みなさん、こんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、今日は、わたしも以前はそうでしたし、周りにも結構多いんですけど、真面目にやらなければ、という思い込みから抜け出せない、そんなかた、結構多いと思うんですよ。

吉村:ああ、そうですね。

三上:真面目、という思い込みを抜け出すには、ということをきいていきたいと思うんですが。

吉村:はいはい。そうですね。日本人の方たちは、たぶん、平均的に、真面目な人が、割合的に、多いんだと思うんですよ。もちろん、それは、振り幅みたいなのがあるから、全然真面目でない人達ももちろんいるし、極端に真面目な人たちもいて、といったところで、そういう話でもあるんですけど、僕は、10代後半から20代前半にかけて、アメリカで暮らしていたので、アメリカで、僕が見てきた人達と比べると、日本人の人達は、平均的に真面目な人たちが多いなと思って。

三上:ははははは。

吉村:ただ、真面目であること自体は、悪いことではないと思うんですよ、僕は。真面目で勤勉であることというのは、素晴らしいことだと思うんですけど、何が問題かというと、真面目じゃなきゃいけない、という状態になっているから、柔軟性がなくなってしまって、苦しくなっている人が多いんじゃないかなと思うんですよね。

三上:以前のわたしは、なになにでなければならない、みたいな、こうじゃないといけない、みたいな、のが強かったですね。

吉村:そうですね。だから、たとえば、責任をしっかり果たすとか、物事を丁寧にきっちりやっていくとかっていうことが、おそらく、真面目という言葉とか概念の、いわゆる、良い面じゃないですか。でも、そこで、こうあるべきとか、こうでなければならない、みたいなね、「べき」とか「ねばならない」がくっついてきちゃってると、これが、真面目であることの、悪い面みたいな話になってくるわけですよね。

三上:うーん。

吉村:「べき」とか「ねばならない」というのが、なければ、別に、真面目であることは、全然悪いことではないし、むしろ、素晴らしいことだと思うんですよ。別に、「べき」とか「ねばならない」というのが、なければ、ふざけたり、はしゃいだりしても、OKなときは、それもできるし、真面目にやるときは真面目にやる、みたいな、自分のなかで、ちゃんと、使い分けることも可能になってくるわけですけど、これが、「べき」とか「ねばならない」で、固まっていると、他ができなくなってしまうんですよね。

三上:そうですよね。

吉村:真面目といったときに、真面目って、こういう要素で、できている概念ですよね、というのを、今挙げさせていただいたわけですけど、そこは、きっちりやるとか、丁寧にやるとかっていうようなところは、そこを大切にしていくというのは、よいと思うので、実際、「べき」とか「ねばならない」という、そっちのほうが問題で、それが実は、ブロックが、作り出していることなんですよね。

三上:うーん。

吉村:これは、どういうことかというと、要は、こうであること以外は駄目である、という、こうなっちゃ駄目、というほうに、意識がフォーカスしてるんですよ。不真面目は駄目、とか、約束破るのは駄目、とか、時間守らないことは駄目、とかっていうふうに、実は、その、駄目なほうに意識が向いていて、それを否定するエネルギーになってしまっているから、これって、自分は時間を守ることが好き、とか、約束を守ることが好き、とか、丁寧に物事をするのが好き、という、そっちのほうで、やっていたら、これ、なんら問題はないんですよね。むしろ、喜ばしいこと、というか、そっちのほうが、人と仲良くできるし、人生、うまくいきやすいと思うんですよ。

三上:そうですよね。相手にもそれを求めてしまいますもんね。

吉村:そうなんですよね。こうであるべき、となると、わたし、こんなに頑張っているんだから、あんたもやりなさいよ、みたいな話になってしまうんですよね。はははは。

三上:以前のわたしは、そうだったな。はは。

吉村:僕も、そういう時期は、ほんと、ありましたからね。

三上:ありました?吉村さんは、今みたら、全然そういう感じはしませんよ。

吉村:それは、だから、「べき」とか「ねばならない」を、自分で見つけて、エネルギー的にクリアリングで取り除いていった結果、今、こういう感じになれたんですけど、昔の、お芝居していた頃の時代を知っているひととかは、かなり、僕に対して、違う印象を持っていって、前にもお話ししたことあるかもしれないですけど、お芝居していた頃の友だちと、10年以上ぶりぐらいに会って、話ししたら、10年どころじゃないな、20年ぶりぐらいで会ったのかな、その友だちとね、そのときに、僕があまりにも穏やかになっていたので、彼は、壺を売りつけられるんじゃないかと思ったと言ってましたからね。

三上:じゃあ、相当、たぶん、雰囲気もがらっと変わったということですよね。

吉村:そうなんですよ。ほんと、昔は、いつも、僕、カリカリ怒っていたし、すごい自分で努力していたから、周りの人にもそのぐらい努力することを押し付けていたわけですよね。そのお芝居、インプロという即興劇の劇団とか立ち上げて、仲間たちと活動をしていたんですけど、その当時、僕、相当ストイックだったと思うんですよ。本当に、俺はこんなに頑張っているんだから、お前ら何やっているんだよ、みたいな、姿勢でいつも生きていたので、たぶん、その当時の、劇団仲間とかは、「いやあ、竜児、こわいわ」と思っていた人たちが結構いたんじゃないかなと思いますね。

三上:いやあ、想像がつきませんね。ふふふふ。

吉村:ははははは。そこは、自分がちょっと気がつけて、手放すことができて、本当によかったなって、思っていますよ。なにしろ、今のほうが、全然楽で、楽しく、しかも成果が出せているんでね。だって、ストイックに、すごい真面目にやっていたけど、なんだかんだで、役者としては全然売れてなかったから、生活も苦しかったし、結局、お金稼ぐためにはアルバイトして、稼いたお金は、そのお芝居の、ほとんど、経費で入れて、いつかは、これで一旗あげてやるんだ、という、ギラギラした思いだけで、すごい努力をしていたんですけど、結果がついてこないというね。マニアックな人だけが、わかってくれる、みたいな感じなんだけど、一般の人からは、あんまり人気が出なくて、どっちかというと、僕が、軽蔑していた、当時の僕が、「薄っぺらい表現しやがって」という感じで思っていた人たちのほうが人気が出るわけですよ。それを横目で見ながら、「世の中は、わかってないんだ」みたいな感じで、人のせいにして怒っていたんですけど、

三上:うーん。

吉村:なんてことはない。僕の、内側のモチベがずれていたから、そうなっていただけの話だったんですよね。

三上:うーん。ですね。今、きっと、聴いているかたでも、自分も、そうなってる、ってあてはまるというかた、結構多いと思うんですよ。なので、わたしも、昔は、子どもに、離乳食は手作りじゃないといけない、みたいな、どんなに疲れていても、わたしは、絶対手作りするの、みたいな、で、気がついたら、すごい疲れ果てていて、だんなさんが寝ている姿に、この野郎と思う。

吉村:ははは。

三上:だから、今思えば、疲れていたら、いろんなものに頼っていいんだという、今となってはですね、だから、聴いているかたで、いろんな、今は便利なものがありますから、そこに頼ってもいいんだよ、という心をもって、頂きたいなとというふうに、今は思いますよね。わたし。

吉村:そうですね。だから、なにか、その、究極みたいなものを理想として、持ってしまうと、そこになれない自分は駄目だ、みたいな、ダメ出しになってしまうので、要は、今の自分ができる最善をやっていくみたいな発想で考えたほうがいいですよね。結局、無理しすぎて、自分が倒れてしまったら、自分がお世話しなければいけない、自分の子どもに、ケアが行き届かないみたいなことにもなりかねないので、

三上:うーん。

吉村:特にその、今って、社会のなかで、子育ては女性がやるべきだ、みたいな話になっていることがあるから、ここにも、「べき」があるじゃないですか。

三上:はい、ありますね。

吉村:この、「べき」とか「ねばならない」を、どう減らしていくかということを、考えてやったほうがいいなと思いますね。個人のレベルでもそうだし、社会の仕組みのなかでも、どれだけ、「べき」とか「ねばならない」を減らしていけるか、とういうのが、みんなが、穏やかに、仲良く生きていけるということに、すごい大事だなと思っていて、

三上:うーん。

吉村:そこは、やっぱり、だからね、やりかたとか、言葉のコミュニケーションだけではどうにもならないことってあるなと、僕は感じるので、そういうときには、エネルギー的に心の傷を癒やしていくとか、固まっている思い込みを溶かしていく、みたいなことって、効果が期待できるのではないかなと思って、今、活動させていただいているんですけど、少なくとも、僕個人のレベルでいったら、以前の僕より、相当穏やかになって、人生を楽しめるように、なっているので、これは、本当に声を大にして言いたいですね。

三上:以前の吉村さんも、わたしは、その前にお会いしてみたかったな、今との違いをだいぶ感じたかったなという気持ちもあります。

吉村:はははは。そこでね、吉村さん、こんな人だという固定観念ができてしまうと、またそれを取り除くのも大変かもしれない。今、この状態で出会えてよかったなって、僕のほうは思っています。

三上:でも、なんか安心します。以前の吉村さんも、いろいろあって、今こうなんだって、逆に安心しました。

吉村:よかったです。

三上:なので、自分がこういう感じで考えているなって、ぱっと思うことだけでも、変わるきっかけになると思うので、

吉村:そうですね。「べき」、「ねばならない」には、注意してください、という感じですね。

三上:そうですね。ちょっと気づいたら、一度考えなおしていただきたい、今日は、内容だったと思いますので、

吉村:そうですね。

三上:今日も、いいお話、たっぷりと、聴けました。吉村さん、本日もありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。