194.尽くすとは?

ハンドルネーム 匿名さんからのメッセージを取り上げて、吉村さんからお話伺いました。

 

感想、ご質問はこちらにお願いします!
https://forms.gle/HhW7cXuA345QYmDZ7

YouTube:
https://www.youtube.com/c/kokoro-me
Web:
https://m-e-science./com

==================
◆文字起こしはこちら↓

 

三上: はい、皆さんこんにちは。こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と氣功ヒーラーの

吉村: 吉村竜児です。

三上: はい。吉村さん本日もよろしくお願いします。

吉村: よろしくお願いします。

三上: はい。さあちょっと今日はね、私もすごい氣になる話題でメッセージが匿名さんから来ているので読んでも良いですか?

吉村: はい。

三上: はい。元恋人の心変わりが許せません。前は尽くしてくれる人が好きと言っていたのに、最後は重いと言われてしまいました。どうしたら彼を許すことができるのでしょうか?次の恋に進める氣がしませんと来ています。

吉村: なるほどね。

三上: ちょっとー!って思いますけどね。

吉村: なるほどね。はいはいはい。このお話をただ聞いてみると、結局この人は元恋人のどういった所が好きだったんだろうとかっていうのはちょっと伝わってこないですよね。尽くしてくれる人が好きって言ってたけど最後は重いって言われてしまいましたっていうのは、

とことんやればいいのかみたいな話に物事を白か黒でしか考えられなくなっちゃってるみたいな問題が、この人はあるんじゃないかなとかそんな感じもしますよね。やっぱりバランスが大事じゃないですか、全てにおいて。

三上: そうだと思います。うん。

吉村: 尽くしてくれる人が好きって言われたからじゃあとことん尽くそうみたいな感じで、頑張ったんでしょうね。でも最後重いって言われたっていう事は、相手の方が何を求めてるかっていう事よりも自分の中での尽くすとはこういう事であるみたいのをただ遂行していって、

相手の人がそれを必要としてるのかどうかっていうのに関係なくただそれをやり続けた結果、こうなってしまったのかなっていうのが一つありますよね。

三上: うーん。そうですね。でもどうなんでしょう?そういう人って多いのかしら(笑)。イメージですよ。男性って尽くしてくれる人が好きっていう人を、結構私は周りで聞くことありますね。

吉村: うんうん。尽くすって何なの?みたいな何とも言えない分からない所がありますよね。例えば親切にする事とお節介の違いみたいなのってなんかあるじゃないですか。

三上: ありますね。違いますよね。(笑)

吉村: それって多分同じ事をやっていても、受け取り手次第な感じだと思うんです。受け取り手がそれを欲してた時に渡してくれたら、ありがとうって受け取れるけど要らないときに渡されても「いや、もう要らないんですけど」ってなるんですよね。

それってお腹空いてる時に食べ物を出されたら、ありがとうございますっていうふうになるけど、お腹いっぱいでもう食べられない時に次々食べ物を出されても「いやもうちょっと勘弁してください。」ってなるんですよね。

それで相手の人が今お腹空いてるのか、もう満腹になってるのかみたいのをちゃんと見とけば分かる話だし、見て察するだけじゃなくて聞く事も出来るわけじゃないすか。「どう?まだ入りそう?」とか「もうお腹いっぱい?じゃご飯はやめようか。」みたいな、

次の何か違うことをやろうかみたいな事があると思うんですけど、相手の人が何を欲してるかとかっていうのに関係なく、自分が思う尽くすって事を多分やり続けちゃったから、こうなってるんじゃないかなっていうのが一つありますよね。

もちろんその相手の人がどういう人なのかっていうのが、ここで全然書かれてないんで分からないんですけど、その相手の人がすごい身勝手な人で何が欲しいかっていうのをきちんと伝えないで、言わなくても分かれよみたいなそういう姿勢の人だったらこれはまた上手くいかないですし。

三上:うん。

吉村: だからそういう意味では、コミュニケーションが足りてないっていう事なんじゃないかなと思うんですよ。もちろんコミュニケーションの必要性にお互いが氣が付いてさえいないみたいな段階かもしれないんですけど。ちゃんとコミュニケーションを取っていたら多分、違う展開になってた可能性は高いですよね。

三上: そうですね。もはや付き合いも浅いのかなっていうふうにも思ったりね。

吉村: そうですね。それで許せませんみたいな話になってるってところも、相手の人の事を相手の人の人格をあんまり認めてない発想ですよね。だってお腹いっぱいでもう食べられませんって人に食べ物を、
ワーッて押し付けても「もう勘弁してください。」「嫌です。食べたくありません。」って言ったのに「さっきは食べたいって言ったじゃない!お腹空いてるって言ってたのに許せん!」ってなったら「ちょっと、えっ大丈夫ですか?この人」って感じになりますよね。

三上:分かりやすい!(笑)

吉村:一度お腹空いてるって言ったらもう無限に食べ続けなきゃいけないみたいな前提があるから、許せないって話になると思うんですよ。だからなんだか分からなくて、自分が置いていかれていて、勝手にあの人の氣持ちが心変わりして、私は一生懸命頑張ってたのに、勝手にあの人が変わってしまった、許せない!っていうふうな、そういう構図に見えているんだと思うんですけどその人にはね。

もちろん相手の勝手な都合でそうなってる可能性もゼロではないと思うんですけど、ただ一応重いっていう「あなた重すぎるからもう嫌です。」っていう意思表示をしてもらえたって事だと思うんですよ。

三上:最後、重いって言われたと言ってますもんね。

吉村:ね。言われたってことは。

吉村: だからもし突然もう重いって言われて「エッ⁉青天の霹靂(へきれき)」ってなるかもしれないですけど、ちょっと前からありがとうって口では言っているけど、笑顔が引きつってるみたいな事がそういうサインとかは出てたんじゃないかなって思うし、

ちゃんとコミュニケーション取っていたら「ありがとう。氣持ちは嬉しいんだけど、ここまでは必要ないですよ。」とか「僕は僕でちょっと時間を使いたい時があるから、その時は自由にさせてくださいね。」ってコミュニケーションで解決していた部分もあるんじゃないかなって思うんですよ。

三上: うん、ね。そう確かにね、程よいバランスね。

吉村: そうですね。そうそう、だから相手の事を所有物みたいな感じで考えて、例えばおもちゃで遊んでてちょっと飽きたからスイッチ切ってしまっとくみたいな感じで、人の事を考えてる人っていうのは案外多いんですよ。これはこの方達もお互いそういう感じなのかもしれないし。

でも人ってそんなスイッチをパチッて切れば黙ってくれるみたいなものじゃないので、そこは相手の状態は今どういう状態なのかなっていうのをちゃんと知るっていう姿勢を持たないと、要は何もお互い言ってなかったら何も分からないわけですよね。だからよく多いのが言わなくても分かるでしょみたいな話っていうのは結構、

三上: 聞く。よく聞く。(笑)

吉村: そうそう。そこは言わなくても分かるでしょっていうその姿勢はやめた方が良いと僕は思いますよね。みんながみんな同じような価値観で同じような事をして生きてたら、だいたい祭りの時期だからみんな祭りの事でワクワクし始めてるなとかっていうところは一緒かもしれないけど、

これは海外に行ったらお祭りの時期とかズレてたりするわけだから、海外の人相手だとそれが通用しないわけじゃないですか。それがもう今の時代ってすごく一人一人がすごい多様化した価値観と、多様化したサイクルの中で生きてるから、

一緒に暮らしてる人でも同じ事考えてるかどうかなんて分からないわけですよね。だって同じものを見たってそれについての感じ方とか違うわけだから、食べ物の好みだって人によって違うわけじゃないすか。僕が好きだからってこの人も同じもの好きかどうかなんてね、分からないわけですよ。

三上:分かんない。

吉村: そこってコミュニケーション取らないと分からないんですよね。例えば本当に僕、生のセロリがどうしても食べられないんですけど、でも生のセロリ大好きな人達いるわけじゃないですか。

三上: 居ますね。

吉村: で、その人はね「このセロリ美味しいよ。食べた方がいいよ。」って僕の口の中にガーッて押し込んできたりしたら、「やめろっ」てなるわけですよ。(笑)そこはお互いに自分がこれは好きだけどこれは駄目っていうのをちゃんとコミュニケーションで分かってれば、「セロリは好きじゃないんだよね。じゃあ私食べるね。」みたいな感じのコミュニケーションが通用するし。

目の前に僕もセロリ出されたら「これ僕好きじゃないから、確か君好きだよね?あげるね。」みたいなコミュニケーションで解決する事が、「私が好きなんだからあなたも好きなはずだ」とかあるいはね「自分これ嫌いだから、これが好きだっていう人は意味分らない。消えてなくなれ。」みたいな感じになっちゃったらもうね、コミュニケーションの断絶じゃないですか。

三上: 確かに。(笑)

吉村: だから本当、喧嘩にしかならないわけですよね。多分そんなような事が積み上がっていっての、もう重いからやめてっていう事になったんじゃないかなって思うので、ちゃんと相手の人の事をちゃんと「人」っていうふうにまず認識を改めて、

人についてちゃんと「人を大事にするとは」みたいな事をしっかり考えてみると、また今後の人間関係の作り方とか変わってくるんじゃないかなって氣がしますよね。

三上: はい。今日匿名さんのお話を取り上げて恋に関するね、尽くすとはみたいなね。重いと逆に言われたって話を取り上げましたけどね、結構多分ね周りにも多いと思うんですよ。ご本人だったり周りにも。尽くすって何なのってちょっと改めて感じていただきたいなっていう話でした。

吉村:ね。 尽くしてくれる人が好きみたいな発想も、結局それって平たく言うと召使いが欲しいですみたいな話にも聞こえてきちゃうから、そこら辺までちゃんとしっかり踏まえてコミュニケーションをとってみるとまた見え方が変わってくるんじゃないかなって。

奴隷を欲しがってる人と果たして一緒にいて幸せに生きられるのかみたいなね。奴隷を欲しがってる人と一緒にいたら結局奴隷になってその人と一緒にい続けるか、それとももう奴隷やめますわってなるかのどっちかになると思うんですよね。

三上: うん。

吉村: その尽くすっていう言葉に何が含まれてるのかっていう事もしっかり考えて、相手選びもそうだし一緒に居ようって決めたなら、どうすれば仲良くできるかっていう事をコミュニケーション取ってお互いに何か歩み寄るっていうことは必要ですよね。

三上: そうですね。何か尽くすっていう言葉にも何か深い意味合いが色々あると思います。人によっては色々とね、やっぱ自分らしく楽しく、付き合える事が私は一番嬉しいなって思いますけどね。(笑)

吉村: そうですね。お互いに自立してる必要はあると思いますよね。だって結局のところ依存みたいな話じゃないですか。尽くしてくれる人が欲しいっていう事は、何でも代わりにやってくれる人が欲しくて、後は自分が言った通りに動いてくれる人が欲しくてってなったら、

その分こっちは何を提供できるんですかみたいな事もあるわけですよね。だから持ちつ持たれつでちゃんとお互い協力し合ってやってこうってなったらきちんとコミュニケーションも必要だし、相手のしてくれた事に対する感謝も必要だし、こちらも相手にその分何か貢献できることをっていうのも必要だし。

そこのバランスが取れてないとおかしなことになっちゃうんですけど、これって夫婦間のねコミュニケーションでも誰の金で食わせてもらってると思ってるんだみたいな話とかもあるじゃないですか。あれもだっておかしな話ですよね。

じゃあ家政婦雇って全部やってもらったらいくらかかると思ってるんですか?っていう話にも繋がってくるんでね。そこって本当はみんなちゃんとそれぞれの得意分野を生かして、協力し合ってやってるっていう前提だったら、これだけやってくれてるんだからその分こっちもこれだけ貢献する必要があるよねとか。

それはお互い様だから社会だったら経済が回っていくわけですけど、個人間だとお金の受け渡しでそれが行われるわけじゃないからそこでじゃあ、何かしてもらったらこっちもちゃんとそれに応えるだけのことをお互いに貢献し合うことで、協力し合うっていう関係性をちゃんとお互いにコミュニケーション取りつつバランスを取っていくっていうのが大事ですよね。

三上: うん。そうですね。夫婦も恋愛もやっぱ向き合うことっていうのは、とても大切になってきますね。

吉村: そうですね。

三上: はい。皆さんも今後の参考になるお話が沢山詰まっていたかと思います。匿名さんもメッセージありがとうございました。

吉村: はい。ありがとうございました。