037.自分の軸と枠

自分と向き合えてますか?
相手を自分の枠にはめたりしていませんか?
あなたの軸と枠は?
みなさんの考えるきっかけになって欲しいお話です。

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三上:みなさん、こんにちは。さあ、こころメンテナンス。本日もアシスタント三上恵と、気功ヒーラーの、

吉村:吉村竜児です。

三上:はい。吉村さん、よろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:さあ、今日のテーマはですね、「自分の軸と枠」で、取り上げてお話進めていこうかなと思っています。わたし自身、自分の楽しみ方は、自分で決めたい、ひとにとらわれず、自分の価値を大切にしたい、という気持ちも結構あったりするんですけども、やることやったら、ママでも楽しんじゃっていいじゃん、というタイプなんですけど。でも、いろいろ、ちょっと、ネットとかで調べていたりすると、「答えは、自分の枠の外にある」とか、そういうニュアンスな表現が多いなというふうにも感じたりしてるんですが。吉村さんご自身は、どう思われますか。

吉村:なるほどですね。全く、ぼくも、三上さんがおっしゃったみたいに、自分の楽しみ方は、自分で決めるとか、ママでもやることやったら、楽しんでいいじゃないという考えは、ものすごい同意しますね。そこって、自分の軸を、持っておくという話だと思うんですよ。ネットとかで言っている、「答えは、自分の枠の外にある」という話って、要するに、軸なのか、枠なのか、みたいな、言葉遊びみたいな。

三上:そう、だんだん、わけがわからなくなってきます。軸?枠?、みたいな。

吉村:言葉の定義みたいな話になっちゃうかと思うんですけど、軸というのは、芯のほうで、たとえば、鉛筆の木の部分と、書く芯の部分みたいな、中心のほうにあるのが軸で、枠って、外側を囲っているものていうような感じじゃないですか。だから、そういう意味では、「答えは、枠の外にある」というのは、自分というものをどう捉えているかという話で、たぶん、自分の中心というのがしっかりしていて、外側の部分は、なんかちょっと、ふわっとしているという感じだと、おそらく、軸を中心に、振れ幅がある、みたいなね、だから、自分はその中心の軸がしっかりしているから、その周りは好きなようにいろんなことができるよね、みたいな、何か迷ったりしたときには、この中心の軸に戻ることで、自分の在り方をちゃんと確認してから、自分は、どこまで、自分の振れ幅をひろげていけるかみたいな話になってくると思うんですよね。外側を囲っているものが枠という話になると、枠というのは、どちらかというと、中と外とを分けているものだから、ここまでが自分の枠の内側だけど、その外側には出ない、みたいな感じで、自分を定義しているみたいな感じじゃないですか。そうなると、枠にとらわれちゃっているひとというのは、枠の内側から、外側へ出ようとしない、みたいな、感じになっちゃうから、そこが、自由じゃないというか、もしかしたら、もうちょい外側に、行ったら、今抱えている問題や課題の答えが見つかるかもしれないのに、枠から出ないという選択をしちゃうことで、そこにたどり着けないみたいなことが起きますよね、みたいな話だと思うんですよ。

三上:なるほど。

吉村:だから、「自分の枠をひろげていきましょう」みたいな話だったりとか、「枠をはずして、外に出ていきましょう」みたいな話になるのは、自分の外側にこれ以上行かないみたいな、境界線みたいなのができているひとがいたら、そこから出られたほうがいいんじゃないですか、みたいな話だと思うんですよね。

三上:なるほどですね。ちょっと違う世界というか、なんか、価値観とか、体験とか、してみて、自分の経験とか気づきがあるかもね、ということかもしれないですね。

吉村:スピリチュアル的に、エネルギーワーク的に、この話をとらえるとしたら、軸って、自分の魂が持っている価値観という話だと思うんですよね。ここでは、みなさんにしきりにお伝えしているバリューフォーミュラといって、ひとりひとりの魂が価値観を持っているので、それがそのひとの軸になるから、それを中心に、いろいろ、自由に好きなことができるけど、迷ったりしたら、自分の魂がワクワクすること、価値観に立ち返りましょうよという話になると思うし、枠というのは、ここはOKだけど、こっちはダメです、という一種のジャッジじゃないですか。それっていうのが、いわゆる、こころのブロックっていって、僕が取り扱っている、そのひとの自由を奪っている、これはいい、これは悪い、みたいなものが枠を作っているわけですよね。

三上:話ききながら、つながるなと思いながら、きいてました。なるほどですね。逆に、枠があると、相手を自分の枠にはめちゃうという場合も、ありますよね。

吉村:そういうことですよね。そうすると、争いの原因になったりとか、あるいは、お互いの自由を侵害するみたいな、自由や価値観を侵害するみたいになっちゃうんで、世の中のいろんな問題の原因になっているとこなのかなという感じがしますよね。

三上:あと、自分を犠牲者にしちゃう感じもしますしね。

吉村:いろんな可能性を制限することにもなっちゃうし、人を自分の枠にはめようとするみたいな話って、うまくいっていない子育てとかでもよく起きていることでもあるんですよね。機能不全家族なんかは、親が子どもを自分の枠のなかにとどめておこうとするんですけども、子どもは、また全然違った魂の価値観を持っているものですから、しんどいなと思いながらも、親がこうしろと言ってくるから、そうせざるをえないみたいなところに、はまっちゃうひともいれば、逆に、反発して、関係性が悪くなったりとか。

三上:うーん。わたし、息子がいるので、今ちょっと、ぱっと思ったのは、自分の枠にはめようと、誘導してたなと。本人の価値観はあるのに、自分が、こうしなさい、ああじゃ、ダメでしょう、というところあったなと今反省しました。

吉村:結構、それがね、よかれと思ってやっている場合が多い。やっている本人が、そこが問題だと気づきにくいということはありますよね。

三上:今お話きいて、ちょっと、気づかされましたね。やっぱり、反省。そこを気づくか、気づかないかというのも、大切になってくるかと思いますよね。今、これを聴いているかたでも、振り返って、わたしと同じようなかたもなかにはいらっしゃるような気もしますので。

吉村:いらっしゃるでしょうね。

三上:なので、自分と見つめなおして、価値観とか。そうですね。つながっていきますね。自分と向き合っていく、それからじゃないと、相手を枠にはめちゃいそうだな、わたしも。

吉村:自分の軸がしっかりしていれば、枠があんまり要らなくなってくるわけですよね。軸に立ち返ればいいというところに立って、いろいろ冒険してみて、これ行き過ぎているなと思ったら、また自分の軸に戻るようなことをしていくと、自分の世界がどんどんひろがっていくし、自分という存在は、何を大事にして、この世界を生きているのかということがだんだん見えてくるわけですけども、枠で考えると、自分の中心がどこにあるかわかんないけど、とりあえず、この枠のなかだけで、なんとかしよう、みたいな話になっちゃうんで、本当は自分に合わないなと思っていることでも、必要性を感じてやらざるを得ないのではないか、みたいになっちゃうと、そこがまた、犠牲者意識とかにつながってしまったりするわけですね。

三上:なるほどですね。いったい、この瞬間に自分は何をしたいのかって、いろんな感じにとらわれず、そこを大切にしていきたいなって、今お話しながら、思いました。

吉村:よかったです。

三上:ということで、今日は、「自分の軸と枠」について、取り上げましたけど、改めて、是非、みなさんも、自分の軸って何だろう、自分の枠って何だろうというふうに、ちょっと考えてみるきっかけに、今日なっていただきたいと思います。本日も、吉村さん、ありがとうございました。

吉村:ありがとうございました。